第135ターン目 治癒術士は 新しい魔物に 戸惑う
大量の服が天井から吊り下げられている大部屋に異変が起きる。
衣服は小刻みに震えたと思うと、何枚かがボクらの頭上を飛んだ。
ボクは錫杖を構えながら、この魔物を吟味する。
「【ポルターガイスト】、でしょうか?」
「どっちかつーと、リビング系に見えるわね」
ともかく、臨戦態勢を整えたボク達は、飛び回る衣服達を注視した。
くるのか、こないのか――きた!
「うー!」
赤い服がカスミさんに襲いかかる。
カスミさんは、拳を突き出すが、まるで暖簾に腕押しと言うように赤い服はすり抜け、そのまま首に纏わりつく。
「ちぃカスミ!」
ハンペイさんは小太刀で赤い服を切り裂く。
切り裂かれた赤い服は動かなくなった。
「奇妙な魔物ですね、勇者さん心当たりは?」
「ない! 初見の魔物だよー!」
「某の国に反物に憑依する魔物がおります、【一反木綿】と言うのですが」
「一反木綿……ならこいつは言うなれば【さまよう服】ね!」
便宜的にこの魔物はさまよう服と名義する。
まだ頭上には何枚もさまよう服は飛んでいる。
不気味、そして動きは素早い。
だけど、魔女さんはある程度吟味した後、魔法を詠唱しだす。
「ちょっと、炎系は止めなさいよにゃあ!」
「お姉さんに任せなさい! 切り刻め、真空なる刃よ、《旋風》!」
杖を掲げると、超自然の風が吹き荒ぶ。
風の刃は乱舞し、さまよう服をズタズタに引き裂いた。
「奇っ怪だけどこんなもんね」
「魔物の気配はこれだけでしょうか?」
魔女さんの魔法で敵は全滅したようだ。
幸いあまり魔法防御力の高い魔物じゃなかったみたい。
でも魔法使い以外は苦戦する魔物だったかも。
「にゃあ、見たことのない建物にゃら、魔物も見たことのないなんて、変なエリアにゃあね」
「うん、地上と出現する魔物の分布が違うのかも」
地上では【ストーンゴーレム】や【オーク】等、地上を闊歩する魔物が中心だ。
【タイラントワーム】は地中に潜むけれど、どちらにしろ飛ぶような魔物は少ない。
「知らない魔物ほど怖いものはにゃいわ」
「そうだね、どんな特性をもつかも分からないんだもん」
ボクは火山エリアで遭遇した【アチチモンキー】を思い出した。
一匹一匹は強くないけれど、集団で襲ってきて、ピカピカ光り物が大好きであった。
魔物には独特の習性を持つ者も多い。
騙すことに特化した【ミミック】等は最たる例だろう。
「進みましょう、警戒しながら」
「オーキードーキー」
勇者さんは頷く、彼を先頭にボク達はより奥へと進んでいく。
服屋の奥へと進むと、今度は通路があった。
二人が並んで入れるギリギリの道、魔物の姿は……ない。
「後ろはどうですか?」
「こちら異常なし」
「まっ、異常があればキョンシーが気づくにゃあ」
「うー」
ハンペイさんは常に警戒しながら、短く言葉を返す。
クロはボクの側を歩きながら、のほほんとカスミさんに警戒を委ねた。
確かにカスミさんの警戒を抜けてくる魔物は今の所出会っていない。
それくらい信頼は出来るだろう。
「キョンシーの場合は明らかに物理的な物は見ていないものね」
「やはり魂なのでしょうか?」
「魂、むしろ殺意とか敵意なのかも」
殺意を感じる能力?
