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第146ターン目 豊穣の慈悲

 【魔王の影】を倒すことには成功した。

 けれど現状はなにも変わっちゃいない。

 ボク達は勇者さんを取り囲んでいる。

 やっぱり、戦うしかないのか?


 空からはまるでこの世の終わりのように天井都市が崩落してきている。

 大魔王が撤退したことで、振動は止んだけれど、今も危険な勢いだ。

 小さい物はボクの聖なる壁で防いでいるが、大きい物は無理。

 少し離れた場所に、超巨大なオベリスクめいた建物が落ちた。

 立っていられないほどの大振動、それでもお構いなしに勇者さんは鎧の隙間(すきま)から闇を放出する。

 闇の剣が周囲に襲いかかってくる。


 「ちぃ! 近寄れん!」

 「がおおん! この! どうするの主人!」


 小太刀二刀流で巧みにさばくハンペイさん、だが射程距離には踏み込めない。

 巨体が災いして、クロは特に危険だ。

 闇の剣を払うも、何本か突き刺さると、クロは痛みに呻く。

 しかし強過ぎる光は、闇の剣を消滅させ、クロに外傷はなかった。

 ただクロの尻尾が明滅している、もうあの姿は維持できない。


 「勇者さん! 元に戻ってください!」

 「――――」


 勇者さんは無反応。

 やっぱりあれは勇者さんじゃない。

 大魔王エンデは魂を呪い、あの鎧に憑依させたと言っていた。

 それはリビングアーマーの作り方と一致している。

 だったら、彼の弱点は……!


 「はぁ、はぁ、マール、いざという時、容赦しちゃ、駄目よ」


 深刻な精神喪失(マインドダウン)を引き起こしていた魔女さんが忠告する。

 彼女は腰から崩れ落ちるも、その視線は勇者さんから外さない。


 「……ボクにこの手を汚せと?」

 「はぁ、はぁ、私はマールを、信じる、わ」


 魔女さんはそう言うと前のめりに倒れた。

 もう意識を保っていられないんだ。

 ボクは錫杖をギュッと握る。

 勇者さんはボクに向かって突撃してくる。

 ハンペイさんとカスミさんがブロックするが、彼はそれを猛然と振り払い、ボクの目前へと迫った。


 呪われた豊穣の剣が迫る。

 ボクは、この()に及んで逡巡(しゅんじゅん)した。

 だけど、それが致命的な間違いだった。


 「キュイー!」


 カーバンクルはボクの目の前に飛び出すと、額の赤い宝石を輝かせる。

 ルビーの輝きは、ボクと勇者さんを包み込んだ。

 闇が晴れる、破魔の輝きに呪いが浄化されたのか?

 だけど――直後呪われた豊穣の剣がカーバンクルを切り裂く。

 ボクは目の前が真っ暗になった、それと同時にボクは怒りの形相で錫杖を勇者さんに振り下ろした。


 「何をしているんだ貴方はぁぁぁ!!」


 錫杖は勇者さんの兜を叩く。

 勇者さんの兜は外れると、彼は後ろによろめいた。

 ボクはすぐにカーバンクルを抱き上げる。


 「カーバンクル、しっかりして!」

 「キュ、イ……」


 カーバンクルの毛並は血塗れになり、口から血を吹いた。

 ボクはすぐに治癒(キュア)を唱える。

 カーバンクルの傷口は豊穣神の御手が触れ塞がれる。

 けれど失った血の量が多い、助かる、のか?


 「――――!」


 勇者さんは兜を手に取る。

 ボクは勇者さんを見て、全身が震えた。

 怖いよ――恐ろしいよ――どうしてこうなった?

 ボクは……ボクはもう本当に、勇者さんを()()するしかないのか。


 「勇者さん、こんなのってないですよ……どうしてボク達は争う必要があるんですか?」

 「――――」

 「なんとか、なんとか言えよぉぉお! 勇者なんだろーっ!!!」


 その時、勇者さんはピクリと動きが止まる。

 ボクは涙目になりながら勇者さんの様子を見た。

 もしかして、聞こえている?

 ボクの声が、届いたの?


