第134ターン目 治癒術士は 異世界文明を知る
多少ハプニングはあったが、シュミッドさんの工房で一泊して充分英気を養えた。
万全の状態で準備を整えると、いよいよボク達は冒険を再開するときがきた。
それをシュミッドさんに伝えに向かうと彼は。
「そうか、もう行くのか」
「はい、本当に、本当にお世話になりました」
「なに、この寂しいジジイに久々に活気を与えてくれたんだ、こっちこそ感謝だ」
ボクは笑顔で手を差し出すと、シュミッドさんも大きな手で、がっしり握手する。
ボクは錫杖を持ち直して、その場を離れようとすると。
「申し訳ねぇが竜人の嬢ちゃんはここに残ってくれねぇか?」
「え? 小官でありますか?」
シュミッドさんはフラミーさんに指差すと、フラミーさんは駆け寄ってくる。
彼は鍛冶場を指差し、理由を説明する。
「ドラグスレイブの打ち直しには時間がかかる、そのまま下層に向かうにゃワシには難しい」
「そうでありますか、確かにドラグスレイブは必要でありますね」
「最終的に嬢ちゃんの手で調整もいる、だから残ってくれないか?」
「その任務了解したであります! あのマール様、お許し願えますか?」
フラミーさんはしっとりした瞳で振り返った。
ボクはうんと、頷く。
「ちょっと寂しいですけれど、ちゃんと剣を持って戻ってきてくださいね?」
「ううう、うわーん! マール様絶対追いつくでありますから、どうかご健勝でお願いするでありますー!」
フラミーさんは感涙するように泣いて、ボクに抱きついてきた。
ボクは優しくフラミーさんを抱きしめる。
ちょっぴり泣き虫でおっちょこちょいのフラミーさんとの旅はとても楽しかった。
一時離脱になるけれど、彼女は必ず強くなって帰ってくるだろう。
「シュミッド、貴方に預けた素材、よろしくね?」
「おう、青肌の、任せとけや!」
魔女さんは何かをこれまで収集していたアイテムをシュミッドさんに預けたらしい。
まぁ無駄に魔女さんは収集家だから、丁度いいのかも。
「それじゃあ、行きましょう」
ボクはフラミーさんを離すと、仲間たちの顔を見た。
皆頷くと、工房を出ていく。
目指すは第六層【天井都市エリア】。
ボクらはシュミッドさんに事前に教えて貰ったルートを通り、ダンジョンを下る。
「マール様! どうかお元気でー!」
フラミーさんは見えなくなるまで、声援を送ってくれた。
ボクは手を振り、道を進む。
やがて見えなくなると前を向く。
「ちょっと寂しくなるにゃあね」
「クロ……うん、でもフラミーさんは帰ってくるよ」
「そしたらまーた喧しくなるにゃあね」
クロはケタケタ笑う。
まだ知り合ってそんなに長くないけれど、あの実直な性格はクロにも気に入られたのだろう。
やがてしばらく歩くと分岐路が見えた。
片方は地底湖への道、シュミッドさんの説明では反対側となる。
「行きましょう皆さん」
「レッツゴーゴーゴー!」
先頭は勇者さん、最後方はハンペイさん。
中段にボク、クロ、魔女さん、カスミさんは塊その周囲を警戒する。
下り坂は徐々に勾配が大きくなり、やがて何かが見えた。
ほぼ崖みたいな斜面の前に立つと、異様な部屋が見える。
いや部屋なのか? 勇者さんは「よっ」と飛び降りると、白い床に着地した。
とりあえず降りても大丈夫なようで、後ろからカスミさんがボクを抱えると、そのまま飛び降りる。
「おっとっと、ここが天井都市?」
「建物が逆さまね?」
後ろから、魔女さんはトンガリ帽子を押さえながら飛び降りてきた。
ボクは改めて上を見上げると、丸い木製の卓や、棚、椅子などが天井に張り付いている。
ボク達が立っているのは天井だ。
部屋は四角く、壁は真っ白い。
触れてみると、木製ではなく、かといってペイントでもない。
未知の素材が貼り付けられている?
