第150ターン目 魔物と戦いながら
冒険者の華とはなにか。
魔石を採取したり、魔草を集めたり、いやこれはちょっと違うかな。
だったら財宝の詰まった宝箱を見つけたり、まだ見ぬ景色を見ることか。
でもやっぱり冒険者の華は、魔物との戦闘じゃないだろうか。
ボクは錫杖を構えながら、冷静に周囲を見渡す。
大きな部屋に入った瞬間、ボク達は魔物に囲まれていたのだ。
「まさかいきなり囲まれるなんて!」
「愚痴っても仕方ないわ、やるわよ!」
「にゃあ! 先ずは魔法にゃ!」
周囲を取り囲むのは灰色の毛で覆われた巨大な【グリズリー】に、巨大カマキリ【キラーマンティス】、騎士の格好をしたスケルトンの一種【ボーンナイト】に大して貴重でもない【大蝙蝠】だ。
先ずはクロが光短剣の雷雨で敵全体を攻撃。
魔物達はその降り注ぐ光の短剣に怯む、その隙を先ずカスミさんが突破。
「うー!」
カスミさんの凄まじい正拳突きが巨体を誇るグリズリーを捉えた。
グリズリーは大きく後退、しかし耐える、恐るべきタフネスだ。
しかしそれをカバーするようにハンペイさんが突っ込み、新装備の槍でグリズリーの心臓部を貫く。
グリズリーは喀血、そのまま前のめりに倒れた。
「切り裂け、烈風よ《風の刃》!」
大蝙蝠の方に目を向けると、激しい超音波を撒き散らしながら飛び回る。
しかし突如襲いかかる風の刃に全身をズタズタに切り裂かれ、墜落した。
「ボーンナイトは!」
ボーンナイトは騎士剣を構えながらこちらに突撃してくる。
皆手が空いていない、ボクは錫杖を構える。
ボーンナイトは剣を振り上げる、しかしカーバンクルが額のルビーを輝かせると、ボーンナイトの身体はボロボロになっていく。
ボクはすかさず魔法を詠唱する
「豊穣神様、どうかその御霊天へとお返しください《魂返し》」
ボーンナイトは光に包まれると、灰となって消滅する。
ナイスアシストと、ボクはカーバンクルの身体を撫でてあげる。
「勇者さんは?」
いざという時はいつでもフォロー出来るように構え、勇者さんを見る。
勇者さんの前では巨大カマキリが大きな鎌を持ち上げ威嚇するが、勇者さんは豊穣の剣を構えながらにじり寄る。
巨大カマキリの振り下ろし攻撃、同時に勇者さんは豊穣の剣を振るう。
剣閃が軌跡を描く、豊穣の剣はキラーマンティスの振り下ろされた鎌を一刀両断、だけに留まらずその後ろの胴体まで真っ二つにした。
「凄い、これが豊穣の剣……」
実際に手に持って、あの剣が普通じゃないのは体験したから分かる。
でも本当の剣士が使えば、あんなに強力なのか。
「……駄目だ、強力過ぎる」
勇者さんは戦闘が終了すると、剣を鞘に戻して首を横に振る。
なにが不満なんだろうか、ボクは勇者さんに駆け寄った。
「あの、勇者さん、豊穣の剣がどうかしましたか?」
「うん? いや、やっぱりこの剣、ちょっと危険すぎるなーって」
「そりゃアンタ神聖十二聖具ってのは、本来暗黒神の対して用いられた伝説の武器よ、只の魔物に使うモンじゃないわよ」
後ろから呆れたように魔女さんが指摘。
そうか、確かに普段使いはよくないのだろうか。
「じゃあもう一本剣が必要でしょうか?」
「うーん、そうは言っても都合良くはないしねー」
流石の魔女さんでも剣一本を直ぐに製作は出来ないだろう。
贅沢過ぎる悩みな気がするけれど、勇者さんでも豊穣の剣は危険視しているんだな。
「それにこの剣、俺は大丈夫なのかな?」
「大丈夫とは? まさか自分にも特効じゃないか気にしているんですか?」
「アンタも魔物っちゃ魔物だものね、無理もないわ」
魔女さんはうんうんと何度も頷く。
ここにいる大半が豊穣の剣に触れたら只では済まない人達だ。
案外触っても問題ないのボクだけなのか。
「ともあれ第七層での戦闘も問題なしにゃあね」
「うむり、初突入でござったが、某らの力量も通用するようでござる」
地上の人間でこの第七層まで自力で来れた者は、冒険者ギルドでは上級冒険者として金勲を与えられる。
この金勲を頂いたのは、確かダンジョン街に所属する冒険者でもたった四人の筈だ。
ダンジョンとは未知であり、危険の連続、それらを乗り越えてきた英雄達がいかに偉大か、嫌でも思い知る。
ボクだけでは、これは絶対に不可能だ。
だけどこのメンバーならば可能だと証明出来た。
勇者さん、魔女さん、カスミさん、ハンペイさん、そしてクロ、カーバンクル、後はまだ合流していないフラミーさん。
こんな凄い人達と一緒だからこそ、ボクはここまで来れた。
まだ金勲を受け取れるほど、ボクは力を実感していないけれど、いつかはそんな凄い冒険者を名乗れるのかな?
