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第132ターン目 治癒術士よ 心の力で 救え

 「マール様を返せでありますー!」


 マールが捕食された後、フラミーは激情を飛ばし、オリハルガンに向かって飛翔する。

 彼女は竜の力の乗った拳でオリハルガンの顔を殴るが、逆に殴ったフラミーの拳が傷ついた。

 恐るべきオリハルガンの頑強な鱗、オリハルガンには物理も魔法も一切(いっさい)通用しない。


 「ぐう! こんな痛みがなんだであります! あのお方はなにもかも救ってくれるお方なのでありますからー!」

 「ちょっと落ち着けってー!」

 「たく、ちょっと動き止めてやるか、魔導神よ、万有を操り、空を落とせ《超重力(グラビティプレス)》!」


 魔女は飛び降りながら、魔法を唱える。

 オリハルガンは超重力に晒され、重たい身体を地面に縫い付ける。

 だが、咆哮と同時に超重力を打ち消した。


 「アンギャアアアアアア!」

 「ぐあ! 魔法を打ち消したっていうの?」

 「オリハルガンには殆どの攻撃は通用しないよー!」


 勇者は落ちてきた魔女を受け止めると、魔女は舌打ちする。


 「攻防完璧(パーペキ)か、嫌になるわね」

 「ともあれ治癒術士殿を救出する必要があるであろう」


 ストンと、軽やかに着地するハンペイは冷徹な目でオリハルガンを睨みつけた。

 後ろには、カスミとクロも着地する。

 魔女は高い断崖の上を見た。


 「全員降りてきているじゃない」

 「それだけ主人が大事な馬鹿が多いということにゃあ」

 「まっ、そりゃそうか」


 治癒術士の欠いた状態でのフルパーティは、この異常では済まされない超絶強力個体のオリハルガンに武器を構えた。

 倒すことは叶わないだろう。

 傷一つ付けることさえ、恐らく不可能。

 それほどオリハルガンは神にも等しい怪物なのだ。


 「改めて大きいにゃあ、ドワーフ族の神様、にゃあねぇ」

 「ドワーフ族の父祖オレイカルコス、か……私達不敬ね」

 「鍛冶師殿には申し訳ござらんが、仲間を犠牲にするくらいなら、某も鬼となろう!」


 ハンペイは凄まじい形相でオリハルガンを睨み、小太刀を構える。

 クロが無事の内は一先ずマールは無事ということ。

 問題はだ、オリハルガンの中にいて、どれくらいマールは保つのか。

 もしも胃にでも落ちていたら、胃酸で溶かされるだろう。

 その前に救出する必要がある、が。


 「問題はどうやって口に飛び込むかよねー?」


 杖で肩を叩きながら、魔女は目を細める。

 オリハルガンは動きを止め、じっと一行は見つめていた。


 「大人しくなってないー?」

 「そのようにゃあ、口を開けてくれそうにないにゃ」

 「うううううう! それではどうするでありますー!」


 フラミーは飛び戻ると、一行の前に着地した。

 彼女とて、自分の力がまるで通じない怪物に攻めあぐねている。

 口さえ開けてくれれば、迷わず飛び込むと言うのにだ。


 「ねぇクロちゃん、中のマールはわかる?」

 「生きているってのはわかるにゃ、けれどそれ以上は流石にわからないにゃあね」

 「マールの解呪が成功したって可能性はあるのかしら?」

 「ギャオオオン!」


 唐突にオリハルガンは前足でたたらを踏んだ。

 それだけで大振動、縦揺れに魔女は膝を付くと恨めしげに悪態を()く。


 「こんのぉ、おちょくってんのかコイツは」

 「固まっていると危険でござる、散開するべきでしょう」

 「だね、皆散開(さんかーい)!」


 鎧の悪魔は号令を出すと、一行はバラバラと動き出す。

 それを目で追うオリハルガンは、首をキョロキョロと動かした。


 「うー」

 「ガオン!」


 顔付近、あえて接近するカスミに、オリハルガンは鼻息を浴びせる。

 凄まじい風圧でカスミは吹き飛ぶも、手を着き着地する。


 「焦るでないカスミよ!」

 「正面は大咆哮(バーストハウリング)のリスクもあるわ! 無茶は厳禁!」


 ハンペイと魔女の叱責にカスミは低く唸る。

 歯がゆいのはカスミとしても同様なのだ。

 むしろ一番怒っているとさえ言えるのだから。


 「っ、マール様、どうかご無事で」


 オリハルガンの上を飛翔するフラミーは、千載一遇のチャンスをじっと待った。