「あっ、あれシュミ君の工房で見た冷たくするカラクリじゃないー?」
早速勇者さんは子供みたいに走り出す。
ボクは全員降りてくるのを待つと、勇者さんに駆け寄った。
勇者さんは四角い扉付きの箱を手に取ると、様々な角度から観察していた。
「たしか冷蔵庫でしたっけ?」
「中身はー、おっなんぞこれ?」
勇者さんは中身を取り出すと、円柱の缶を取り出した。
だけど表面に描かれた異様に綺麗な絵は、シュミッドさんの工房で見たものとは違った。
「なんでしょう、本物みたいに綺麗な絵が書かれていますね?」
「飲んでみるマル君?」
「じゃあ折角なので」
ボクはプルタブを外すと口をつけてみた。
すると口内に入ってきたのは、様々な味であった。
一言では形容し難い、ただ分かったのは。
「うぷ、これ野菜汁だ……」
「あぁつまりこの絵の野菜をジュースにしているのか?」
つまり野菜ジュース、全然美味しくなくて、ボクは泣く泣く飲んでいく。
残したら豊穣神様の教えに反する、けれどこれは拷問だよぉ。
「この本、【ウ=ス異本】だわ!」
ボクは涙目で野菜ジュースを飲んでいると、本棚から魔女さんが一冊の本を取っていた。
本は奇妙な包装がされており、表面は紙ではなく、光沢のあるこれまた謎の紙だ。
「魔女殿、それは何が書かれているので?」
「うーん、読めない、私が持っている【ウ=ス異本】と違って異世界語で書かれているのかしら?」
「異世界語ですか?」
ボクは魔女さんの持っている本を覗き込むと、なにやら色鮮やかな料理の絵が書かれていた。
ていうかフルカラー、信じられない本だな。
「見たところ、ハンバーグの絵でしょうか?」
「でしょうね、読めなきゃ意味ないけれど」
魔女さんはパタンと本を畳むと、本棚に戻した。
興味が無くとも、書物は戻すのは、律儀というか。
「にゃああ、高いにゃあ」
一方クロは窓から外を眺めている。
ボクも駆け寄ると、思わず顔が青くなるほど、ここは高い場所に驚く。
「紛れもなく天井都市だ、中はこんな風だとはねぇ」
「とりあえず進みましょう」
「そだねー行こう行こうー!」
立ち止まっていても仕方がない。
勇者さんは逆さまの扉を開くと、その先に向かう。
細い通路、家としては大きくないようだ。
通路にはキッチンとお風呂場が併設している。
けれど使い方は全く分からない、それくらいボクの知っている文化と異なるのだ。
「建物もそうですが、どうしてこれほど異なる文明の産物がダンジョンにあるんでしょうか?」
「本当に不思議よねー、察するに異世界の建物なんでしょうけど」
「もう一個扉あるねー」
通路の奥は作りが若干違うようだ。
足元に靴が散乱しており、玄関のようだ。
勇者さんは扉を開くと、外に出たようだ。
足元はあるか確認すると、灰色の足場がある。
勇者さんは迷わず飛び降りると、着地。
勇者さんで大丈夫なら、とりあえず崩落の危機はなさそうだ。
シュミッドさん、よくこんな場所探索したなー。
ボクは意を決して飛び降りる、反動でちょっと態勢を崩すが、足場は頑丈で良かった。
周囲を見渡すと、同じような部屋が横一列に並んでいる。
「やっぱりアパートですね、造りは全然違いますけれど」
差し詰め狭小住宅か。
左手には階段が見えた、ただしやっぱり天地逆さまだけど。
「なんだか不思議ですね」
「うん、とりあえずどうしようか?」
「いくつかの棟を渡っていく必要があるわね」
後ろから魔女さんは飛び降りてくると、次の建物を指差した。
この天井都市は天井から生えている以外に、やたらと建物が密集しているのが特徴だ。
魔女さんは頻りに周囲を調べて、気になるものがあれば迷いなく触っていく。
赤い箱みたいな物を開けると、魔女さんはそこに入っている薄っぺらい包みを取り出した。
「やっぱり異世界文字ね、何個かサンプルを持ち帰れば解読出来るかも」
「解読すれば、異世界のことが分かるかもしれませんね」
それはどんな生活をしているのか、どんな文明なのか。
どんな神を信仰しているのか、色んな不思議が分かるだろう。
大半は意味が無いかもしれない、でもいつか役に立つかも。
魔女さんはサンプルをいくつか魔法の鞄に仕舞う。
勇者さんは早速、隣の建物に飛んだ……が!
勇者さんが着地した瞬間、ビリッという音と同時に足元が破れる。
あわや落下、勇者さんは咄嗟に欄干を掴んでなんとか落下を免れる。
ボクは大きく息を吐いて、無事を安堵した。
「そこ、薄い布みたいですね」
青と白の縞模様、布にしては光沢があるな。
欄干を使えばなんとかなるか、ボクは慎重にジャンプ。
欄干に足を掛けると、ホッと一息吐く。
「ふぅ、大丈夫そうです!」
勇者さんは既に中に進んでいる、ボクもよじ登って中に入った。
中はこれまた奇妙である。
「ここなに? 鏡が一杯あって、服が吊り下がっている?」
服屋だろうか、だけどあんな大きな姿見が一杯あるなんて信じられない。
全面が透明なガラスで覆った壁といい、間違いなく高度な文明の力だ。
「うー!」
「え? カスミさん?」
「マル君気をつけて、なにかいる!」
突然立てかけられた服がはためく。
ボクは錫杖を構えた。