「それでは、先に進みましょうか」
「待ってー、グリズリーって食べれるかな?」
勇者さんはグリズリーの死体を前に立ち止まった。
食べれるか食べれないか……と、いつもの調子だけれど。
「勇者殿、本当に此奴を?」
「まぁ大きなクマと言えばクマですけれど」
地元の山にはこれより小型だけどクマも生息している。
時々狩人がクマを狩ってきて、熊鍋が振る舞われたっけ。
「切り分けてから判断ね」
魔女さんは腕を組むと慎重に判断する。
勇者さんは早速剣で捌こうとするが。
「ちょっと勇者さん豊穣の剣で屠殺はいかがなものかと?」
ボクは慌てて勇者さんは静止する。
いかな慈悲深い豊穣神様でも、伝説の武器で新鮮な死体を捌くのを許容するだろうか。
「ハンペイ、代わりにやりなさい」
「某が!? ううむ、さもありなん」
ハンペイさんは渋々小太刀で、グリズリーを捌き始める。
ある程度捌かれると肉の断面は綺麗な赤身であった。
雑食の美味しい肉の色に、思わず涎が出ちゃいそう。
いけない、いけない自制しないと。
「ふぅ、これでよろしいか?」
「うん、上出来だよー、いつご飯を用意出来るか分かんないもんねー」
「とりあえず少し余裕を持って行きましょうか」
魔女さんは肉のブロックを魔法の鞄に詰め込んでいく。
ハンペイさんはその間にボクの下へと来た。
「治癒術士殿、小太刀に出来れば《洗浄》を」
小太刀は見事に血油で赤黒く汚れている。
流石に解体包丁じゃあるまいし、武器を包丁代わりにするのは、ハンペイさんもショックが大きいようだ。
「そうですね、お任せを《洗浄》」
ボクは錫杖を両手で握り、豊穣神様へと祈祷を嘆願する。
ボクの祈りに応じて、精神力が支払われると、暖かな光の御手が、ハンペイさんに触れた。
ハンペイさんも驚く間に小太刀は新品みたいにピカピカになり、そのままハンペイさんの汚れまで綺麗に消え失せた。
「おおっ、ここまでして頂くとはかたじけない」
忍び装束までピカピカになって、ハンペイさんは深く感謝した。
ボクは大袈裟だと、苦笑する。
「ははっ、むしろ洗浄《本来》の正しい使い方はこっちなんですけどね」
なんだかダンジョン内ではもっと絶体絶命の窮地とかで使っている気がする。
本来は身の回りを綺麗にする便利な魔法なのにな。
やっと本来の使い方をして、ボクがここまで壮絶な道のりを歩んできたんだと痛感した。
「もういいかにゃあ、待ちくたびれたにゃあ」
「キューイ」
クロとカーバンクルはやることもなく、待ちくたびれている。
ボクは周囲を確認し、問題ないと確認すると。
「それじゃ改めて、出発です」




