表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
146/217

第138ターン目 治癒術士は ぬいぐるみ化した

 大きなフロアを進むボク達は、何度か魔物と戦闘しながらようやく終わりを迎えようとしていた。


 「連絡通路でしょうか?」


 大フロアの終わり、両開きの扉を潜り抜けると、吹き抜けの通路が現れた。

 そろりそろりと、なにがあるか分からないので慎重に歩いて行くと、不意に下を見る。

 真下はなにもない、ただ地上の岩石群が小さく見える。


 「うぅ、落ちちゃったらひとたまりもないですね」

 「それじゃあ落ちないように注意しましょう」


 魔女さんの指摘のように、ボクも頷く。

 高さに怯えながらも、ボクはなんとか連絡通路を渡り切ると、ホッと安堵する。


 「やっぱり高いところって、怖いです」

 「にゃー、主人ったら情けないこと言ってちゃ駄目にゃあ」

 「怖いものは怖いよ、落ちたら死んじゃうんだよ?」

 「もっと怖い目に散々あっているのに、どうしてだろー?」


 うぅ、ボクが怯弱(きょうじゃく)者と思われているだろうか。

 ボクだって苦手は沢山ある、それでも前を見なければならないのだけれど。


 「それで、次はなにかしら?」


 錫杖を握り直し、正面を見る。

 次は……え? なにこれ?


 「ファンシーなお家?」

 「だねー、すっごいピンクだー」


 どちらかというと清潔な感じのした直前のエリアに比べて、通路の先にあったのは、内装をピンクで染めたちょっと目に痛い一軒家だった。

 勇者さんを先頭に中に入ると、改めてその威容に驚かされる。

 床もピンク、壁もピンク、机も棚も、壁さえも、とにかくピンクピンクピンク!


 「ぬぅぅ、まやかしの類か、目が痛くなりそうだ」

 「うー」


 あまりにショッキングな光景にハンペイさんも頭を抱える。

 カスミさんはそんな兄の心配をしていた。

 一方勇者さんと魔女さんは早速周囲を調べ始めた。


 「……奇妙ね、あまり趣味が良いとも言えないわ」

 「俺は嫌いじゃないけど、でも住みにくそうー」


 勇者さんは適当な机に手を置くと、ガタガタと揺らす。

 取り立てて変な作りでもない、ピンク色に塗装した以外は普通の机だろうか。

 魔女さんは棚の方に向かった。

 適当に戸棚を開くと、中にあったのはやっぱりピンク色の食器達だ。


 「うげ、食器までピンクじゃん、何考えているのよもう」


 さしもの魔女さんでもなんでもピンクの空間にげんなりしている。

 ボクも正直頭がおかしくなりそうだ。


 「主人、二階に部屋があるにゃあ」


 リビングから直通で階段がある。

 勿論階段もピンクだ、もれなく視界を乱してくる。

 これ、中に住んでた人、よく事故を起こさないな。

 ボクうっかり階段を踏み外しちゃいそう。


 「この家のデザイナーはクソね、使い勝手をまるで考慮していないわ、これじゃ思想強めのオナニーと同じじゃない」

 「言い方が……まぁカムアジーフ殿の言い分も理解できますが」


 歯に衣着せぬ物言いの魔女さんに、ハンペイさんも苦笑する。

 ボクはクロの立つ部屋の前に行くと、また驚いた。


 「うわぁ、人形がいっぱいだ」

 「まるでドールハウスにゃあ」


 子供部屋だろうか、可愛らしいシングルベッドに、所狭しと置かれた可愛らしい人形やぬいぐるみ達。

 ボクは手近にあったテディベアのぬいぐるみを持ち上げる。


 「懐かしいなぁ、孤児院にもひとつだけ、ぬいぐるみがあったっけ」


 これと同じ、ただ色が継ぎ接ぎだらけのクマのぬいぐるみがあった。

 子供時代は、そんなちょっとヘンテコなぬいぐるみを皆で取り合ったもんだ。

 継ぎ接ぎだらけなのは、今思えば荒っぽい遊び方する子供達に壊され、それを院長先生が手縫いで修復したのだろう。

 思わず童心に帰っちゃう気分だ。


 「他の部屋はどうかな?」


 ボクはぬいぐるみを元の場所に戻すと、部屋の外を振り返る。

 クロはもういない、仲間もまだ一階のようだ。

 ボクもそろそろ皆と合流しようと部屋を出る、その時。


 カタカタカタ――。


 「え?」


 背後で動く音がした。

 ボクは足を止めて振り返ると、とある人形が動いていた。


 「ま、魔物!?」


 ボクは錫杖を構える。

 けれど油断していたのか、ボクの足元には先程のぬいぐるみが足にしがみついていた。

 クマのぬいぐるみのつぶらな瞳がボクを見上げる、まるで行かないでと言っているように。

 ボクは背筋が凍りついた、ここはやばい。


 「皆さん気を付けて、魔物がい――」


 次の瞬間、ボクの声は掻き消えた。

 えっ、なんで? 戸惑うボクは周囲を見渡す……が、視界がおかしい。


 「ぬい、ぬいぬー?」(ぼく、ちっちゃくなった?)


 て、何この声!?

 ボクは驚愕して、自分の手を見た。

 そこにあったのは、丁寧に包装されたぬいぐるみの手。

 ピンク色の手は指もなく、けれど動く。

 がさごそ、ボクは音のする部屋の奥を見た。

 そこには、先程動いた人形が、『()()』をぬいぐるみの中に押し込んでいた。

 僅かに見えたのはボクの錫杖、つまり――。


 「ぬ、ぬいぬいぬー!?」(な、なにをしているんですかー!?)


 ぬいぐるみの中に仕舞われたのはボク!?

