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第154ターン目 サキュバスの 暗躍

 食事の後、治癒術士一行は就寝する。

 あどけない顔で眠るマールは、よほど疲れていたのか、直ぐに眠りについた。

 魔女はとんがり帽子で顔を(おお)い隠している。

 眠っているのか、起きているのか、油断ならない。

 一方で勇者とキョンシーは寝ずの番だ。

 両者とも眠ることが出来ないのだから、無理はない。

 だけど……。


 「念の為、見回り行ってくるねー」


 勇者は立ち上がると小さな声で出かけていった。

 おそらく周囲の索敵と、地形の把握だろう。

 この辺りはまだ階段から遠い、最速でも半日は掛かるだろう。

 無論空でも飛べるなら別だが。


 「うー」


 カスミというキョンシーの表情はわからない。

 いや【アンデット】にそのような物は備わっていない。

 ただカスミの様子は警戒しているようだ。

 原因は……リリーか。


 「クスッ、可愛らしい」

 「うー?」


 リリーは少し離れた場所で横になっていた。

 ただ勇者がいなくなったのを確認すると、ゆっくり起き上がる。


 「うー……!」

 「怖がらなくても、(あま)ーい夢を、見せてあげる」


 上気した顔で、艶やかに微笑むリリー。

 ただリリーの瞳から蒼白の光が放たれると、カスミの意識は一瞬で落ちた。

 スキル【《夢魔の視線(ヒュプノアイ)》】は、本来なら眠らない筈のキョンシーさえ眠らせてしまう。

 リリーはクスリと微笑むと、上半身を反らせた。

 バッと黒い翼が背中から飛び出すと、その見た目を変じさせていく。

 妖艶で布面積が少なく、まるで水着のような格好になったリリーの姿は【サキュバス】という魔物である。


 「うふふ、マールさん、貴方に恨みはないのだけれど、これが私の使命なの、さぁ永遠の夢に誘いましょう」


 そう言うと彼女はマールの中に溶けるように消えてしまう。




          §




 マールの夢の中は真っ白であった。

 ある意味で無味漂白された世界、そこにサキュバスのリリーは顕現する。

 彼女はリリーとして演じてきたナリも捨てて、ただ楽しそうに飛行していた。


 「さぁマールさん、私と楽しいこといーっぱいしましょうねー」


 彼女はマールのことを想うと顔を上気させ、行為を連想すれば下腹部を濡らした。

 マールの姿はどこか、彼女は喜々として探すと、真っ白な平原にあの小さな治癒術士の姿はあった。

 女の子のように細くて、可憐で、それでいて敬虔(けいけん)で優しい。

 あぁ、堕落させればどんな顔を見せてくれるでしょう。

 アヘ顔でよがるマールを早く見たい、リリーはすぐさまマールの前に降下した。


 「うふふ、マールさん、見ーつけた」

 「……貴方(あなた)は?」

 「そんなのどうでもいいでしょう? ねぇ私と楽しいことしましょう?」

 「た、楽しいこと?」


 マールは一歩後ずさる。

 怯えている表情も可愛い。

 嗜虐心(しぎゃくしん)が抑えきれないリリーは、マールを無理矢理捕まえた。


 「アハッ、心配しなくてもいいのよ、お姉さんが気持よくしてあげるから」

 「……()の者に仇なす者」

 「え……?」


 突然ギュッとおっぱいを押しつけて抱きしめたマールの雰囲気が変化した。

 リリーは真顔になると、マールの顔を覗く。

 そこには深淵があった。

 闇よりも真っ黒ななにかに、今度はリリーが怯えて、後ろに倒れ込んだ。


 「ヒィ!? マールさん? なんなのこれ!?」


 気がつけば、無味漂白された世界は極彩色(ごくさいしき)で濁り、意味不明は世界へと変わる。

 マールだったものは、今や無貌なる者、ただブクブクと泡立ち、マールの身体を食い破って禍々しい触手を無数に生やした。


 「ヒィィィ!? まさか【ナイトメア】!? ありえないんですけど! なんでサキュバスの前にナイトメアが!?」


 リリーは立ち上がると、ナイトメアに敵意を剥き出しにした。

 しかしナイトメアはただ、悠然とリリーを見下し、唸り声をあげる。


 「彼の者の安寧を(けが)すこと許さず、ugiiiiiiiiiii!」


 触手は一斉にリリーに襲いかかる。

 リリーは飛び上がると、闇の魔法で触手を迎撃した。


 「ナイトメア如きが、サキュバスに逆らおうっての! 馬鹿らしい!」

 「yogiiiiii」


 しかしだ、リリーの脳裏には何故ナイトメアがマールの夢に寄生しているのか疑念が湧いた。

 ナイトメアに感染したならば、通常なら目覚めることはない。

 たまたま今回感染した?

 いや、ありえない、感染源は確認できなかった。

 なら元々潜伏していた?


 「ありえない! アンタなんでマールさんの夢に寄生して、なにもしていないのよ!?」


 以前ナイトメアに感染したマールは絶体絶命の危機にあった。

 だがそれはキョンシーのカスミが強行突破し、夢に侵入したことで逆転勝利したのだ。

 その時ナイトメアは、マールの慈悲に触れた。

 闇の眷属たるナイトメアに光を差し伸べてくれたのだ。


 「彼の者の心の安寧を護ること、それが使命」

 「(うそ)でしょ……マールさん、ナイトメアを使役しているっていうの!?」


 マールにナイトメアは知覚できない。

 いやリリー以外誰にも不可能だ。

 ナイトメアはただマールの慈悲に感涙し、彼の精神にほんの僅かこびり付いただけの存在だった。

 本来ならばそれでいい、マールの死す時まで何事もなく過ごすだけ。

 だがサキュバスが現れたならば、ナイトメアはかつてと同じように(きば)を剥く。


 触手は除々に数を増やす、サキュバスは手強いが、除々に押され始めた。

 リリーは必死に抵抗するが、まるで近づけない。

 このナイトメアはリリーの知るナイトメアよりかなり強力な個体だ。

 言うなれば歴戦個体? 夢魔サキュバスと同等の力があるなんてにわかには信じがたいが。


 「ああもう! やってらんない! 作戦中止!」


 リリーはむしゃくしゃして、喚き散らすと、空間に穴を開けてマールの夢の中から飛び出した。

 ナイトメアは居なくなると、鎮静(ちんせい)化していく。

 再び安寧は確保された、ナイトメアもまたひっそりと夢の狭間で安らかな眠りにつく。

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