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第153ターン目 グリズリーの 山賊焼き

 「(ふた)ことこと、赤子泣いても蓋とるなーっと」


 魔女さんの調理も順調に進み、ご飯もいよいよ炊けそうだ。

 並行していつもの鉄板の上では切り分けられた赤身肉が、美味しそうに焼けている。


 「魔女さん、今日の料理は?」

 「今日は山賊焼きよ!」


 山賊焼きというのは、鉄板でお肉を塩やスパイスだけで味付けした焼き料理だ。

 調理が簡単だから、山賊でも出来るから山賊焼き、なんて言われているね。


 「おし、飯盒も準備完了、皆ご飯よー」

 「……いよいよか」


 遂にタイムリミットが来た。

 ボクは意を決するとリリーさんに説明する。


 「リリーさん、落ち着いて聞いてください、これから我々が食べるものは、残念ながら魔物肉になります」

 「魔物……え? 冗談ですよね?」

 「冗談ではありません、迷宮攻略(ダンジョンアタック)をする上において、ボクらは食料を現地調達で対応しているんです」


 リリーさんはポカンと口を開けると固まってしまった。

 無理もない、本来深層へ挑戦するなら、数日分の糧食を用意するものだが、生憎(あいにく)ボクらにその余裕はなかった。

 ほぼ日帰りで帰れるのは第四層まで、第五層より下へ向かうならば、当然帰りの分も必要となるため、荷物はより嵩む。

 特に第六層辺りから、手に入る魔石の純度が上がり、これを目当てにする冒険者は、荷物の運搬役だけで十人規模の大パーティになるって聞いたことがある。


 「野菜やスパイスなんかは、ボクの豊穣の魔法で生んだダンジョン産です、誤解なきよう言っておきますが、今の所食べて害はありません」

 「…………」

 「あ、あのリリーさん?」


 リリーさんは返事しない。

 茫然自失、しばらく現実に帰ってこれそうにない。


 「あの、食べなきゃ回復も遅れるし、体力も回復しません! 重ね重ねご迷惑お掛けしますが、どうかご了承を!」

 「…………マールさん、私、涙が止まりません」


 ポロポロ、リリーさんの(つぶら)な瞳から雫がこぼれ落ちていく。

 ボクはいたたまれなくなり、拳を強く握った。

 誰もが通る道、そう誰もが!


 「本当に、本当にごめんなさい!」

 「……まぁ慣れよね、うん」


 一通り見ていた魔女さんは神妙な顔で頷く。

 その隣でハンペイさんも顔色を悪くして、思い出したくないと首を横に振った。

 気にしないのはカスミさんくらいか、カスミさん最初から動じなかったもんな。

 後はそもそも人間と価値観の異なるカーバンクルくらい。


 「タマゴでも手に入ったら最高なんだけどねー」

 「ううーん、この辺りだとグリフォンとか?」

 「どっちみち鶏卵じゃありませんけどね!」


 魔女さんはタマゴが欲しいらしいが、勇者さん的に手に入るのはグリフォンのタマゴと言う。

 ボクは横で泣きじゃくるリリーさんになんのフォローにもなっていない発言に盛大に突っ込んだ。

 もうやだこの人達、ダンジョンはやっぱり正気(san)値を削ってくるんだ。


 「ぐだぐだ言ってたって、お腹空いたらそっちの方がよっぽど辛いにゃあ」

 「クロちゃんの言うとおりだわ、はいマールと魔法使いちゃんの分よ」


 ボクは飯盒を受け取る。

 飯盒には銀シャリが輝き、その上に山賊焼きが載っている。

 予め用意されたフォークでいただくと、最初に来たのはグリズリーの上質な脂の旨味だった。


 「んんーん、クマは食べ慣れていますけれど、こっちの方が美味しい。何故でしょう?」


 油とスパイスが効いたカリカリのグリズリーのお肉は絶品だ。

 以前手に入れていた胡椒(ピペリン)も良い塩梅で刺激を与えてくる。

 なによりその脂が(したた)ったご飯、ほのかに甘みがあり脂でコーティングされると旨味が倍増する。


 「はふぅ、生きてて良かったー」

 「本当にマールは見ていて楽しいわ」

 「治癒術士殿はなんの躊躇いもないのが、何気に恐ろしい」


 ボクは至福を感じ破顔する。

 美味しい物に貴賎は無いんですよ、豊穣神様も認めてくれる筈です!