カスミさんの表情はおでこに貼られた呪符に隠れてよく見えない。
元々【死を超越した者】だから、殆ど表情を変えないけれど。
目に頼っていないのは確か、その証拠に彼女の瞳孔は一切動かない。
「鎧の悪魔ー、そっちはどうなの?」
「うーん、なんかいる」
「なにかとは?」
勇者さんは通路の先で立ち止まっていた。
ボクはその背中から、先を覗く。
通路の先は更に広大な大部屋だった。
まるでダンスホール? ううん、これはそんなレベルじゃない。
「まるで百貨店ね」
「百貨店、とはなんでしょうか?」
「色んな品を一纏めにした販売店よ」
「大きな都市なら、今でもあるんじゃないー?」
魔女さんが想像を口にすると、勇者さんが指摘。
どうなんでしょうね、ボクは実は都会には行ったことがない。
寂れた山奥の農村で暮らしていたから、ダンジョン街でさえ驚いたものだ。
なにせ人がいっぱいだし、色んなお店があるんだもの。
村には食堂が一つ、宿屋も一つだったし。
「なんだか混沌としていますね」
周りを見渡すと、ボクはゴクリと喉を鳴らす。
上下逆さまの建物には天井に物が散乱していた。
「これ、なんでしょう? 魔石、じゃ、ない」
ボクは屈み込むと、足元にある白い棒を調べる。
軽く触ると、ガラス製だろうか、中に黒い芯が入っているようだ。
魔女さんはボクの側に駆け寄ると、「ふーむ」と分析する。
「これ多分電灯だわ」
「でんとう?」
「物は試し、《電撃》」
極めて微弱な電流が、白い筒に流れると、一瞬光り輝く。
ボクは驚いた、一瞬で光は消えたけれど、太陽のように明るかったぞ。
「まるで魔石灯ですね」
「原理は違うのだけれどね、これは微小の電力を流すことで、フィラメントを発光させているのよ」
勿論情報源は【ウ=ス異本】よ、と彼女は付け加える。
ボクは立ち上がると、未知のテクノロジーにある種畏怖を感じた。
異世界とは、摩訶不思議なのですね。
「ねぇーねぇー、なんかいるー」
「なんかってなににゃあ?」
勇者さんはフロアを徘徊した後、大声で叫んだ。
ボクはすぐに集合すると、勇者さんの指差した先を見た。
真っ白い床の上に小さな生き物が倒れている。
見た目は全身エメラルド色の毛に覆われ、大きな耳と長い尻尾がある。
ともすればボクの知識ではリスのようにも、ウサギのようにも見えるが、どれも特徴が一致しない。
あの謎の生き物、最初にそれを言い当ててたのは魔女さんだった。
「うそっ、あれって【カーバンクル】!」
「カーバンクル、て、幻の動物ですよね?」
ボクは孤児院にあった書物にカーバンクルの伝承があったのを思いだす。
その意味は【小さな炭】、額にガーネットあるいはルビー、ともかく赤く美しい宝石が生えているという。
輝きは夜を真昼のように照らすとされ、悪魔でさえも光で滅ぼすなんて謂われる。
一方で凄く警戒心が強くて、人間には心を開かないとか。
トップクラスの幻獣であり、ジャングルの奥地にいるらしいけれど……。
「魔物図鑑には見たこともないですね」
「むぅぅ、【かまいたち】に似ているか?」
ハンペイさんはなにか想像し、苦々しく唸っていた。
かまいたち、イタチの魔物でしょうか?
「なによ、かまいたちって、そんなに危険な魔物なの?」
「いや、危険ではないが、厄介な妖怪だ」
「そんなに?」
「うむ、三匹一組で活動し、それぞれ鎌、ハサミ、軟膏を持っている」
「軟膏? どうしてお薬を?」
「かまいたちは風の化身だ、一匹がハサミで服を切り、一匹が鎌で肌を裂き、そして最後の一匹が傷口に軟膏を塗って塞ぐ、それをほんの一瞬で熟すのだ」
「意味分かんないにゃあ、変な魔物もいるにゃあねぇ」
「うむ、しかし討伐しようと思うならば、風を掴めねばならない」
過去に討伐しようとしたのかな?
