第147ターン目 治癒術士は ランクアップした
その場から脅威はなくなるが、だからと言って忙しさは増すばかりで、ちっとも休まらない。
現在カーバンクルが重傷で、魔女さんが気絶中。
このままでは動くに動けず予定通りキャンプを再開するが。
「勇者さん、身体はもう大丈夫でしょうか?」
「マル君、あぁうん、心配かけてごめんねー」
「謝る必要はありません、それより剣のことですけれど」
現状はどうしていいのかわからず放置していた豊穣の剣。
豊穣神の加護を持つボクは持っても問題ないけれど、他の人は触れずおっかなびっくりしている。
「やっぱりマル君が持つべきじゃないかなー」
「いいえ勇者さんが持つべきです、ボクに剣は似合いませんよ」
「いや、治癒術士殿、あの時の動きどう考えても熟練の動きでしたが」
どうも豊穣の剣、過去の勇者の動きをそのままトレースさせる機能があるらしい。
お陰でボクでも十全に扱えるけれど、ボクは不満だった。
ようするに剣に使わせて貰っているだけだもんね。
ボクに勇者さんみたいな強さはない以上、無いものねだりだけど。
「ほら勇者さん、貴方の得物ですよ」
ボクは鞘に収まった豊穣の剣を放り投げる。
「危なっ!?」と、まるで怯えた兎みたいに仰け反る勇者さん。
なんだか滑稽である。
「もう今まで使っていたんですから、怯えないでください」
「マル君分かってない! 俺本当に勇者バッツという保証は無いんだよ!?」
「勇者さんは勇者さんでしょう? はいこのお話はお終い」
ただでさえクソ忙しいのだ、勇者さんだけに構っている暇はない。
ボクはカーバンクルを見る、カーバンクルは浅い呼吸を繰り返している。
「にゃあ、カーバンクルはどうかにゃ?」
クロはカーバンクルを心配して寄り添っていた。
散々喧嘩していたのに、いざカーバンクルが傷つくと誰よりも心配している。
ボクはカーバンクルの容態を見て、なんとも言えなかった。
「五分五分かも、傷は塞いだけれど失った血まではなんとも」
「にゃあ、主人の魔法では難しいのかにゃあ? 主人の魔力は確実に上がっているにゃあ」
「ボクの魔力か」
ボクは自分の掌を見る。
ダンジョンでの苦難を越えて、確実にレベルアップはしているはずだ。
特にオレイカルコス様や、勇者さんの解呪、そして豊穣の剣を取り戻した事は、確実にレベルアップしたと実感した。
それでもボクは不安だ、自分の不確かな力を信じきれない。
「主人、鎧のを解呪する時、新しい魔法を使っていたにゃあ」
「あぁアレ、なんか頭にビリッて来たというか」
【豊穣の慈悲】、今思い起こせばなんて恥ずかしい魔法だろう。
その分効果は絶大だったけれど、アレってなんだったんだろう。
「ううん――あれ、ここは?」
優しく横にしていた魔女さんが目覚める。
相変わらず精神喪失したとは思えない早さだ。
やっぱり自動回復のスキルがあるんだろうな、羨ましい。
「カムアジーフ殿、もう大丈夫ですか?」
「あぁハンペイ、うん……大分回復したかな」
魔女さんは上半身を起き上がらせると、大きく欠伸した。
大分無茶させたから、まだまだ休んで貰いたいな。
「うーん、誰か説明プリーズ」
「では某が詳細に」
ハンペイさんはこと細やかに説明した。
魔王の影の撃破、カーバンクルの負傷、豊穣の剣の解呪、勇者さんの解放。
「ふーん、マールがねぇ?」
「あはは、恐縮です」
魔女さんは豊満な胸を持ち上げると、やはり豊穣の剣に興味を持った。
「神聖十二聖具、それが目の前に、でも触ると〜」
バチィン、と音を立て見えない力が魔女さんの指を弾いた。
その力は絶大で魔女さんの人差し指が第一関節まで消滅する。
ボクは慌てて魔女さんに駆け寄った。
「なにやっているんですか魔女さん!」
「うーん、これが自動防衛機能、魔の物を絶対に滅するという殺意の塊ね」
「関心している場合ですか、今すぐ治療しますから! 《治癒》」
魔女さんに優しき御手が触れると、指を治療する。
元々自己再生のスキルを持つ魔女さんは放っておいても指は治るだろうけれど、念には念を入れてだ。
「ふーん、やっぱりレベルアップしているわね、いいえこれはもしかして【位階昇格】かも」
「……ランクアップ、ですか? それはレベルアップとなにが違うのでしょう」
「簡単に言えば限界突破、ようするにマールの器が一回り大きくなったの、扱える魔法もより上位になったはずよ」
