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第151ターン目 要救助者が あらわれた

 第七層をしばらく歩くも、風景はあまり変わりない。

 この第七層はダンジョンらしさと自然っぽさが奇妙に同居しており、ダンジョンのいたる所から生える魔草が象徴的だ。

 時折水路が流れており、進行ルートを複雑化させている。

 あまり代わり映えしないと言うのは疲れる一因だ。


 「なるべく急いで階段を見つけたいですけれど、道に迷ってしまいそうですね」


 誰となく呟くと、隣りにいた魔女さんが頷く。

 彼女も同感らしい。


 「本当嫌らしい構造よね、このパーティただでさえ地図士(マッパー)がいないし」


 魔女さんの言う地図士、通常は交易神の加護を持つ人達が持つスキルがある。

 ダンジョンでは地図のあるとないでは、難易度に大きな差があり、地図持ちはそれだけ有用だ。

 だけどこのパーティで見ても分かる通り、地図士は貴重で引っ張りだこ。

 ダンジョンの地図は冒険者ギルドで売っているが、とても高価で手が出せない。


 「某がある程度は把握しましょう」


 斥候(スカウト)のハンペイさんは地図士ほどではないけれど、ダンジョン構造の把握などに長けている。

 元々ニンジャとして隙の無い人だし、ここはハンペイさんを信じよう。


 「つーか、せめて鎧の悪魔がマップを覚えていたら良かったのにねぇ」


 魔女さんはわざとらしく勇者さんの背中に言う。

 ちょっと気にしたのか勇者さんは肩を震わせると、(わず)かにこちらへと振り返る。


 「ごめんねー、役立たずでー」

 「にゃあ、拗ねたにゃあね、どうするにゃあ魔女?」

 「カムアジーフ殿、あまり仲間内で不和を立てるべきではありません」

 「えっ? 私が悪いの? ちょっと冗談だってば!」


 あのハンペイさんでさえ目くじらを立てるほど、魔女さんはやらかす。

 温厚なボクでもこれは流石に苦言を呈するべきだろうか。


 「魔女さん、冗談とは、皆が笑えるものを冗談と言います。今のはただの暴言ですよ」

 「ヒィ!? ごめんなさいマール様ぁ!」

 「だからボクではなく、勇者さんに」


 魔女さんは、そんなにボクに怒られるのが怖いのか平謝り。

 けれどボクは謝ってもらう必要は無いので、勇者さんを示した。

 魔女さんは、すかさず頭を下げて謝罪する。


 「ごめんなさい鎧の悪魔……ううん、バッツって呼ぶべき?」

 「どっちでもいいよー、まっ、俺も気にしてないから、俺だって無意識でやっちゃう時あるしー」

 「やらかしの頻度は確かに鎧の方が酷いかもにゃあ」


 クロは笑って指摘すると、「いっけねー」と勇者さんは頭を抱えた。

 ボクも苦笑する、時々抜けていますもんね、勇者さん。


 「でも、勇者さんはやっぱり格好良いですよ、自分に確証を持てずとも、その生き方はやっぱり勇者だと思います」

 「マル君……うん、ありがとう」


 ボクはテヘヘと照れ笑いする。

 なんだか恥ずかしいや、ボクも立派な治癒術士を目指さなきゃ。


 「キュイー、キュイ?」


 ふと、自由気ままに動き回るカーバンクルは少し前方を行き、特徴的な鳴き声を上げた。


 「魔物、でしょうか?」

 「その割に緊迫感はないわね」

 「キョンシー、そっちはどうかにゃあ?」

 「……うー」


 カスミさんはなんとも言えず、ただ小さく(うな)る。

 否定はしない、けれど肯定も出来ない、ですか?


