第15ターン目 オークは 混乱している!
「……一体なにがあったんですか?」
ボクは勇者さんの後ろまで来る。
魔女さんも一緒で、勇者さんは無言で視線の先を指差した。
「はぁ? 一体なによ?」
ボクたちは勇者さんの示す指の先を見る。
少し開けた空間、そこに大柄で緑肌の魔物が徒党を組んで何かをしていた。
「うげ、【オーク】じゃない、女とあればなんであれ襲う最低最悪のレイプ魔」
魔女さんの嫌い様はそれはもう凄絶であった。
まるで汚物でも見るように顔を背け、それでも嫌悪という感情は消え去らない。
一体過去に何があったのか、まるで身内の仇とも言いかねない憎悪っぷりだ。
「でも【ゴブリン】も同じですよね?」
「ゴブリンも大概の畜生よね、でもさぁまだ身の程弁えている分ゴブリンの方がマシでしょう?」
「弁えている……? うーん?」
イマイチピンとこないなぁ。
【オーク】と【ゴブリン】、どちらも異種姦を行う種族で知られている。
特にオークのその性欲は凄まじく、女とあればどんな種族相手でも発情するのだとか。
正直言えば、あんなのに襲われたら一溜まりもないな。
一匹一匹の平均体長はニメルド程度、筋骨隆々でその筋肉から繰り出されるパンチは想像するだけでも恐ろしい。
更にオークは武器を使うこともあるから、数で襲われたら熟練の冒険者でも危険だ。
「でもなにか騒いでいますけれど、一体?」
「どうも女性を襲っているみたいなんだ」
「えっ!? なら助けませんと!」
「なに? 誰か襲われてるの? ならめちゃ許せんよなぁ! 女の敵め!」
「あっ、カム君待って! 俺達の姿を晒したら――!」
魔女さんの嫌悪は一線を越え、忠告は間に合わなかった。
紫電一閃、一匹のオークが身体を電撃で貫かれ、絶命する。
当然他のオークがこちらに気付いた。
「ブホッ! アッチニモオンナガイル!」
「オンナ! ハラマセタイ!」
「この下衆め! 地獄に落ちろ!」
続いて火の玉がオークの群れに直撃した。
数体のオークが炎上するが、そんな程度では火に油を注ぐようなもの。
彼らはますます興奮し、鼻息を荒くする。
勇者さんは「あちゃー」と珍しく、頭を抱えた。
「俺達も【魔物】だってのに」
「確かに魔物の同士討ちとしか思われませんよね、ボクが女性を助けに行きましょうか?」
「いや、マル君じゃ直ぐに捕まって、『あそこ』を掘られるでしょ」
「うっ……嫌な記憶が」
何度ゴブリンに女の子と間違われて強姦されそうになっただろう。
中にはお◯ん◯んが付いている方がお得とか言ってくるキチガイなゴブリンもいたな。
うん、ボクには無理だな。とはいえ放っておくわけにもいかないし。
「じゃあどうしましょう? 魔女さんはもうお構いなしですが」
「というかあれ見てよ」
「うん?」
勇者さんが指差す先、オークがなにかを取り囲んでいる。
だが、突如しなやかな蹴り上げが、オークの顎をかち上げた。
「ぶ、武道家?」
「助けがいるか、判断に迷うよねー?」
一瞬見えたのは、女性らしい綺麗な生足。
よく鍛えられており、ムチムチのふとももは間違いなく武道家の鍛え方だ。
魔女さんの無駄に太ましいふとももとはベクトルが違う!
「今私の身体ディスられた気がする! 太くないから!」
魔女さんはくるりと首だけこちらに向けると、反論する。
心でも読まれたんでしょうか?
ともかく今は武道家さんもなんとか持ち堪えているが、多数に無勢に違いはない。
もし女性なら、目を背けたくなるような陰惨な光景が目の前で広げられるだろう。
ボクとしてはやっぱり、これは助けるべきだろう。
「勇者さん、もうこうなっては……」
「やるしかないかー」
意外と勇者さんも冷静になると、行動に思慮が出るのか。
多分人間を怯えさせたくないんだろう、そういうところ優しいもんな。
ボクは拳を握ると、いつでも飛び込めるように準備する。
勇者さんは、鞘から剣を抜くと。
「切り込むよ!」
「魔女さん! 勇者さんが切り込みます!」
「流れ弾に当たんないように気をつけなさいって伝えなさい!」
「勇者さん、流れ弾に気を付けて!」
「オーキードーキー!」
ボクは二人の言葉を翻訳しながら、状況を見守った。
中央で今も戦っている武道家さんは無事だろうか。
いざとなればボクも飛び出すつもりだ。
オークは怖いが、目の前で女性がなぶられるのも夢見が悪い。
なにより、救いの手を、それは治癒術士の心得だ。
「救い、癒やし、そして守り給え……豊穣神様、どうか子羊に光を」
ボクは両手を合わせ、祈りを捧げる。
勇者さんは乱戦状態になった戦場に飛び込んだ。
「はあぁ!」
気合と共に一閃、勇者さんはオーク一体を背後から袈裟懸けで切り裂く。
さらなる乱入者に驚くオーク、だが彼にはオーク達も違った反応を見せた。
「ゲェー! ヨロイノアクマー!?」
「オレタチオークゾクヲナンノウラミカ、ミナゴロシニシタアクマー!?」
「やだなぁ、ちょっと塩が欲しかっただけだよー」
その塩の為に乱獲されたオーク達にはトラウマになっているみたいだな。
魔物でありながら、押し込み強盗されたのは憐憫の思いを感じる。
オークに罪はないんだけど……いや、襲ってくる以上罪はあるのかな?
「ヨロイノアクマガアイテジャカナワネェー!」
「クソウ! サンジュウニンバカリオンナヲハラマセタダケダッテノニ!」
「オレハヤッテヤルー! オンナヲマエニヒイテナニガオークカッ!」
オーク達の一部が撤退していく。
けれどそれでも大部分のオークはその場に踏みとどまった。
乱戦状態は目まぐるしく戦況を変えていく。
中央の武道家さんは、迫りくるオークに、果敢に拳打を浴びせ倒している。
勇者さんと魔女さんも、凄まじい猛攻でオークを駆逐していった。
「グハッ! オークセイニクイハナシ!」
最後の一匹が絶命すると、ボクは岩場から姿を現す。
すぐに武道家さんの下に駆け寄る……が。
「もう大丈夫ですよ、怪我は……え?」
「…………うー」
オークと戦っていた武道家は奇妙な姿をしていた。
動きやすさを重視した武闘着はともかく、尖った耳の右側は途中で欠けている。
一番不思議だったのは、額に貼られた御札だった。