魔女さんは再生しきった指を確認しながら説明する。
うーん、ランクアップですか、このボクが。
魔女さんくらいすごい魔法使いになろうと思うと、どれくらいランクアップする必要があるのか。
「今なら大魔法も使える筈よ」
「治癒術士の大魔法となると、やはり【大治癒】、あるいは【聖なる輝き】辺りでしょうか?」
この辺りが治癒術士の大魔法では有名なところだ。
大治癒は複数人同時に治癒出来る貴重な魔法で、聖なる輝きは治癒術士の数少ない攻撃魔法である。
ボクとしては死者蘇生とか完治癒が欲しいけれど、やっぱりあのクラスはまだまだ精進が足りない気はする。
というか、それが出来るならすぐにでもカスミさんのキョンシー化を治せるよ。
だけど死者蘇生が出来る治癒術士はそれこそ一握りだ。
大きな教会や病院の最高ランクの治癒術士でやっとだもんな。
「白魔法は神様が教えてくれるんでしょう?」
「でもアレは神殿で教えてもらうんですよ? ダンジョン内では更新出来ないですよ」
「それもそっか、黒魔法なら魔導書一つで教えられるのにねー」
そこが魔法体系の差だよね。
ボクが使う白魔法はあくまで神様のお恵み。
対して黒魔法は過去の賢者達の編纂と功績。
魔法製作者たる魔女さんなら、数多くの魔法も教えられるだろう。
「うーん、けどさ。マールは新しい魔法をダンジョン内で覚えたのよね、【豊穣の慈悲】だっけ」
「うぅぅ、ちょっと恥ずかしい、あれは豊穣の剣を握っている時突然閃いたんです」
「間違いなく【固有魔法】よね、そんな魔法名聞いたこともないもの」
魔法やスキルには汎用と呼ばれる既知のものと、固有と言われる個人のみが習得出来るものがある。
白魔法で固有は極めて珍しいことだ。
大抵は過去に使われているからだ。
「ならさ、もう一回豊穣の剣を持ってみ」
「えぇ、もしかしてボクで実験していません?」
「んんー? なんのことかな?」
やっぱり実験している。
魔女さんは好奇心が刺激されると、結構マッドな人だ。
どうせ豊穣の剣のあれこれを調べたいだけなんだ。
自分では触ることも出来ないからって。
「ほらほら、早く早く!」
「もうー駄目だよカム君、マル君困っている」
流石に勇者さんが口を挟んだ。
魔女さんはじっと勇者さんを見つめる。
「勇者バッツねぇ、知らない名前だけどアンタ大丈夫なの?」
「……俺はバッツの成れの果てだ、もう肉体も残っちゃいない、この魂も本当にバッツなのかは分からない」
勇者さんは凄く不安そうに俯く。
自分というアイデンティティが迷走し、ずっと不安だったのだろう。
ボクはそれに寄り添うことが出来なかったことを、悔やむ。
どうして勇者さんに甘え続けてしまったのか。
「勇者さんは勇者さんです、もう伝説の勇者バッツだとか、鎧の悪魔とかじゃない、勇者さんは勇者さんです!」
ボクはそう言い切る。
それを聞いて魔女さんはプッと吹き出した。
「アハハッ、マールの言うとおりだわ、私だって肉体はとうに滅んでいる筈だもの、言ってみればカムアジーフの成れの果て、誰がカムアジーフだと保証出来るのかしらね?」
その深紅の瞳も、青白い肌も、魔女さんが元来持っていたものではない。
大魔王エンデは明確に勇者バッツを呪った。
だけど魔女さんやフラミーさんは、その限りだろうか。
恐らくだけど、大魔王エンデの意図とは異なる何かがこのダンジョンにはある。
ダンジョンの王と名乗る大魔王エンデ、間違いなくダンジョンマスターであろう。
影でありながら圧倒的な力を感じた、本体はどれほどとんでもないのか。
「勇者さん、大魔王エンデについては」
「大魔王エンデは、過去に俺が仲間と一緒に討伐した魔王だよ」
「んーじゃあさ、なんで死んだ大魔王が復活してんの?」
魔女さんの疑問、しかし勇者さんには答えられない。
大魔王は復活した、いや本当にしたのか?
「多分だけどー、大魔王エンデはまだ完全復活していない、俺が感じたプレッシャーはまだ弱かった」
「え? あれで不完全なんですか?」
「だとしたら、早急に討伐する必要があるわね」
ダンジョンはまだ底を見せない。
だがダンジョンの底に大魔王エンデはいる筈。
絶望的な事実、でもそれと同時にボクはこの冒険の明確な終わりを意識した。
恐らくだけど、ダンジョンはもう長くはない。




