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第152ターン目 ここで ひとまず キャンプを

 キャンプ場を築くに当たって、魔女さんはボクに豊穣の魔法をリクエストされる。

 断る理由もないので、ボクは部屋の端の方で魔法の嘆願に入った。


 「豊穣神様、貴方の加護を大地にお恵みください《豊穣(ハーヴェスト)》」


 嘆願が届くと、ボクの周囲は燐光が踊った。

 まるで妖精のダンスのようで、大地に恵み与え、足元から広がるように、花々が咲き誇っていく。


 「いつ見ても圧巻よねー、マールの魔法って」

 「豊穣神の加護持ちなら大体使える魔法ですけれどね」

 「バッツは使えんの?」

 「俺ムリー、でも幼馴染(おさななじみ)は得意だったなー」


 そうなんだ、幼馴染となると以前話してくれた治癒術士の女性のことか。

 旅の中で賢者になったそうだけれど、なんだか同じ加護を持っているなんて照れくさいや。


 「ううむ、しかし治癒術士殿、魔法の規模が大きくなりましたか?」

 「あれ? そう言えばいつものよりブワーってなってる」

 「それはランクアップの影響ね、同じ魔法でも強力に扱える筈よ」

 「なるほど、ボクの精神力(マインド)も大分上昇したのですね」


 あまり実感はないけれど、確かな手応えはあったか。

 恐らく使う魔法全て以前より強力になっている。

 期待の新魔法はやっぱり神殿に戻らなくちゃ習得出来ないんでしょうね。


 「ふんふーん、なにか使えそうなのはー」


 楽しそうに鼻歌を歌うと魔女さんは豊穣の魔法で実った花々を探る。

 今回は特に凄く、色とりどりの花々が咲き乱れているのだ。

 ボク自身さえ、美しいと思えるほど。


 「キューイ」

 「あっ、こらカーバンクル、遊び場じゃないんだから」


 カーバンクルはそんな花畑に飛び込むと、転げ回るように燥ぐ。

 元々こういう環境を好むのか、ボクも微笑ましかった。


 「さて、次はリリーさんの治療ですね」


 ボクは気を取り直すと、腰掛けるリリーさんの下に向かう。

 足は綺麗にはなっている、念の為に洗浄の魔法も使ったから、ばい菌も問題ないだろう。

 ただ綺麗に見えても万全じゃない。

 おそらく魔物の攻撃で、骨までやられたんじゃないだろうか。

 そんな状態で無理矢理逃げたのなら、足の細胞が壊死していてもおかしくない。

 ここから治療するには、地上なら病院に数ヶ月入院が必要だろう。

 ここにはそんな医療設備はない、だからこそボクは真剣になる必要がある。


 「いと慈悲深き豊穣神様、この哀れな子羊に救いの手を《治癒(キュア)》」


 治癒の光は暖かさを伴ってリリーさんの負傷した足を癒やす。

 リリーさんは足を擦りながら感覚を確かめた。


 「どうですか?」

 「うう、ん……なんとか動けそう」


 動く、けれどぎこちない。

 ボクは慎重に吟味しながら、結論を出す。


 「念の為まだ安静にしてください、なにかご用命があれば遠慮せず言ってくださいね」

 「マールさん、本当にありがとうございます、このご恩は必ずお返ししますね」

 「いいえ、そのお気持ちだけで十分ですよ、ダンジョンで困っている人がいれば助けるのは当然ですから」


 上品に口元に手を当てると、リリーさんは微笑む。

 ボクもなるべく安心させるように微笑みを返す。

 治癒術士として、なるべくカウンセリングも欠かせない。

 ちゃんと完治するまではボクがしっかりしないと。


 「ふんふーん、火の準備出来たよー」


 ずっと焚き火を見守っていた勇者さんは、鉄板を叩いた。

 今日のご飯はなんでしょうかね。


 「おしっ、それじゃあ軽く調理していくか!」


 魔女さんは気合を入れると、鉄板の乗った焚き火台の前に向かう。

 いかにもな魔女の姿に、不安になったのかリリーさんはボクの服を引っ張ると。


 「あの、本当に大丈夫なの?」

 「あはは、別に怪しい実験とかじゃないですよ、魔女さんを信用しても大丈夫ですから」


 初見ではあからさまに悪い魔女の実験に見えても仕方がない。

 あの青い肌を見れば、人間ではないと分かるし、恐怖もするだろう。

 しかし見た目と中身は違う、魔女さんは誰よりも人間くさいのだ。


 「今日はコイツを使うわ」


 魔女さんが用意したのは、鉄製のバケツ。

 それを魔法で変形させると、人数分の飯盒に様変わりした。


 「ほぅ、よもや米料理でしょうか?」

 「うー」


 気になったのかエルフ兄弟が駆け寄る。

 魔女さんは小さく頷くと、魔法の鞄から白米を取り出す。

 冒険の途中で採取したお米、いつの間にか精米していたのか。


 「ハンペイは東方出身だったかしら、なら米料理には慣れているのね」

 「左様、某の村でも米を栽培してました」


 西方(こちら)では麦が主流ですが、東方では米が主流というのは聞いたことがある。

 こっちでも南部の方だと、お米料理があるって聞いたことがあるけれど、どんな料理になるのかな?


 「まずお水とお米を適量飯盒に入れて火にかけてっと」


 次に魔女さんが用意したのは、新鮮な赤身肉だ。

 おそらくグリズリーの肉だろう、リリーさんは勿論気づいていない。

 言ったらどんな反応するか火を見るより明らかだし、ここは言わない方が懸命だろうか。

 いや、しかし後々気付く恐れはある、そうなったらある有名な寓話を思い出す。


 ウミガメのスープ、という寓話。

 ある漁師三人が嵐に巻き込まれ、絶海の孤島に取り残されるという。

 脱出不可能の中で次第に苛立ち醜く争う漁師達、だが無慈悲にも熱く照らされる直射日光の中、漁師達は衰弱していった。

 ある時、衰弱していた漁師に、一人の仲間がウミガメのスープを差し出す。

 どうしたのか聞くと、ウミガメを捕まえたというのだ。

 久しくありつけなかった食事に、男は無我夢中で食らった。

 気がつくと仲間が一人いない、もう一人は海へと出て戻らないと言う。

 その後、偶然船が孤島に近づくと、二人は無事救助された。

 しばらくしてウミガメのスープを食べた男は、あの味が恋しくなりウミガメのスープを出しているレストランへと赴く。

 当然注文したのはウミガメのスープ、厨房から出されたそれを食べた時、はて不思議な感覚だったという。

 あの時食べた味と違う……その時不意に男はあの時食べたウミガメのスープははたして本物だったのか。

 もしかして男が食べてしまったのは、全然違うなにかではなかったのか、そういうちょっと怖い寓話。


 この寓話、子供のうちはよく理解していなかった。

 今だからわかるけれど、寓話の男性はウミガメのスープの調理現場は目撃していない。

 そして絶えず言い争いする仲間がいたこと、それがはたと居なくなる。

 食べたのは本当はウミガメなのか、それとも消えた男なのか……真相は(やみ)の中である。


 「……うーん」

 「あの、マールさん、お顔が険しくなってますが?」

 「知る後悔と知らない後悔、どっちがマシだと思います?」

 「はい……え?」


 ボクは腕を組むと、リリーさんに真実を話すか真剣に悩む。

 言ったほうが傷が浅いかも、けれど知らんぷりすれば永遠に知ることはないかも知れない。

 つくづくボク達、ダンジョンに毒されましたね。

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