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第139ターン目 ぬーいーぬいぬー!

 「うーん、いないわね」


 キッチンを一通り歩き回る魔女さん。

 勇者さんは戸棚も一つ一つ入念に確認していく。

 緊張の一瞬だ、足音が近づくだけでボクの心音は――存在しないにも関わらず――バクバクと高鳴った。


 「おっ包丁じゃん、ん……あーこれオモチャだ」

 「オモチャ? どれどれ……ふむ、ナイフもフォークも精巧なオモチャね」


 二人は戸棚に仕舞ってあった物を吟味していた。

 オモチャ……そう、ここはまるでオモチャ箱だ。

 ドールマスターはファンシーワールドと言っていた。

 さながら女の子の遊ぶドールハウスみたいな感じ。

 だとしてもどうしてこんなにも巨大なのかは疑問だけれど。


 「にゃおう……どこに消えたんだにゃあ?」


 クロは鼻を鳴らしながら、ボクの隠れる戸棚の前に迫る。

 ボクは息も殺して固まる、今はクロだって恐ろしい。


 「クンクン、クンクン? なんだかここが怪しいにゃあ」


 クロはボクのいる戸棚に顔を突っ込む。

 ボクは奥に潜んで嵐が過ぎ去るのを待つ。

 中は暗闇(くらやみ)、如何に猫の目を持ってしても見通せない……と思う。


 「……気の所為(せい)かにゃあ?」


 クロが出ていく。

 ボクは緊張でどうにかなりそうになりながら、ホッと安堵した。

 クロの肉食獣の顔が怖いと思ったのは初めてだ。

 俊敏な猫を相手にしたネズミの絶望、まさかボク自身が体験する羽目になるなんて。


 カサカサ。

 

 「ぬい?」(音?)


 危機が去った後、突然闇の中から音がする。

 ボクは音の方を振り返ると。

 茶色い身体、長い触手、それは台所の悪夢(ナイトメア)

 ボクは顔を真っ青にすると、ただ絶叫を上げた。


 「ぬいー!!!」(ゴキブリだー!!!)

 「音!? こっちか!」


 ボクは迷わず戸棚から飛び出す。

 ゴキブリだ、ボクの腰くらいまである超巨大ゴキブリ!

 正確には違う、ボクが小さいから、相対的にゴキブリがでか過ぎる!

 兎に角ボクはキッチンから一心不乱に逃げだす。

 直ぐに周囲に魔女さんや勇者さんが集まる、彼らはゴキブリを目撃すると。


 「ギャー! Gだわ、一匹見たら百匹いると思えのG! しょ、消毒よー!」


 迷わず火の玉をゴキブリに当てる魔女さん。

 ゴキブリは一発で木っ端微塵、キッチンは当然大炎上する。


 「わわっ、やり過ぎだって!」

 「だってだって、GよG! 人類種の天敵!」

 「だー! たかが虫ごときになにをビビっているにゃ、鎮火を急ぐにゃあ!」


 皆大慌て、てんてこ舞いで鎮火に急ぐ。

 程なくして周囲を水浸しにしつつも鎮火は終わった。

 ボクは階段の前に辿り着くと、必死に大き過ぎる階段の登攀(とうはん)に挑む。

 さながら……これは、まさに崖上りだ。

 皮肉だけど、綿の身体は生身より軽いのが救いか、ピョンとジャンプすれば階段の(ふち)に手が届く。


 「むぅ、カスミよ、治癒術士殿は見たか?」

 「うー」


 見ていない、カスミさんは首を横に振る。

 ハンペイさんは眉間を険しくして、周囲の気配を探った。

 僅かな音も逃さない、ニンジャでありエルフの強力な感知能力は僅かな音を耳にする。

 彼は直様階段へと向かう。

 そこで見たのはピンク色の形容し難いボク(ぬいぐるみ)であった。


 「ぬぅ、タヌキか?」

 「……!」


 ハンペイさんに見られ、ボクは硬直する。

 この姿で動いたり喋ったりすれば、間違いなく先程の二の舞だ。

 魔女さん達に気付かれる前に二階に上るつもりだったが、階段は壁のように立ちはだかり、上手くいかない。

 どうする、ぬいぐるみの振りを続けるか、それとも一気に駆け上るか。


 「キュイ!」


 だが、そのどちらも選ぶ機会は訪れない。

 カーバンクルがボクの頭部に噛み付く。

 小さな牙がめり込む、が痛みはない。


 「カーバンクル殿、そのぬいぐるみをどうしようと?」

 「キュイー!」


 カーバンクルはボクを咥えたまま、二階へと駆け上がった。

 それを追うようにクロも階段を登ってくる。

 クロは姿の見えないボクを探しているようだ。


 「主人ー、どこに行ったにゃー?」

 「ぬ、ぬいー」(クロ、気づいてー)


