第142ターン目 思い出を 思い出しながら
天井都市エリアと火山エリアを中継する階段に辿り着いたボク達。
ゆっくり階段を下りながらボクは頭上を見上げた。
「改めて不思議な場所でしたね」
「もうちょい調査する余裕あったら、じっくり調べてみたいわね」
魔女さんも少しだけ惜しいのだろうか。
詮無きこと、とハンペイさんは首を振る。
「我ら冒険者、ダンジョンの秘を紐解くは本分なれど、今は目的もござろう?」
「ハンペイさんの言うとおりですね、先ずは第七層を目指しましょう」
「第七層かぁ、俺とマル君が出逢ったエリアだねー」
先頭を警戒しながら進む勇者さんは、出遭いを懐かしむ。
ボクも勇者さんと初めて会ったあの運命の時を思い出す。
「最初、得体の知れないリビングアーマーに驚きましたねー」
「俺もまさか人間が落ちてくるなんて思わなかったよー」
「けど鎧のがいなければ、アタシも主人も死んでいたにゃあ」
うんうん、クロの意見に頷く。
ほぼ同じ階層で出逢った魔女さんは、つまらなさそうに杖で肩を叩きながら。
「あの鎧の悪魔がなんで人助けしてんのか、正直胡散臭かったわ!」
「あははー、最初は本当に嫌ってましたね」
なにせ最初は満足に意思疎通も出来ないし、魔女さんは勇者さんを信頼していなかった。
ボクも胡散臭いなーとは正直思いましたよ。
でも……だからこそ彼は。
「行動で示してくれたんですね、勇者さん」
「当然だよー、なんか照れるなぁ」
「まっ、アンタが悪魔じゃないってのは、認めてやるわ」
魔女さんも今では勇者さんをちゃんと信頼している。
勇者さんは常に行動で信頼を勝ち取ってきた。
今じゃ紛うことなく勇者だ。
「ふっ、治癒術士殿は本当に数奇な運命を歩んだのですな」
「うーうー」
「それは違うにゃあ、これからも、にゃあ」
ハンペイさんの意見にカスミさんは首を振り、クロが付け加える。
数奇な運命か、ボクはイマイチ実感はしていなかった。
だって、そんなの考える余裕さえなかったもん。
「地表に降りたら、一先ずキャンプだねー」
「そうですね、ボクも疲れました」
「私ももう精神力切れだわ……はぁ」
マッドハウスとの戦闘で魔女さんは大量の精神力を消費していた。
精神力は時間の経過と共にゆっくりと回復するが、一番良いのはぐっすり眠ることだろう。
生憎強行軍で進んでいるボク達は、宿屋のベッドでぐっすりとはいかないけれど、どの道休憩は必要になる。
「フラミーは今頃どうしているかにゃー」
ふと、クロはフラミーさんについて呟く。
ボクはフラミーさんとの別れを思い出した。
「フラミーさんはすぐに帰ってきますよ」
「そうね、あの子相当マールに懐いていたし」
「うー」
何かカスミさんはボクをじっと見たまま小さく唸る。
うーん、フラミーさん絡みだとカスミさん嫉妬しちゃうのかな。
あんまりパーティの不和は望んでいない。
パーティの頭目であり、治癒術士としてもこれは放っておけないよね。
「よしっ、もっと頑張りましょう」
「だーかーらー肩の力を抜けにゃあ」
「キュイキュイー」
カーバンクルはボクの背中を登ると肩に乗る。
クロは目くじらを立てると、カーバンクルに飛びかかった。
「キシャー! そこはアタシの特等席だと何回言わせる気にゃー!」
「キュイー!」
あーあ、また始まった。
クロとカーバンクルの喧騒に、ボクは溜息を吐く。
魔女さん、ハンペイさんも呆れていた。
「もう駄目だよクロ、喧嘩しちゃ」
「にゃあ! 許せないものは許せないんだにゃあ!」
「人の傷痕に塩を塗りこむ奴がいるなら、そりゃもう戦争でしょうけれど」
「使い魔殿もカーバンクル殿もどうどう」
「因みに【ウ=ス異本】には、争いは同レベルの者でしか発生しないって、あったわねー」
魔女さんの三白眼はクロの背中に直撃。
暗にクロとカーバンクルが同レベルと断じられたことは、クロの使い魔としてのプライドにヒビを入れたようだ。
「ぐ、ぐぬぬぬ、ありえにゃい……このアタシが、畜生と同レベル?」
「それ言い過ぎ! もうクロったら」
ボクはクロを抱き抱えると、クロはボクの胸に顔を埋めた。
クロにも一線はある、今は主人に甘えたい気分であろう。
「キュイー」
「シャア! こっちくんにゃー!」
けれど、どうにかクロとカーバンクルには仲良くなって貰えないかなー?
階段で一悶着を起こしながら、ボクらは地表に降り立った。
周囲は巨大な岩塊が積み重なれ、独特の景観を生んでいる。
「視界不良なので気をつけましょう」
ボクはそう注意を促す。
正面を警戒する勇者さんは無言で頷き、ダンジョンを突き進む。
ボクはもう一度頭上を見上げた。
逆さまに生えた天井都市、そこはさながら異世界であった。
ここからは、ボクも経験のあるエリア。
しっかり皆をサポートしましょう。
「うー!」
「皆さんカスミさんが敵の気配を察知、周囲を警戒してください!」
ボクと魔女さんを取り囲むように、皆は構える。
勇者さんの警戒する正面、現れたのは豚面の大男の集団であった。
「ゲェーッ! ヨロイノアクマーッ!?」
「ヒャッハー! オークだぁー!」
「あっ、勇者さんオークは食べちゃ駄目ですよ!?」
なんと会敵したのはオークの集団だった。
カスミさんをレイプしようとしていた一派か、カスミさんは凄い顔で唸る。
まぁオークは女性を見たら見境なく興奮する性質があるから仕方がないけれど。
「クソウ! セメテ女ヲ犯ス!」
「オーク魂、見セタラァ!」
オーク達は狂乱するように、武器を構えて襲いかかってくる。
勇者さんは盾で、オークが持つバトルアックスの一撃を防いだ。
「とりゃあ! まずは一つ!」
反撃、勇者さんの剣が下から振り上げられる。
オークはでっぷり太った腹部から頭部にかけて縦一文字に切り裂かれた。
「うー!」
カスミさんもオークの群れに突撃すると、激しい拳打を浴びせた。
顔面をボコボコにしたオークはそのまま後ろに倒れた。
「にゃおう、今更オークなんかビビるかにゃあ!」
「左様、早々に片付けよう!」
クロは魔法を唱えると、光の短剣がオークの群れに降り注ぐ。
その間隙を抜いて、ハンペイさんは小太刀を両手に携えて、乱れ舞った。
死の旋風が巻き起こると、無数のオークが血の花を咲かせて倒れた。
「その調子です! 押しきります!」
「応ともさー!」
ボクは勇者さんと共にオークへと突っ込む。
錫杖を大きく振り上げて、オークの頭蓋をゴチンとぶっ叩く。
オークは鼻血を流すが、まだ足りない。
「ブフォ! 女ダァー!」
「ボクは、男ですっ!」
もう一度、錫杖はシャンと神聖な音を奏で、オークの頭蓋をぶっ叩いた。




