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第145ターン目 勇気を 振り絞って

 炎の嵐が吹き荒れる。

 ボクは後ろを振り向いた。

 魔女さんが杖を翳し、超自然の火炎嵐を巻き起こしている様子だ。

 勇者さんから出る無数の闇の手は火炎に触れると、消滅する。

 その嵐はボク達を守ってくれた。


 「マール、無事!?」

 「魔女さん! 勇者さんが!?」

 「是非も無し、助太刀致す!」


 魔女さんとハンペイさんが駆け込んでくる。

 異変を嗅ぎつけ、急行したのか。

 ハンペイさんは小太刀を構えた。


 「この邪気……只者ではござらんな」

 「ククク、ぞろぞろと、これでは鎧の悪魔もちと荷が重いか?」


 大魔王エンデはなおも余裕の笑みだ。

 魔女さんは深紅(ルベライト)の瞳を収縮させる、その表情は恐怖で凍りついていた。


 「アイツだ……! この私におかしな魔法を仕掛けたのは!」

 「魔女さん、それってもしかして」

 「マールと出会う前、私が錯乱する呪いが掛けられていたでしょう?」


 なんと魔女さんは、過去にあの大魔王エンデと遭遇していたのか。

 気丈に見えても彼女も人、その全身は震えていた。

 あの魔女さんでも、なんだ。

 ボクは魔女さんの手を握ると、彼女はボクを見る。


 「マール?」

 「魔女さん、落ち着いてください、魔女さんは(かなめ)になる筈ですから」


 正直言えば、ボクだって逃げ出したいほど怖い。

 でもそれは出来ない、ボクは治癒術士だ。仲間を見捨てるなんて無理だ。

 魔女さんは震えが収まると、キッと勇者さんとその背後の大魔王エンデを睨みつけた。


 「マールの言うとおりね、この大魔女カムアジーフが気負されてたまるもんですか!」


 そう、それでいい。

 魔女さんの魔法は唯一この現状を変えうる。

 相手は絶大な力を持つ大魔王と勇者さん。

 勇者さん……本当に鎧の悪魔に成り下がったんですか?


 「皆さん、力を貸してください」

 「治癒術士殿、無論です」

 「うー」

 「にゃああ、やってやる、やってやるにゃあ!」


 皆の意思はボクに伝わる。

 ならばボク達はもう迷わない。


 「敵は大魔王エンデ、ハンペイさんとカスミさんは勇者さんを足止めしてください、クロと魔女さんは大魔王エンデを!」


 ボクは指示を出すと、ハンペイさんとカスミさんが飛び出す。

 勇者さんは剣を構えて斬りかかる。


 「勇者殿、なにがあったか知らぬが、早く戻ってこい!」

 「――――!」


 通じない。

 勇者さんの意思はちっとも感じ取れない。

 キィン、キィンと二人は切り結ぶが、状況はやや勇者さんが押している。

 全身から吹き出す闇が攻撃回数を増やしているからだ。

 しかしカスミさんはそんな闇に拳打を浴びせ、闇をハンペイさんに近づかせない。

 闘気の篭もった拳には、闇を退ける力があるようだ。


 「にゃあああ、やるわよアタシ!」


 一方クロは全身から神気(アルカナム)を立ち昇らせる。

 その身体は神々しく輝き、光と共に巨大化していく。

 全身を輝かせる巨大な光の獣には、二本の尻尾が揺らめいていた。


 「これは神々か! おのれ!」

 「《ガオオオオン》!」


 大咆哮(バーストハウリング)が大魔王エンデを襲う。

 大魔王エンデは全身を揺らめかせる、だがすぐに反撃した。


 「クハハ! これが力だ!」


 大魔王は左手を振ると、衝撃波がクロを仰け反らせる。

 爪を地面に立て食いしばり、ただ獰猛な瞳で大魔王を睨みつけた。


 「ガオオオオン、コイツ……奇妙ね」

 「クロ、奇妙って……?」

 「あのいけ好かない邪気、まるで影だわ。実体が無い」


 えっ、とボクは驚く。

 漆黒の大魔王が影?

 あれだけの力があって、それでも影しかない?


 「喩え影だろうと、負けられないでしょ私達は、とにかく力をぶつける!」


 魔女さんは両手に杖を構えて、詠唱する。

 その間にも大魔王は高笑いし、空間そのものを震わせた。

 振動は凄まじく、耳鳴りがするほど。

 そして異変は起こった。


 「……上からなにか?」


 最初はパラパラと、埃が落ちてきたようだった。

 だが次第に大きな石が降ってくる。

 まるで《石の雨(ストーンシャワー)》だ、だけどこれはもっとやばい。

 天井都市が降ってきたのだ!


 「ま、不味いですよ! 天井都市が降ってくる!」

 「マールは身を守って! アタシが奴を()る!」


 クロは飛び出す。

 ボクは急いで聖なる壁(ホーリーウォール)を詠唱した。


 「ガオオオオン! 《光輝爪撃(シャイニングラッシュ)》!」


 クロの大きな爪は極大の光を放つと巨大化、そのまま凄まじい連続攻撃を大魔王エンデに浴びせる。

 大魔王の身体は光に晒されると、より濃くなり、爪が切り裂くと、像がバラバラになった。


 「ぐぬぅ! 貴様ぁ!」

 「大魔女カムアジーフが命じる、時空の彼方、あらゆる物の起源さえ、万物全て、我が前から消し去れ! 《対消滅砲(イレーサーキャノン)》!」


 魔女さんの杖から世界が真っ白に染まるほどの、魔力が放出されていた。

 恐ろしい力は、視界を完全にホワイトアウトさせるほど、ただ圧倒的な力が大魔王エンデへと襲いかかる。

 クロは咄嗟に飛び上がる、対消滅砲は大魔王エンデを飲み込んだ。


 「やったか!?」

 『……ククク、クハハ! やるではないか! 我はここで退こう! だが鎧の悪魔はどうするかな?』


 大魔王エンデ、その影は最後まで余裕の高笑いで消え失せる。

 ぞっとするような邪気が消えても、ボク達の前にいる勇者さんは依然変化がない。

 ただ無情に剣を構え、闇は今や無数の剣となっていた。

 ただ命を刈り取るカタチ、より先鋭化された殺意。

 暴虐の化身【鎧の悪魔】。


 そのネームドモンスターは、ボク達の壁として立ちはだかった。

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