第148ターン目 それでも 冒険を
「……キュイ?」
休憩してから半日が経過する頃、カーバンクルが目を覚ました。
ずっと看病していたクロはカーバンクルが目覚めると、安堵する。
「カーバンクルが目覚めたにゃあ」
クロの声にボクはすぐに駆けつけた。
カーバンクルの顔を覗くと、カーバンクルは不思議そうに周囲を見渡す。
「良かった、なんとか峠は越えたね」
あのまま二度と目覚めない可能性があった以上、本当に良かった。
念の為カーバンクルの容態を確認するけれど、毛も生え変わっており、大丈夫そうだ。
「おーし、それじゃあさっさと階段行くわよー」
既に出発の準備を済ませていた魔女さんは杖を肩に担いで呼びかける。
既にハンペイさんとカスミさんも準備万端だ。
最後に問題があったのは結局勇者さんだった。
「勇者さん、豊穣の剣、そんなに不安ですか?」
「不安、もあるけれど、俺はやっぱりマル君が持つべきだと思うだよなー」
勇者さんは豊穣の剣を腰のベルトに差すが、豊穣の剣は攻撃していない。
つまりリビングアーマーであっても、豊穣神の加護は宿るという証明である。
勇者さんは自分が勇者バッツであるか、半信半疑だ。
だからこそボクを勇者にしたいらしいけれど、ボクは慎ましやかに拒否する。
「いざという時、ボクでも使えるという程度の認識でいましょう」
それにボクには錫杖がある。
これがどういう銘の物かは定かじゃないが、ボクにとっては豊穣の剣よりも頼りになるものだ。
シャンシャンと先端の丸い突起に付けられた金属のリングが鳴ると、どこか嬉しそうだ。
やっぱり豊穣神の治癒術士は錫杖を持たないとね。
「カーバンクル、無理はしないでボクの肩においで」
「キューイ」
知能が意外と高いカーバンクルは言われた通りボクの肩に乗る。
普段は激怒するクロも、流石に病み上がりには怒るに怒れなかった。
「にゃああ、カーバンクルには主人を助けられたし、我慢我慢にゃあー」
「うん、でもまさかカーバンクルがボクを庇うなんてね」
「キュイ?」
カーバンクルにとっては、恩返しだったのかな?
なんにせよカーバンクルを危険な目に合わせたのはボクの失敗だ。
失敗は胸に刻み反省しよう。
それでもボク達は前へ進むのだから。
「うー」
「カスミさん?」
カスミさんは無表情だけど、どこか心配そうにボクの傍に寄った。
その意図は完全にはわからない。
「カスミさん、ボクはもう大丈夫ですから、行きましょう」
「うー」
いつものように勇者さんを先頭に、ハンペイさんを最後尾にしてボク達は歩き出す。
既に階段の位置はハンペイさんが調べ上げてくれた。
後は魔物との遭遇さえなければ直ぐだろう。
「第七層、ボクが落ちた運命の場所、か」
ボクは今度は攻略する為に向かうことを、胸に刻み込む。
これからも未知で凶悪な罠が待ち構えることだろう。
§
マールたちが第七層に向かう頃、あるパーティが第五層にいた。
第五層海上エリア、そのパーティのリーダーはクマのように身体が大きな人族の大男だ。
その背中には戦斧が背負われており、歴戦の証である銀証も首から下げられていた。
「うーむ、あの治癒術士はどこまで下ったのか?」
大男は顎を擦りながら呟く。
その後ろにはうさぎ獣人の小男と、牛獣人の大男が作業していた。
「おい、さっさとカヌーを開け、モタモタしていると魔物に襲われるぞ!」
うさぎ獣人の小男ラビオは牛獣人ギュータの背負うバックパックから折畳式のカヌーを取り出していた。
カヌーを展開していたのは、まだ年若い剣士と治癒術士の少年少女だ。
彼等中堅パーティは地上を襲った魔物大襲撃の終結後、脱走した治癒術士を追いかけてダンジョンへと突入した。
目的は治癒術士マールの捕縛……だが。
「旦那、第三層でレッドドラゴンの死骸が発見されたんですぜ?」
「ううむ、時期から考えて殺ったのはあの治癒術士か?」
第三層サバンナエリアを通過した一行は川辺にレッドドラゴンの死骸を発見した。
死骸は腹をくり抜かれていたものの、まだ新鮮であった。
時期から考察するに、恐らくスタンピード後に討伐されたと思われる。
だが誰が討伐したかは判明しない、恐らく討伐者は更に下層へと向かっていると思われる。
治癒術士マールにその実力があるとは思えないが。
「おい、剣士君、君の証言では彼はダンジョンに向かったんだよな?」
剣士、カヌーの展開を補助していたのは、本来このパーティのメンバーではない人族の男であった。
彼ガデスは治癒術士捜索パーティに志願して参加していた。
その側には彼が相棒とする魔法使いのネイの姿もあった。
「はい、奴は怪しげな奴らと一緒にダンジョンへ」
ガデスは偏屈な男だ、他者を見下し、真実にはたどり着かず。
それを横から不安げに見ていたのはネイだ。
「でもマールと一緒にクースさんも一緒だったんでしょ? クースさんが非道に加担するとは思えないわ」
「そいつは……しかし事実奴らは」
「そこまでだ若いの! オイラ達の目的はその真相を突き止めること、考える暇があったら手を動かせ!」
ラビオに指摘されると、ガデスは舌打ちする。
まだこの第五層は初めてであり、しかも海上エリアは慣れていないのだ。
やがて彼等は三隻のカヌーを水の上に浮かべた。
「よし、カヌーさえあればこのエリアは速攻で突破出来る」
「ねぇ大将ー、そんなことよりお腹空いたよー」
「ギュータさんいっつもそれだな!」
「しょうが無いわよ、獣人って人族とは色々違うんでしょう?」
ギュータは既に腹ペコ、彼に懐く若い戦士と治癒術士は笑い合う。
大将の大男ベアは、頭を掻く。
糧食は限られる以上、無駄には出来ないからだ。
「……マール、テメェなんかになにが出来るってんだ?」
ガデスはカヌーに乗り込むと、マールと別れる直前を思い出す。
アイツは弱くて情けない、にも関わらず魔物が溢れ出すダンジョンへと向かい、そのまま突入した。
アイツは何者なんだ、ガデスには全く分からなかった。
ただ悔しいんだ、マールともう一度再会し、その上で自分が正しいと証明しなければならない。
だからこそこの危険な任務に志願したのだ。




