第13ターン目 第六層 天井に 都市が そびえる
「ごめんなさい。みっともないところ見せちゃって」
体感時間で三十分くらいだろうか。
当初はギャン泣きしていた魔女さんも、いい加減現状を受け入れ落ち着いた。
「まぁ無理もありませんよ、ボクだって泣きたいくらいでしたもん」
「えっ? マル君って結構な頻度で泣いているよね?」
ボクは拳をプルプル震わせる。
どうしてこの魔物は、イチイチ余計な一言を止められないんだろう。
元はと言えば貴方が悪いんですからね、とはどうしても言えなかった。
助けて貰ったのも事実だし、食事のおかげで体力も大分回復できた。
悪意は無い……ただ無邪気って残酷ですよね。
「ちょっとマール、その馬鹿に私の言葉を伝えて」
「構いませんが、一体なにを?」
「この悪魔、ちょっと信用してやろうと思った私が馬鹿だったわ、ああもう本当にムカツク! 豆腐の角に頭をぶつけて死ね!」
「うわー、すっごい捲し立ててるー。意味分かんないけど」
「……えと、その、勇者さんはもうちょっと配慮というか、良識を学んでください。女の子泣かせちゃ駄目ですから」
……正直に言う勇気はボクにはないなー。
ていうか女性がそんな汚い言葉使っちゃ駄目だと思います。
根は勝気だもんなぁ、魔女さんって。
「はぁ……【ウ=ス異本】第三章、女捜査官洗脳快樂編にある展開をまさか私が直に受けるだなんて」
「落ち着いたなら、もう行きましょう皆さん」
「うん、そだねー、行こう行こう!」
ボクはまだ目覚めないクロを優しく抱きかかえる。
現在地は階段前、ボクは念の為階段上部を確認するが、魔物一匹姿はなかった。
まぁあれだけ派手な大爆発を起こせば、こうもなるか。
むしろダンジョン構造に悪影響が出てないといいけれど。
「えと、陣形ですが、勇者さん前方、魔女さんは後方でお願いします」
「おっけー」
「マールに従うわ」
こんな最上級魔物を従わせられるなんて優越感……なんてのはちっとも沸かないな。
むしろ、こっちが気にしないとどんな大惨事を起こすか分からない二人だ。
はっきり言おう、二人共大きな子供だ、それも相当手の掛かる。
大人が足りない、沢山の孤児のお世話をしていた院長先生には本当に尊敬しますよ。
「それじゃ進みましょう」
ボクの号令に二人は「おー」と掛け声を重ね、ボクたちのダンジョン脱出行は再開となった。
螺旋階段はところどころ焦げてはいるが、崩れそうにはない。
これはダンジョンの自浄機能の一環だろう。
近年研究で、ダンジョンは高濃度の魔素に満たされ、その内部では様々な現象が確認されている。
代表例はやっぱり魔物の誕生だろう。
魔物はどこからやってくるのか、長年学者を悩ませた問題は、ダンジョン自体がモンスターを産んでいるという結果を得た。
魔物だけでなく、高濃度の魔素下で変質した魔草や魔石等も、ダンジョンの特徴だ。
そしてこの自浄機能、なんとダンジョンは自身にダメージが入った場合自己修復を行うのだ。
「あっ、ここ崩れてるよー?」
「飛び越えれそうですか?」
「俺なら余裕だけど……」
「うーん、ちょっと困りましたね」
勇者さんの前、階段が崩落しているらしい。
どうしたものか、荷物も皆無くしちゃったし。
ロープでもあればいいんだけれど。
「マール、ここはお姉さんに任せなさい」
「魔女さんがですか?」
「道が無いなら作りゃ良いのよ、こんな風に《岩石砕》!」
魔女さんの黒魔法、杖から迸る魔力は現実を歪め、浮遊する岩石を顕現させる。
そのまま魔女さんは崩落した階段を補修するように岩石を固める。
「うーん、強度おっけー!」
早速岩石の階段に乗り出すと、勇者さんは安全性をチェック。
そのままゴーゴーと合図を出した。
「流石魔女さんですね」
「ふふーん。当然よ、何せ【時の大魔女】とさえ謳われた私よ? もっと褒めたっていいんだから」
褒められると嬉しかったのか、フフンと鼻を鳴らして、魔女さんは豊満な胸を持ち上げた。
そのまま螺旋階段を上っていくと、やがて四角い出口が見えてきた。
やっと一階層上がった。
ボクはどこかホッとした気持ちで出口を潜る。
直ぐに見えてきたのは、奇妙な遺跡群だった。
「なにこれ……天井から生えているアレは一体?」
「ここはもしかして第六層? 三階層もボクは落ちてきたのか……」
直接この階層まで降りてきたことはない。
だけど冒険者ギルドの資料でここは見たことがある。
通称【天井都市エリア】。その名の通り魔女さんが驚いていたのは、天井から逆さまに生えた都市……と思われている。
はっきりしないのは、地上の建物とは似ても似つかないからだ。
天井の高さは優に百メルドはあり、四角い直方体が無数に生える様は、太古のオベリスクか、あるいはモノリスに似ているかもしれない。
地上はというと、四角い岩石がいくつも積み重なったこっちも異様な光景である。
先程までいた第七層と比べると通路は広い反面、視界は悪い。
アトランダムに配置されたような巨石群は僅か数メルドでさえ、満足に確認出来ない。
故にこの第六層は不意の魔物との遭遇が頻発する。
受付嬢さんに教えてもらった情報だから、ちゃんと気をつけないと。
「気を付けてください、不意打ち多発地帯で有名ですから」
「ねぇ、ここで気をつけた方がいい魔物ってなに?」
魔女さんも【ゾーンイーター】の一件に流石に懲りたのか、事前に話を聞く姿勢を見せる。
うんうん、ボクも嬉しくなっちゃって頷いた。
「えと、ですね第六層で一番危険なのは」
その直後――ゴゴゴゴゴと地鳴りが起きる。
ダンジョン内で地震? いやこれは。
「【ストーンゴーレム】ですっ!」
「うひゃあ! デカッ!」
突然目の前の巨岩が持ち上がる。
それは巨岩などではなく、魔物であった。
巨岩に擬態して待ち伏せするストーンゴーレム、この第六層で最も危険な魔物だ!