 「ともかく追ってみましょう」

 「オーキードーキー」


 陣形は変わらず勇者さんを先頭にカーバンクルの後を追う。

 迷路のような曲がり角や分岐路をいくつか渡ると、不意に大きな部屋が目の前に現れた。

 部屋の中央には大きな木が生えており、木の枝から実る果実は、黄金色に輝き発光している。

 広さは僕ら全員が大の字で転がっても余裕あるほど、ボクは感嘆の息を溢しながら、部屋へと入る。


 「うわぁ、なにこれ……果実が明るく発光していますよ」

 「見たことない木ね……興味深い、調べてみる価値はありそうね」


 早速魔女さんが木に近づく。

 勇者さんは何が起きてもいいように剣の柄に手を掛ける。

 ボクも錫杖を強く握り、周囲を見渡した。


 「うー」

 「む? カスミどうした?」


 不意にカスミさんが走りだす、木の(うろ)の奥、誰かが身を小さくしている。

 カスミさんはそれを発見すると、直ぐに洞の入口から、奥を覗き込む。


 「ひっ、だ、誰……?」

 「人ですか!? ボクは治癒術士です! お怪我はありませんか!?」


 女の人の声、まさかこの第七層で聞くとは思わずボクも駆け込む。

 洞の奥にいたのは漆黒のロープを纏った桃毛の髪の少女だった。

 肌は雪のように白く、髪に隠れて目元は分かりにくいが、赤紫の瞳が僅かに覗く。


 「ち、治癒術士……? あの私は魔法使いのリリーと申します」

 「ボクはマールです、あの安心して出てきてくれませんか?」

 「それがその……足を怪我していて」

 「えっ!? それは大変です! 直ぐに治療を!」


 ボクは直ぐに女性の下に向かう。

 木の洞の入り口は又状になっており、狭い、なんとか匍匐前進で中に入ると、中は中腰で立てる程度には高さがあった。

 ボクは直ぐに女性の患部を確認する。

 白く綺麗な生足は酷い裂傷があった。

 恐らくグリズリーの(つめ)に切り裂かれたのだろう、血で赤く染まっており、あまりに無残だ。


 「いと慈悲深き豊穣神様、遍く優しさで、彼の者を癒やし給え《治癒(キュア)》」


 ボクの嘆願、女性の傷痕に優しい光が当たると、傷口を塞ぎ癒やしていく。

 ふぅと、息を吐くと容態について質問する。


 「立てますか、まだ痛むようでしたら」

 「すいません……痛みはないのですが、まだ足が……」

 「神経まで傷つけられた可能性が高いか、これは継続的な治療が必要そうだ、兎に角です一度外に出ましょう、ボクの肩にしがみついて」


 ボクは彼女に背を向けると、彼女リリーは大人しくボクの背中側から両手を回す。

 うっ、結構大きな胸が背中に当たると、ボクは少しだけ赤面した。


 「あの、お願いします」

 「は、はいっ! 責任持って!」


 ボクは彼女を背負うと、狭い出口を()いながら進む。

 なんとか外に出ると、彼女を降ろし、改めて見た。

 線の細い美少女、魔女さんやカスミさんとは違うけれど、見惚れるような美しさがあった。

 その一方、あの大きな胸は想像以上で、お(しり)もカスミさんより大きい。

 年齢はボクと同じか、年上だろうか。


 「リリーさん、ボク達はダンジョンを攻略中の冒険者です、先ずは安心してください」

 「……ッ、あの、ほ、本当に冒険者、なのですか?」


 彼女が疑問を持ったのは魔女さんを見た時だ。

 無理もない、あの青白い肌を見れば、人間とは思えないだろう。


 「誤解なきよう言ってやるけど、私は魔物かも知れないけれど、人間よ」

 「魔物かも知れない?」

 「訳ありなのよ、お嬢ちゃん?」


 リリーはビクンと背筋を震わせるとあたふた周囲を見た。

 魔女さんの他に勇者さんやカスミさんにも怯えている。

 まぁ全うな冒険者じゃないからね、ボク達は。

 けれどもこれだけは胸を張って言える。


 「豊穣神様に誓い、ボクは貴方のような患者は見捨てません」

 「マール、さん?」

 「ねぇーねぇー、それよりさー、君なんでこんな場所に一人でいたのー?」

 「ヒィッ!? あ、あの私その、仲間と逸れちゃって、魔物から必死に逃げて……その」

 「置いてけぼり、ですか……お可哀想(かわいそう)に」


 その無念、痛いほど理解できる。

 ボクも同じだ、ガデス達に見捨てられ、この第七層まで落ちてきて、どれだけ心細かったか。

 リリーさんは立派だ、ボクなんて泣いて愚痴しかこぼせなかったのに。


 「魔法使い殿、その仲間は何処に?」

 「え? あ……わかりません。私も無我夢中でしたので」

 「きっと、そのお仲間さん達は無事ですよ」


 ボクはなるべく優しく微笑む。

 冒険者が仲間を見捨てるのは悲しいけれど、そういった切迫した事情が存在するのはわかる。

 ボクがそうだったように、それを理由にガデスを恨めるものか。

 誰だって死にたくない、人身御供も、英雄的死もボクからしたらクソくらえだ。

 泥を啜っても生き残る、そうでなきゃ冒険者なんてやっていられない。


 「しばらくボク達が貴方をお守りしますから」

 「マールさん、その迷惑では?」

 「たとえ迷惑だとしても、ボクは治癒術士として、放ってなどおけません」


 豊穣神様ならきっと、救いを求める手は絶対に拒まないはず。

 地の底に暮らす鉱人族(ドワーフ)にさえ、光を差した豊穣神様なら、この程度の艱難辛苦(かんなんしんく)くらい笑って乗り越えた筈だ。

 だからこそボク達治癒術士はその道程のほんのちょっぴりでも、熟さなければならない。

 それが治癒術士の、ううん、ボクの理念だ。


 「カスミさん、魔物の気配はありますか?」

 「うー、うー」


 カスミさんは首を横に振る。

 どうやらここはある程度安全地帯なのかも知れない。

 ダンジョンで極稀にある安全地帯(セーフティポイント)、だとしたらこの大部屋の奇妙な風景も納得がいく。


 「皆さん、ここで少し休憩しましょう」

 「賛成にゃあ、歩き続けだったしにゃ」

 「ならご飯の用意しなくちゃねー」


 休憩を提案すると、皆テキパキ動きだす。

 ボクは改めてリリーさんに微笑むと。


 「ご一緒に、いかがですか?」

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