第155ターン目 治癒術士の 献身
「ううん……?」
ボクはふと目を覚ます。
周囲を覗くと、部屋の中心に生えた優しい光で照らす果実を実らせた大樹の周囲に仲間達の姿がある。
だけど皆眠っているのか、勇者さんの姿もなくどうも早く起きすぎたようだ。
「変だな、えと錫杖は……?」
錫杖を探していると、ふと端の方で蹲るリリーさんが見えた。
リリーさんは縮こまっており、なんだか身体が震えている。
ボクは心配になって、彼女の傍に向かった。
「リリーさん、眠れないんですか?」
「ヒィ!? ま、マールさん?」
「もしかして怖い夢でも見たのでしょうか? ふふ、よろしければ隣に行っても?」
リリーさんは涙目でコクコクと頷いた。
ボクはリリーさんの隣に座ると、彼女の手を優しく握る。
不安な人にこそ寄り添うのが治癒術士ですからね。
「リリーさん、もし眠れないなら少しお話しましょう、そうすれば眠れるようになりますから」
「あ、あのマールさんは?」
「ボクですか、アハハ、本来はぐっすり眠れるんですけれどね」
ボクの特徴といえば、割とどこでも眠れること。
よほどの悪環境でもなければ、朝までぐっすりなんだけれど。
「ボクはリリーさんの味方ですから、遠慮せず頼ってもらって構わないんですよ?」
「味方……私を仲間と思っているんですか?」
「はい、勿論です」
ボクはニッコリ微笑む。
リリーさんは少しだけ安堵したのか、俯く。
ボクはふわーっと欠伸をしてしまう。
「はふ、ごめんなさい、眠たくなっちゃいました」
「こちらこそごめんなさい、起こしてしまって」
「ふえ? 起こした?」
リリーさんは咄嗟に慌てたように両手を振る。
なんだか慌てん坊な姿もどこか愛らしい方ですね。
「ふふ、ではお隣で眠らせていただきます」
ボクはそう言うと瞼を閉じた。
しばらくは隣でリリーさんの吐息が聞こえたけれど、直ぐにボクは意識を微睡ませた。
§
「不思議な方」
マールはまるで聖母のような温かさで、リリーの隣で眠り始めた。
リリーの正体はサキュバスという魔物、催眠や変身が得意で、地味な魔法使いの少女に化けたのも、このマールに近づく為。
彼女はある上司からの命令を思い出す。
――治癒術士を始末せよ、あれは危険だ。必ずや大魔王エンデ様の禍根となろう。
リリーには自信があった。
豊穣の剣を解呪し、あまつさえその剣を振るう治癒術士マール。
豊穣の剣の前では、リリーとて塵芥と同じ、だが使い手はマールでしかない。
マールには隙があると思えた。
まず優しすぎる、他人を信用し過ぎるのだ。
バランスの舵取りは魔女や使い魔が取っているのだろうけれど、負傷者の振りをしていたリリーを彼らは何の疑いもなく受け入れてしまった。
「仲間、だなんて」
リリーはマールの小さな手を握り込んだ。
簡単に心を許しちゃって、これなら簡単に殺せるのに。
リリーは一瞬殺気を高める、だが直ぐに溜息を吐いて捨てた。
後ろで横になっているエルフのニンジャが眠っていない。
おそらく監視されている。
ならニンジャから先に始末するか、キョンシーさえも眠らせる《夢魔の視線》があれば、ニンジャ程度夢の世界にご招待は容易だ。
だけど……今はそんな気が起きない。
ただリリーはマールの肩に寄りかかると目を閉じた。
もう少しだけ、信頼を勝ち取っておこう、と己に言い訳して。
§
翌朝、と言ってもいいのかダンジョンの中ではわからないけれど、皆起きていく。
最初に起きたのはハンペイさんで、次はカーバンクル。
勇者さんも戻ってきており、ボクが目を覚ますとリリーさんは隣で眠っていた。
「わ、あ」
顔が近い、改めてリリーさんの寝顔って可愛いなぁ。
ちょっとアンバランスな胸の大きさに、ボクは顔を赤くすると、起こさないように、ちょっと離れた。
「皆さん、おはようございます」
「うん、おはようマル君、疲れ取れたー?」
「はい、大分」
「左様か、治癒術士殿はいささか無茶もされるからな」
ハンペイさんは腕を組むと、いつものように座禅する。
「キューイ」
「うにゃー、もう朝かにゃあ?」
カーバンクルはクロを揺らして無理矢理起こす。
嫌い嫌いも好きの内というのか、カーバンクルはクロをそこまで嫌っていないようだ。
ボクはカスミさんに目を向けると、挨拶する。
「カスミさんも、お疲れさまです」
「……」
「カスミさん?」
「ッ!? うー!」
カスミさんは顔を上げると、驚いたように周囲を見回す。
「え……カスミさん、もしかして眠っていたんですか?」
「うー、うー?」
カスミさん自身わかっていないらしい。
ただ直前まで気絶していたのか。
アンデットって眠らない筈なんだけどなぁ?
「カスミ、身体に異常はないか?」
「うー」
無いというように、首を横に振る。
ボクは立ち上がると念の為カスミさんの容態を確認しておく。
結構無理するから、靭帯とか痛めている可能性もあるもの。
「うーん、カスミさんの身体は問題なさそうです、念の為治癒の魔法を使っておきましょうか?」
「いいや、いきなり精神力を使うものではない、いけるなカスミ」
「うー」
ハンペイさんに咎められると、カスミさんは立ち上がる。
問題ないと彼女なりのアピールだ。
「ううん? 皆起きたの?」
最後に起床したのは魔女さん……あ、いや、リリーさんが最後か。
魔女さんは顔を覆うとんがりボウシを退かすと、大きな欠伸をした。
「ふわぁー、ぐっすり眠れたわー」
「全く、相変わらず怠惰にゃねぇ」
「ちょっとクロちゃん、そう言う貴方だって怠惰でしょうが」
「アタシはネコにゃ、ネコは自由気ままにゃー」
「ふふ、喧嘩は駄目ですよ」
ボクは微笑むと、二人はそれで言い合いを終える。
魔女さんは魔法の袋に手を突っ込むと、あの苦いココアの粉を取り出した。
「皆飲みたい人ー」
「某いただこう」
「あはは、それじゃボクもちょっとだけ」
この中で苦いの苦手なのボクだけなんだよなー。
フラミーさんでさえ苦にしなかったし、男らしくなりたいな。
「う、ん……あれ?」
本当の最後、リリーさんは目を覚ますと、不思議そうに周囲を窺った。
昨日の今日、まだ現実を受け入れてないのかも。
「おはようございますリリーさん」
「え、あ……おはよう、ございます」
リリーさんはペコリと頭を下げる。
ふふ、これで全員ですね。
「少し休憩したら、冒険を再開しましょう」