 人形はゆっくりこちらを振り返る。


 「ククク、ようこそファンシーワールドへ」

 「ぬいぬい?」(ファンシーワールド?)

 「間抜けめぇ、お前はもう一生この家のぬいぐるみなんだよぉ、見な! こいつらを!」


 人形――【ドールマスター】は両手を広げる。

 夥しい数の人形やぬいぐるみ達は一斉にボクを見た。

 つまり、それって……。


 「ぬいぬー、ぬいぬい……!」(あぁ神様、これはつまり……!)


 皆生きている――。

 ここにいる人形やぬいぐるみ達は皆成れの果てだ。

 そこに愛らしさなんて欠片もない、ただ吐き気だけを催す。

 だが、ぬいぐるみに口なんてあるわけがない。

 ボクは絶望に気持ちを持っていかれても、なにも吐けない。

 ただ、ボクは恐怖に後ずさった。

 直ぐに駆ける、だけどぬいぐるみの身体では上手く走れず直ぐに転んでしまう。


 「ケヒャヒャ! もうおしまいだぁ! お前はもうぬいぐるみなんだぜぇ!」

 「ぬいぬ、ぬいぬ、ぬいぬ!」(嘘だ、嘘だ、嘘だ!)

 「キュイ?」


 ボクは顔を上げると、カーバンクルがボクを見下ろしていた。

 大きな瞳に、ボクの姿は惨めになるほど写っている。

 あぁ、ボクもピンクの仲間入りをしたのか。


 「ぬいぬ!」(カーバンクル!)

 「キュイ」


 ムギュ、ボクは無慈悲にカーバンクルに前足で頭を押し潰される。

 中身が綿なのか、よく沈みカーバンクルのオモチャにされた。


 「ぬ、ぬいぬ」(ちょ、やめて)

 「キュイー」

 「なーに遊んでいるにゃあカーバンクル」


 今度はクロだ、ボクはクロに助けを求めた。

 だけどクロは。


 「気持ち悪いぬいぐるみにゃあね、捨てちゃいなさいにゃ!」

 「キュイ、キュイー!」


 カーバンクルはボクを咥えると走り出す。

 ボクは手足をジタバタ振って暴れるが、今やカーバンクルにさえ力負けする始末。

 そのままカーバンクルはボクを咥えたまま一階に降りてしまう。


 「ぬぬぬいー……」(あぅぅ一体どうすれば……)

 「あらカーバンクル、なにそのキモいぬいぐるみ」

 「キューイ」


 ボクは顔を上げる。

 魔女さんの大きな胸が邪魔で顔は半分も見えない。

 あぁカーバンクルの目線ってこんなに下からなんだ。

 ここからならパンツも丸見え――。


 (見るな! 破廉恥過ぎる!)


 ボクは即座に俯向いた。

 下から覗き込むのは、流石にやっちゃいけない。

 魔女さんはカーバンクルからボクを奪うと、目を細めて注視する。


 「うーん? なんかコイツ……妙ね」

 「ぬいぬ?」(妙ですか?)


 ボクの(なぞ)に変換されるぬいぐるみ語、それを聞いた魔女さんはビクンと背筋震わせ、ボクを投げ捨てた。

 ボクは地面をバウンドしながら、転がると、やがて壁に当たって止まる。

 痛くはない、けれど、ボクはフラフラになりながら立ち上がった。


 「ぬいぬ、ぬいぬー」(あうあう、酷い目にあったー)

 「こ、コイツ喋った!? なに魔物!?」


 魔女さんは目を縦に細め、杖を構えた。

 ボクはその意味を察する。

 まずい、ボクは今魔物と思われている。

 本当の魔物はドールマスター、おそらくあの一体のみなのに。

 魔女さんの警戒に、勇者さんハンペイさんカスミさんが集まる。

 ボクはどうすればいいか逡巡(しゅんじゅん)する。

 今は迂闊(うかつ)な行動が死を意味する。


 (考えろ、考えろボク、とにかく身体だ、身体を取り返さないと!)


 そうなると二階だ、ドールマスターは二階にいる。

 あそこで冒険者を人形の振りして待ち構えているんだ。

 急がないと被害者は増えるだけ、だけどこの姿じゃそれを伝える手段がない!


 「ぬ、ぬいぬ!」(と、兎に角逃げるぞ!)


 ボクは一目散その場から逃げ出した。

 後ろでは魔女さんが何か叫んでいる。

 直後火炎弾がボクの後ろに着弾した。

 ファイアーボール、まさかボクに向けられる殺意に心胆を冷やしながら、それでも活路を見出すしかない。


 逃げ込んだ先はキッチンだ。

 ボクは小さな身体を活かして、身を潜める。

 開いた戸棚、中には調理器具が収納してある。

 調理器具の間に隠れると、ボクは用心深く外の様子を観察する。


 「ちょっとカム君炎はまずいってー!」

 「どうせダンジョンの一部でしょ、多少燃えたって直ぐ鎮火すればすむでしょ」

 「注意散漫危機一髪にゃあ」

 「なによクロちゃん、それにアレは魔物よ、なにかされる前に仕留めなきゃ!」


 ズカズカズカ、と魔女さんはキッチンに突入する。

 後ろからクロ、勇者さんも入ってきた。

 不味いぞ、見つかったら殺される。

 今のボクじゃマールと証明出来ない。


 「キッチンね、注意しなさい皆」

 「それブーメランにゃ」

 「ムカツクー」


 喧嘩(けんか)はよしましょうとは今は言えない。

 ボクはこの身体が憎い、ぬいぐるみに恨みはないけれど、恐ろしい状態異常だ。

 きっとドールマスターは、ボクを【ぬいぐるみ化】させる特殊な能力がある。

 兎に角今は耐えぬけボク、冒険者は諦めが悪いんだっ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