第143ターン目 治癒術士は キャンプする だが
オーク戦は快勝だった。
一気にオークの前線を押し切り、僅かなオークを逃してしまうけれど、ボク達に損害はない。
ボクもオークを一体だけですが倒すことが出来た。
最初の頃は怖くて仕方がなかったオークが、今ではそれほど危険な相手じゃなくなったんだ。
ううん、これはきっと傲慢だ。
オークが怖くないって思えるようになっても、オークの危険度はなにも変わらない。
ただ、ボクは強くなったのだろう。
レベルアップ、したのかな。
「ふんふんふーん」
大きな広場、その中央で勇者さんは火を起こしていた。
丁度いい場所が確保出来たので、キャンプを開始したのだ。
「うーん」
一方魔女さんはオークの戦利品を吟味していた。
オークは時折武装している、倒したことで武器を手に入れたのだが、オークの武器は誰も装備出来そうにはない。
唯一勇者さんならなんとか出来そうですが、そもそも豊穣の剣がある以上、他の武器は必要ないだろうし。
ボクやハンペイさんには、オークの武器は大き過ぎる。
オークの体格に合った武器や防具は相応に巨体でなければ扱えない。
「カムアジーフ殿、いかがなされた?」
「ハンペイかカスミ用に武器に加工しようかって思っているんだけど、なにかリクエストってある?」
どうやら戦利品を加工して使いやすくしたいらしい。
ハンペイさんは腕組をすると、「ふーむ」と思案する。
「であるならば、槍か弓矢を所望したい」
「いずれもリーチのある武器か」
「左様、このパーティ、魔法以外で長物が欠ける」
「確かにねぇ、飛んでいる敵に有効手段が少ないか」
魔女さんも頷く。
これまで出会って来た飛ぶ魔物には、魔法がとことん効きづらい精霊系も存在する。
特に【ザ・サン】は極めて強敵だった。
あのような敵への対抗策はあるに越したことはない。
「おしっ、それでいきましょう」
魔女さんは早速魔法を唱える。
オークの残した斧や鎧は、見る見る間に槍や弓矢に変貌する。
「言っておくけど品質は期待しちゃ駄目よ?」
本職のシュミッドさんならいざしらず、魔女さんの武具精製は品質には難を抱える。
それでもボクは思い望んだものに形を変えられる魔女さんの魔法は凄いと思うけれどね。
「ねぇ、クロは魔女さんの魔法、どう思う?」
ボクは膝の上で丸くなるクロに質問した。
クロは非常にリラックスしており、ゆるりと尻尾を振ると答える。
「魔女の才は尊敬出来るにゃあ、まぁレベルが高すぎて模倣も出来そうにないにゃけど」
人格は否定しがちだけど、魔法の才能はクロからしてベタ褒めであった。
やっぱり魔女さんも規格外だよね、ボクは平凡なりに頑張らないと。
「おっし、それじゃあそろそろ狩りに行ってくるー」
勇者さんは立ち上がると、豊穣の剣だけを携えて狩りに向かう。
魔女さんは目を細めると、勇者さんに物申した。
「まともな魔物にしときなさいよー!」
「オーキードーキー!」
「魔物にまともなどあるのだろうか……?」
槍を手に持ち、手応えを確認するハンペイさんは茫然自失だった。
まだ魔物を食べることに慣れていないんですね。
あぁそれに引き換えボクはなんと浅ましいのか。
最近魔物を美味しそうなんて思っちゃう時があるなんて、豊穣神様ごめんなさい。
「キュイー」
「うん? カーバンクル?」
突然カーバンクルはボクの傍に近寄ってきた。
また甘えたいのかなと思ったけれど、どうも様子が違う。
「にゃー、このポジションは譲らないにゃよ」
クロはボクの膝上を堅持、カーバンクルを徹底的に邪険にする。
けれどカーバンクルはボクの膝に前足を置くと、何度も鳴いた。
「キューイ、キューイ」
「うーん、どういうことだろうか?」
「にゃあ? 何か伝えているのかにゃ?」
カーバンクルはボクから離れると、背中を向ける。
まるでついて来いみたい。
「よく分からないけれど、ついて行きましょうか」
ボクは優しくクロを下ろすと、立ち上がる。
カーバンクルはやや足早に勇者さんの向かった方へと向かった。
「あれ、マールどこか行くの?」
「あぁ魔女さん、カーバンクルが」
「カーバンクル?」
カーバンクルを指差すと「キュイー」と鳴いて催促してくる。
魔女さんは目を細める、何か警戒してか。
「念の為、カスミを連れて行きなさい」
「うー」
カスミさんは音もなく立ち上がると、ボクに駆け寄ってきた。
「えと、キャンプ場が手薄になりますよ?」
「某とカムアジーフ殿がいれば充分でしょう」
武器の手入れをしながらハンペイさんは微笑む。
確かにこの二人なら問題はないか。
「クロはどうする?」
「にゃー、気になるから行くにゃ」
最後にクロは行くか行かないか逡巡したけれど、行くことにした。
ボクはカーバンクルの背中を追いかける。
「キューイ、キューイ!」
カーバンクルは少し進んでは振り返り、ボクらを待つ。
その鳴きかた、何を伝えているんだろう。
「カーバンクル、もしかして勇者さんを探しているのかな?」
「鎧のかにゃあ? なんでカーバンクルが――」
その時だ。突然ぞっとするような気配がボクの全身を駆け抜けた。
それを感じたのはクロやカスミさんも同樣だった。
クロは全身の毛を逆立て唸り、カスミさんも同樣だ。
ボクは念の為に持ってきた錫杖を握り込むと、呟いた。
「底知れない悪意……これは一体?」