 「……っ、胸が熱い?」


 ボクは胸元(むなもと)に手を入れると、【オリハルガンの鱗】と【えいえんの葉】が熱く輝いていた。

 それらを取り出すと、まるで何かが語りかけてくるようだ。


 ――心の力、信じる、マール、すごい。


 「オレイカルコス様?」


 ――豊穣はもう目の前、どんな闇さえも光、与える。


 光を与える……?

 そうだ、豊穣神様は地の底に住むドワーフ族にさえ光を与え助けた。

 ボクは豊穣神に仕える治癒術士だ。


 「守り、癒やし、救い給え」


 ボクはカーバンクルをそっと下ろすと、ゆっくり立ち上がる。

 勇者さんは剣を構える、今度こそボクを必殺するために。


 「ぬぅ、やらせん! 治癒術士殿はやらせるものか!」

 「うー!」


 二人は後ろから勇者さんに襲いかかる。

 だけど、闇の剣が二人を近づけない。


 「天照神よ、ちょっぴり輝き、刃を落とすにゃ! 《光短剣の雷雨(シャイニングスコール)》!」


 元の黒猫に戻ったクロは光の雨を降らせる。

 力は大幅に劣るが、闇の剣とぶつかると相殺しあった。

 ボクは覚悟を決めると、勇者さんに飛び込む。

 勇者さんは呪われた豊穣の剣を振りかざした。

 ボクは自分を信じて錫杖を振るう。

 呪われた豊穣の剣と錫杖がぶつかる。

 力では適わない……でも。


 「心の力ならぁぁぁあ!」


 オリハルガンの鱗とえいえんの葉が強く輝く。

 ボクは解呪の魔法を詠唱した。


 「そんな闇に負けるんじゃなぁぁぁあい! 《解呪(ディスペル)》!」


 その瞬間、ボクの視界は彼方へと吹き飛ばされた。

 真っ暗闇の中、一人の青年がボクの前に立っていた。

 青い髪の青年は身長がボクより高く、とても優しい表情をしている。

 ボクは本能的に彼が勇者さん、勇者バッツだと思った。


 「勇者さん、なんですね?」

 「あぁ、マル君……ごめん、迷惑かけたね」


 やっぱり勇者さんだ、ボクは温和な笑みを浮かべる。

 勇者さんはなんだか照れくさそうだ。


 「ありがとうマル君、俺を信じてくれて」

 「信じるに決まっているじゃないですか、仲間なんですから」


 勇者さんは弱気だった。

 大魔王エンデの力に屈したことが堪えているようだ。

 そんなのは、全然勇者さんらしくない!