 「リリーさんも、どうか」

 「うぅ、ぱく」


 ボクはリリーさんに食事を勧めると、彼女は意を決して小さなお口で食べる。

 随分と可愛らしい食べ方だなと感心するが、問題は許容出来るかどうか。

 案の定その顔は青い、ぷるぷる震えており大分無理をしている。


 「あ、あの駄目だそうなら白ご飯の分だけでも」

 「ご、ごめんなさい……味は美味しい、ですけど、やっぱり想像すると無理……うぷ」


 気分が悪くなったのか、口元を押える。

 本当に申し訳ない、無理強いはボクには出来ないし。


 「にゃー、ハンペイより反応が酷いにゃあね」

 「キューイ」


 クロとカーバンクルは小皿に分けられた山賊焼きを美味しそうに食べていた。

 使い魔のクロは無理に食べなくてもボクの魔力供給で生きてられるけれど、やっぱりお肉にはテンション上がるのかも。

 カーバンクルはもう無我夢中でがっつく。


 「カーバンクルは肉も野菜も問題ない、と」

 「カム君それは?」


 なにやら魔女さんは小さな手帳に、魔法で記載を行っていた。

 食事のできない勇者さんは手持無沙汰(てもちぶさた)にして、覗き込んだ。


 「カーバンクルの生態論文よ、地上に帰ったら偽名でも使って発表してやるわ」


 魔物である魔女さんにはおそらく地上には居場所はない。

 リリーさんも含めて、これまで全ての人間種が初見で魔女さんの青白い肌に驚いたのは、やっぱり確執だと思う。

 けれどやっぱり魔女さんは凄いな、それならそれで自分を(いつわ)ってでも、地上を夢見る。


 「カムアジーフ殿は、この冒険が終われば魔物学者にでもなるのですか?」

 「うーん、もう弟子も取れないでしょうし、好きに生きるならそうねー、とりあえず国に帰ってから考えるかなー」

 「国、ですか……でも魔女さんの国って」


 ここには居ないがフラミーさんの祖国プローマイセン帝国はもう存在しない。

 それと同じように最も古代を生きたと思われる魔女さんの祖国は存在しているのだろうか。


 「アハハッ、まぁ何にしても冒険が終わってからね」

 「にゃー、魔女は行き当たりばったりにゃー」

 「あんだとクロちゃん! じゃあクロちゃんはどうしたいの?」

 「アタシ? そうにゃね、まぁ主人と一緒に次の冒険でしょうにゃ!」


 呵呵と笑うクロ、ボクは忘れちゃいけないが、地上ではお尋ね者だ。

 流石にここまで追いつかれるとは思わないけれど、いつか解決しないとな。


 「ねぇねぇハン君はどうするの?」

 「某はカスミさえ元に戻せるならば、国へ帰るでござる」

 「うー」


 ハンペイさんの目的はずっと変わっていない。

 カスミさんを元に戻して国へ帰すことだ。

 尤も肝心のカスミさんがそれを嫌がって国を出奔したようだけど。


 「鎧のはどうするにゃあ?」

 「俺? 俺は……どうだろう、わかんないや」

 「あ、あのっ勇者さん! だったら一緒に地上を旅しませんか?」


 ボクは手を上げ提案する。

 勇者さんは驚いてボクを見るけれど、彼は心做しか微笑(ほほえ)んだ気がした。


 「そうだねー、それがいいかも」

 「勇者さんが見てきた風景をボクも見てみたいです」


 勇者さんが勇者バッツとして旅した道程は、きっと様々な景色を見せてくれただろう。

 大海原を染める青、どこまでも広がる雲、驚くべき出遭いとか、彼の昔話は本当に飽きない。


 「マールさんは、旅したいのですか?」


 リリーさんはボクの目を覗き込む。

 ボクは少しだけドキリとした。

 なんだろう、なにか……違和感があったような。


 「ううん、えっと、ボクは村に仕送りして、立派な冒険者になりたいんだ」


 英雄願望――冒険者を目指すなら誰もが夢をみる。

 ボクだってその一人だ、けれどそれは容易にボクの希望を打ち砕く高過ぎた壁だったけれど。

 今のボクはどうだろう……まぁ英雄なんかじゃないのは確かだろう。


 「ふふっ、おこがましいですかね? 分を弁えろって感じで」

 「マル君はもう立派な冒険者だよー!」


 今度は勇者さんが大きな声で叫んだ。

 ボクは驚く、勇者さんは興奮したまま力説する。


 「マル君は俺にとって本物の勇者だよ! それは誰にも否定させない!」

 「……そうね、少なくともマールはもう確実に人として昇格(ランクアップ)しているわ」


 魔女さんが独自の論理で説明すると、続いてハンペイさんとカスミさんも頷く。


 「にゃー、主人は過小評価が過ぎるにゃー、周りからどう見られているか、ちょっと意識するべきかもにゃあね」

 「キューイ、キューイ!」


 ボクはなんだか目頭が熱くなった。

 あれ、嬉しいのかな、涙が溢れてくる。

 ボクは本当に皆に認められるような立派な冒険者になれただろうか。

 ずっと我武者羅で、臆病で、自分を治癒術士だと言い聞かせてなんとかやってきた。

 本当にボクは立派になれた?


 「え、えへへ……これは増々精進しなければ、ですね」


 ボクは涙を拭いながら、笑顔で応える。

 正直言えばボクは仲間に恵まれただけな気もする。

 勇者なんて言われるのはまだむず痒い。

 勇者の資格で言えばやっぱりボクはまだ勇者バッツさんに敵うとは思っていない。

 彼は真の冒険を熟し大魔王エンデの討伐を成したのだ。

 ボクにその自信はない。


 「守り、癒やし、救い給え」


 ボクはいつものように治癒術士に必要な【三聖句】を唱える。

 いつか豊穣神様のように遍く全てに手を差し伸べられる時を夢見て。

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