第137ターン目 カーバンクルと ともに
まるで百貨店のような大フロアを彷徨い歩く。
出口は中々見つからない、原因は度々出現する魔物と無惨にも山積みされた瓦礫の山だ。
視界はそれほど良くなく、しかもこのエリアの魔物は擬態する性質があるらしく、ボク達を悩ませる。
「うーん、いっそのこと、床をぶち抜く?」
歩き疲れたのか魔女さんは、真顔でそう言った。
勇者さんは魔女さんに視線を向けると。
「真っ逆さまに落下しちゃうんじゃないー?」
「もうそん時はそん時よ」
「いやいやいや、そんな簡単に片付けないでください!」
魔女さんは基本頭が良いのに、時折面倒くさがって大雑把になる。
このままでは本当に床をぶち抜きかねない、ボクは両手を振って阻止する。
「にゃあ、ちょっとは落ち着けにゃあ魔女」
「ふーんだ、クロちゃんこそ、事あるごとに大騒ぎの癖に!」
「それは、アイツが悪いんだにゃー!」
ボクの側を歩くクロは、そう言うとカーバンクルを睨みつけた。
カーバンクルはあっちこっちと歩き回り、鼻を動かし臭いを嗅いでいる。
一見するとマーキングだろうか、縄張りの確認は野生の動物はしばしば行う。
だけどある程度離れるとカーバンクルは直ぐに駆け寄ってくる。
なんだか健気でボクは微笑むが、クロは心底嫌そうに毒を吐いた。
「あざとく好感度を上げようって腹かにゃあ、生意気過ぎるにゃあ」
「どうどう、抑えてクロ」
「マスコットは一匹でいいにゃ! 二匹もいらんにゃ!」
「キィイ? キュイキュイー」
カーバンクルはボクの足に擦り寄ると、肩まで駆け上がってくる。
当然クロはキレて、カーバンクルに飛びかかった。
「だーかーらーそこはアタシの特等席だって言っているでしょうにゃー!」
「キュイー!」
「……また始まった」
ボクは何度も繰り返される二匹の大喧嘩に頭を抱える。
「そろそろボクも怒るよ?」
ボクは二匹に冷たい視線を送り、注意する。
クロは顔を青ざめ、全身の毛を震えさせる。
「にゃ、にゃい……」
「おぉ、治癒術士殿の一喝は効きますな」
「……好きで怒っているんじゃないんですけれど」
クロは元々喧嘩っぱやいけれど、カーバンクルが来てからは度が過ぎている。
これほど仲が悪いとは想定外だ。
ボクはクロを抱き抱えて、優しく頭を撫でる。
「いい、クロは大人でしょう? 大人として余裕を持たないと」
「にゃあああ、分かっているにゃあ、けれど」
「難しい? でも子供みたいに喚いても、なんにもならないよ?」
誰にだって、許せないものはある。
クロにとって、カーバンクルはそれほど嫌悪するものなのか。
通常なら、どちらかをパーティから除籍するのが常套手段だけど、ダンジョン内ではそういう訳にもいかないし。
「うーん、どうすればいいのか」
「うー!」
「マル君、敵、敵! なにかくるー!」
頭を悩ませている最中、またも魔物の襲来か。
ボクはクロを下ろすと、錫杖を構える。
カタカタカタ、周囲に壊れていたマネキン人形が突如動きだす。
取り囲むように立ち上がるマネキン人形。
「今度は人形かー」
「だけじゃにゃいわ!」
クロの指摘の通り、正面からゆらゆらと剣を構えたマントが近づいて来た。
たしか【ファントムナイト】だ、ファントムナイトには実体がない。
剣さえ破壊すれば問題ないはずだけれど。
問題はマネキン人形の方か、こっちは未知の魔物だ。
ゴーレム系か、それとも憑依系か。
なんとなくこのエリアは憑依系が多い気はするけれど。
「とりあえず先制攻撃よ! くらっとけ《岩石砕》!」
まず魔女さんが先に仕掛ける。
マネキンの一体に岩石が襲いかかると、その人形の身体を押し潰す。
マネキンは動かなくなった。
「おし、魔法は通じるみたいね!」
「うー!」
今度はカスミさんがマネキン人形に襲いかかる。
マネキン人形はぷるぷる震えながら、貫手を突き出す。
カスミさんは首ひとつ分動かして回避、そのまま懐まで踏み込むと顔面を殴り砕いた。
剛拳に粉砕されたマネキン人形は沈黙、どうやらそれほど驚異でもないらしい。
対してファントムナイトはどうか、勇者さんはファントムナイトと剣を打ち合う。
ファントムナイトは幻惑的に動きながら、剣を回転させる。
《ダンシングソード》とかいうスキルだ、気をつけなければ一刀に伏すぞ。
「勇者さん気をつけて!」
「だいじょーぶい!」
ファントムナイトの剣は下から勇者さんを切り上げる。
予測不能の幻惑の剣だが、勇者さんは盾でそれを受け止める。
「せぇのー!」
受け止めたら、直様剣を打ち込む。
ファントムナイトの剣は真っ二つに折れると、マントも地面に落ちて動かなくなる。
こっちも快勝か、後はもう一体のマネキン人形だけど。
「ふむ、造作もない」
こっちもハンペイさんが五体をバラし、残心を決めている。
被害もなく快勝にボクはとりあえず安堵した。
「お疲れ様です、直ぐに移動しましょう」
「まっ、楽な相手ばかりなら楽勝よねー」
「そんなこと言って、強敵が現れたら大変にゃあ」
ここはもう第五層天井都市エリアである。
強力な魔物も多く、危険に違いはない。
それでもこのメンバーなら決して負けない筈だ。
「それにしても珍しい魔物が多いですね」
ファントムナイトは本来第五層海上エリアに出没する魔物だ。
海上で足を取られている内に、あの幻惑の剣でザクリとやってくる憎い魔物だが、自由に動けるならそれほど苦労はしない。
むしろあのさまよう服とかデモンズウォールとか、どうしてここまで地上と天井で出現モンスターが異なるのか。
ダンジョンはやっぱり不思議だなー。