 「勇者バッツは、ボクの憧れです! ボクはその、この通り身体も小さくて、非力ですから、勇者には成れませんけれど」

 「ううん、マル君は勇者だよ、俺は本当はね、マル君ほど強くないんだ」

 「勇者さん、それって……」


 勇者さんの弱さ、彼は悲しそうに微笑んだ。

 ボクは納得いかない、彼はボクがピンチの時、いつだって助けてくれたじゃないか。

 そんな偉大な人がどうして。


 「何故、ですか勇者さん、勇者さんこそ本物なのに」

 「この闇……強力だろ? 俺の心が弱いから、魔王に付け込まれた」


 世界を染めあげる闇を見上げる勇者さんは、苦笑する。

 ボクは不安で胸を締め付けた。


 「呪いは解けた筈では? オレイカルコス様は解けたのに?」

 「……それだけ、エンデは俺を恨んでいたんだね……けども、誤算があった」

 「誤算?」

 「君がいたから、君なら()()を使える」


 そう言うと彼は自分の腰に差していた剣を差し出した。

 それは豊穣の剣、別名【勇者の剣】だ。

 ボクの大好きな【勇者の剣の物語ヒーローズ・ソード・テール】に出てくる最高に格好良い剣。


 「豊穣の剣をボクに?」


 剣を受け取ると、豊穣の剣は強く輝いた。

 ボクは剣を(さや)から抜くと、目を細めてしまう。

 まるで光爆、あらゆる闇が退くかのように。

 光は徐々に収まると、とても美しい刀身が(あら)わになる。

 七色に輝き、白光を纏う、それは豊穣神の加護か。

 剣を両手に持つと、ボクの中に豊穣神の力が流れ込む。

 それは慈しむような意志さえも。


 「さぁ勇者マール、その剣で――」


 ――俺を討て。


 彼は安堵したように笑顔を向ける。

 視界はフラッシュバックし、気がつくとボクの前には古ぼけた鎧がいた。

 鎧の悪魔、彼は全身から闇を吹き出し、一斉に襲いかかる。

 驚いてしまうが、ボクは手に持った物を高速で振るうと、闇は一瞬で浄滅した。

 ピリッと脳になにかがフィードバックしたのか、確かな手応えがある。


 「っ、これって……豊穣の剣の力?」


 時間は現代に巻き戻っている、にも関わらず豊穣の剣がボクの手に握られていた。

 その刀身は美しく、遍く世界を照らす聖なる輝きに満ちている。


 「治癒術士殿……それは?」

 「うー」


 ハンペイさんは驚く、ボクが剣を使うことか、それとも豊穣の剣が正しい姿を取り戻したことか。

 多分両方か、正直ボクも絶句している。


 「勇者さん……貴方は」


 もはや勇者バッツの成れの果ては、狂乱したように闇を吹き出し、その手に闇の剣を携えた。

 ボクは豊穣の剣を構える。

 剣のド素人のボクなのに、剣自体が使い方を教えてくれた。

 ボクの隣には勇者バッツが同じ動きをしている。

 これは勇者バッツの幻影、ボクは勇者バッツと共に踏み込む。


 「――――!」

 「やあああ!」


 闇の剣と豊穣の剣がぶつかると、闇の剣は消滅、鎧の悪魔はよろめく。

 そのままボクは剣を振り上げる。

 致命的な隙に一撃を叩き込むため、だけど。


 「勇者さん! ボクは貴方を斬らない! 貴方に(まと)わりつく怨念を斬る!」


 ボクの隣にいた勇者バッツさんは優しく頷いた。

 豊穣の剣に心の力を注ぎ込む。

 その時、ボクの中で何かハジけた。


 「豊穣神様、その優しき輝き、闇を滅して、か弱き者を救い給え! 《豊穣の慈悲(ディアマール)》!!」


 淡い乳白色の輝きを放ち、ボクは剣を振り下ろす。

 剣は鎧の悪魔をすり抜けた。

 ただ優しい光が勇者さんを包み込む。


 「………う、ぁ、マル、君?」


 勇者さんは崩れ落ちる。

 もうそこには闇はなかった。

 普段のちょっと(とぼ)けた勇者さんだ。

 ボクは剣を捨てると、迷わず勇者さんに抱きついた。


 「うわーん! 勇者さんの馬鹿馬鹿馬鹿ぁ! 一人で死のうとするんじゃあない! もっと仲間を信じてくださいよ!」

 「……うん、ごめんね、マル君」


 勇者さんの鎧は薄汚れている。

 けれど呪いの気配はもうない。

 それでも勇者バッツは死に、この粗末な鎧に血の呪印で(しば)られている。

 本当にこれで良かったのだろうか。

 勇者さんは死を望んでいた、その為に豊穣の剣をボクに託した。

 でも、ボクは勇者じゃない。治癒術士だ。


 「ぐすっ。いいですか勇者さん? ボクは治癒術士ですよ? 誰かを救う為に存在するんです!」

 「あははっ、そうだね、でも結構良い太刀筋だったぜ?」


 勇者さんは呪いの向こうから全て見ていたらしい。

 彼の本質は心の弱い優しい青年だった。

 ただ自分を鼓舞する為に、明るく振る舞って、勇者であろうとした一人の人間だ。

 彼はボクを勇者という。

 それでもボクは勇者になりたいとは思わない。

 ……勿論憧れはあったけれどね。


 ボクは勇者さんから離れると、手近に落ちていた錫杖を拾う。

 シャンと神聖な音を鳴らすと、こっちの錫杖はお帰りなさいと言っている気がする。


 「うん、やっぱりこっちの方が性に合いますね」


 どこまでいってもボクは豊穣神に仕える治癒術士でしかない。

 か弱き者を守り、癒やし、救うのだ。

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