その苦渋の顔を見れば、なんとなくどうなったか察せられるけれど。
「で、カーバンクルはどうするー、なんか動かないけどー」
首を傾げる勇者さん、そうだ、カーバンクルです。
ボクは思い出すと、よく目を凝らしてカーバンクルを観察した。
「あのカーバンクル傷ついている!」
ボクはカーバンクルが怪我をしていると気付くと、迷わず駆けた。
後ろから魔女さんの叫びが聞こえたけれど、ボクはそれより先にカーバンクルの前で屈み込む。
「ちょっと、罠かも知れないでしょう!」
「でも、放ってなんておけませんよ!」
カーバンクルはクロより一周り小さく、まるでリスみたいだ。
全身エメラルド色の毛は所々赤く染みている。
なにか襲われたんだ、ボクは居ても立っても居られず、魔法を唱えた。
「いと慈悲深き豊穣神よ、哀れな子羊に癒やしの力を与え給え《治癒》」
豊穣神様の優しい御手がカーバンクルに触れると、カーバンクルの怪我は徐々に治癒していく。
ボクはそっとカーバンクルに触れると、小さく呼吸をしていた。
良かった、死んではいない。
ふと治療が終わった後に今更だけど生死確認してなかったなと、思い出す。
治癒術士の性には逆らえませんでした。
「たくもぅ、カーバンクルがどんな生き物かも知らないでしょう?」
「同感にゃあ、ユニコーンとかだったら、間違いなく主人は顔面を蹴られていたにゃあ」
「あ、あはは……ごめんなさい」
ぞろぞろと皆集まってくると、カーバンクルを取り囲んだ。
その愛らしい姿、ボクは微笑む。
やがて、ピクピクと身体を震わすと、カーバンクルは瞼を上げてつぶらな瞳を覗かせる。
「キュイ? キュイ!?」
カーバンクルは起き上がると、ボクらに驚き警戒心を露わにした。
その姿は野生の動物でよく見るものだ、ボクらに強い敵愾心。
無理もない、相互理解は簡単じゃないんだ、特に動物って。
「ごめんなさいカーバンクル、驚かせて」
「キュイィィ……!」
「こいつ生意気にゃあねぇ、ちょっと現実を思い知らせて――」
獰猛な笑みで爪を舐めるクロは、肉食獣の動きでカーバンクルに迫る。
が……カーバンクルはそんな肉食獣に思いっきり蹴り飛ばした。
「ふにゃあ!?」
「キュイー! キュキュ!」
「もう怒ったにゃあ! このクソチビがーっ!!」
クロはカーバンクルに飛びかかると、二匹は取っ組み合いの大喧嘩へと発展した。
クロがカーバンクルの頭を両手で抑えると、カーバンクルはクロの尻尾に噛みつく。
「ちょっと、なにやってるのクロ!」
「まったく小動物にマジギレして、情けないわねー」
ボクはクロを後ろから抱き寄せると、ボクの腕の中で悔しそうに暴れた。
「ムカつくにゃあ! アイツ絶対アタシをただの黒猫って下に見てるにゃーっ!」
「被害妄想は格好悪いよクロ?」
「主人、あんな奴討伐するべきにゃあ! 人生舐めた奴は容赦しちゃいけないにゃー!」
「これまた使い魔殿、えらく荒れているでござるな」
「うー、うー」
誰にも理解して貰えないクロは更に暴れる。
プライドはすっごく高いもんなクロって。
特に自分より小さい生き物に噛みつかれて悔しいのだろう。
そんなカーバンクルは激しく威嚇していた。
魔女さんは後ろからカーバンクルを捕まえると、自身の胸に押し付けた。
「ふふっ、カーバンクルが可愛いから嫉妬したんでしょ? ねぇカーバンクル?」
「キュイィィ!」
「て、あ痛! こら指噛んじゃ、アイタタタ!?」
思いっきりカーバンクルに指を噛まれて、魔女さんは涙目になる。
それでもカーバンクルを離さない、ある意味凄い執念だ。
どうせ額の宝石が目当てだろうけれど。
「うー!」
「おっと、遊んでないで構えてカム君、なにかが来るよ!」
お馴染みカスミさんの警戒する唸り声。
ズゾゾゾゾゾ、突然床が競り上がる。
あっという間にボクらの周囲は壁に囲まれた。