 泣きたい気分だ。

 クロは少し前まで一緒にいたボクが見えず、戸惑っている。

 使い魔でさえ、ぬいぐるみ化したボクに気付けない。

 ただクロが無事であることから、ドールマスターさえ倒せば、元に戻れるのではないか。


 「にゃ、カーバンクル、お前主人を見なかったかにゃあ?」

 「キュイ?」


 カーバンクルはボクを咥えたまま首を(かし)げる。

 どうやらボクを野生の勘で気づいたという訳でもないらしい。


 「カーバンクル、その気持ち悪いぬいぐるみを放すにゃ」


 気持ち悪い、今の姿はボクではないとはいえ、面と向かって言われると複雑だ。

 カーバンクルはクロの忠告に、ぷいっと首を振る。

 明らかにクロを見下し軽んじる態度、当然クロは毛を逆立て唸る。


 「やっぱりムカツクにゃあ」

 「キュイー!」


 クロは素早く飛びかかる。

 カーバンクルは即横に飛ぶ、ボクの身体は凄まじい速度で振り回される。


 「ぬ、ぬいー!」(め、目が回るー!)

 「往生するにゃあー!」

 「キュイキュイー!」


 カーバンクルは壁を蹴ると、欄干の上に飛び乗る。

 それを追ってクロも乗った。


 「これ、使い魔殿、カーバンクル殿、喧嘩は止すでござる」


 二階までやってきたハンペイさんは穏やかな声で仲裁した。

 だけど興奮した二匹は大乱闘を止めない。

 ハンペイさんは呆れた顔で、駆け寄ってくる。

 その途中、あのドールマスターの潜む部屋に気づいた。


 「む、なんだここは、子供部屋であろうか?」

 「ぬ、ぬいー!」(だ、駄目だー!)


 あの部屋に入るのは不味い。

 ドールマスターは狡猾で、気付かないままぬいぐるみ化してくる。

 ハンペイさんまで犠牲になったら、手が付けられない。

 ボクはもう一か八か、魔法を行使してみる。


 「ぬいぬいぬ、ぬいーぬ、ぬい!」(いと慈悲深き豊穣神様、哀れな子羊をどうか守り給え《聖なる壁(ホーリーウォール)》)


 錫杖もなく、果たして祈祷が豊穣神に届くかも分からない中、ボクはハンペイさんの前に聖なる壁を形成する。


 「む、これは治癒術士殿の魔法!?」


 なんとかハンペイさんが部屋に入るのを阻止する。

 だけど魔法を使った代償は大量の精神力(マインド)の消費であった。

 ぬいぐるみ化の悪影響なのか、ボクの心の力でなんとか魔法を発動させたのかも知れない。


 「今、そいつ魔法を使ったにゃあ?」


 クロはボクを見て、目を細める。

 カーバンクルは突然追うのをやめたクロに不思議そうに振り向いた。

 その際、ボクはカーバンクルの口から離される。


 「ぬいぬ!」(ままよ!)


 ボクは欄干を掴むと、勢いを付けてドールマスターのいる部屋に駆ける。

 ハンペイさんの足元を抜けて、部屋に突入する。


 「ぬ、ぬいぐるみが動いた!?」

 「ハンペイ、そいつ魔法を使うにゃあ!」


 ボクは驚愕の顔をするハンペイさんに両手を振る。

 ボクはマール、お願い気づいて、と。

 だけどハンペイさんは小太刀を構えて警戒する。

 明確な殺意、ボクはその恐ろしさに一歩退いた。


 「ククク、無様だなぁ、仲間に魔物と思われる」

 「ぬ、ぬいぬ!」(ど、ドールマスター!)


 人形の振りをするドールマスターはボクを嘲笑う。

 ドールマスターの狙いは、ボクを仲間に始末させるつもりなのか。

 ボクの聖なる壁はまだしばらく入口を封鎖している。

 あまり時間は掛けられない。

 手を強く握ると、ボクはドールマスターに飛びかかった。


 「ぬいぬー!」(うわぁ!)

 「ケケケケケ! ぬいぐるみの癖に歯向かおうってのか?」


 ボクはポカポカとドールマスターを殴る。

 だけど綿の詰まったボクの手ではまるでダメージを与えられない。


 「ぬいぬ、ぬいぬー!」(ドールマスター、ボクの体を返せー!)

 「いいのか? そのままだとお前……」


 次の瞬間、光の短剣がボクの手を縫い付けた。

 この魔法はクロの《光短剣の雷雨(シャイニングスコール)》だ。


 「皆魔物はこっちにゃあ!」


 クロの叫びに、一階にいた魔女さん勇者さんが階段を登ってくる。

 まずい、いや……これはチャンスか?


 「こんなところまで逃げたの……て、うわ!? ぬいぐるみだらけ!」

 「あれ……これマル君の聖なる壁ー?」

 「にゃおう……一体どうなっているんだにゃあ」

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