 だが中々オリハルガンは口を大きく開けない。

 何故だろうか、一体なにが起きているのか。




          §




 オリハルガンの腹の中、深淵よりも深い闇の中で、ボクは汗を流し、息を荒くする。

 目の前の全身が白い女性オレイカルコスを解呪する為に、何度も魔法を使った結果ボクの精神力(マインド)は大きく削がれていた。


 「くっ、はぁ、はぁ! 駄目だ……やっぱりボクの力じゃ」


 ボクは膝から崩れ落ちると、頭を下げた。

 オレイカルコス様はボクを赤い目で見つめる。


 「悔しい、ボクにもっと力があれば」

 「うぐう、ひと、かみに、なれない」

 「ならボクはなんです? 貴方をお救いも出来ないなんて、治癒術士失格じゃないですか」

 「ひと、かみと、ちがう、けれど、ひと、かみと、おなじ、おもい、ある」

 「同じ想い?」

 「まほう、おもいの、ちから、こころの、ちから」


 魔法は心の力?

 ボクの心はどうだろう、ボクの想いはどうだろう。

 ボクは胸を掴むと、縋るように三聖句を唱える。


 「守り、癒やし、救え」

 「うー?」

 「気休めですよ、でも大切な教えなんです、ボクが大切にする」

 「マール、りっぱ、たりないの、こころの、ちから」

 「ボクには心の力が足りない」


 でも……心の力ってなんですか?

 白魔法にも黒魔法にも、心の力なんて言葉は聞いたことがない。

 そもそも魔法は奇跡の代行である。

 神様が自身の権能を子()に貸しているのに過ぎないのだ。

 神様を感じられなければ魔法は使えなくなる。

 彼女はボクの力を使えと言うが、やっぱりボクは豊穣神に甘え縋っているだけなんだろうか。


 「うぐぅ、あううううう!」


 オレイカルコス様が大きく唸り声を上げる。

 苦しいのか、身を捩り、表情は苦悶だ。

 ボクは顔を青くして、ただ涙した。

 なんで、なんでなんでなんで、こんなに無力なんだ。

 ボクはもう居ても立っても居られず、残り少ない精神力(マインド)で魔法を唱えた。


 「いと慈悲深き豊穣神様、哀れな仔羊を癒やし給え《治癒(キュア)》」


 オレイカルコス様を淡い光が包み込む。

 ちっぽけな治癒の魔法だが、オレイカルコス様は(うつむ)きながら呟いた。


 「ありが、とう、まーる、あなたの、やさしさ、とても だいじ」

 「ボクにはこの程度しか施せません……結局呪いさえ解けず」

 「のろい、きょうりょく、でも、かならず、とける」

 「どうやってですか! ボクにはやっぱり力なんてない! 心の力さえ分からず……ボクは……っ!」

 「うぐぅ、あうううう!」


 オレイカルコス様はボクの法衣に噛み付くと、引っ張る。

 弱ったボクの頬をオレイカルコス様はペロペロと舐めてきた。

 慰めてくれているのだろうか、ボクは益々情けなくなる。

 どうしてオレイカルコス様は、ボクにこんなに励ましてくれるのだろう。


 「諦めたい……けど、諦めたらボクはなんなんだ?」

 「こころの、ちから、がんばった、とき、いっぱい、でる」

 「頑張った時?」

 「まーる、まだ、みせてない」


 ボクはまだ甘えているのか?

 こんなに努力しても、懸命に務めても、それでも足りないのか。

 オレイカルコス様は段々と弱っている、禍々しい鎖は触れると、電撃を浴びたような痛みがあり、徐々に体力を奪われているのだろう。

 ボクはもうヤバレカバレ、オレイカルコス様を縛る鎖に掴みかかると、力まかせに引く。


 「くそ! クソがっ! こんな鎖なんかに! ぐううううっ!」


 痛い、体中に激痛が走る。

 それでもボクはこんな陰湿な呪いなんかに絶対に負けたくなかった。

 このままではボクまで死んでしまうだろう。

 もう生命力(ライフポイント)精神力(マインド)もギリギリだ。

 ならば逃げて死ぬくらいなら、ボクは前のめり死んでやる!


 「オレイカルコス様を離せぇぇぇぇぇぇぇ!!!」


 ボクは腹の底から叫んだ。

 その瞬間、えいえんの葉が強く輝き出す。

 まるでボクの心の力に反応しているかのように、ボクは全力で鎖を引き千切る。

 そして心の底から叫んだ。


 「ボクの願い、癒やし給え! 守り給え! 救い給え! 《解呪(ディスペル)》!!」


 えいえんの葉は強烈な光を放った。

 それは闇を掻き消し、広大で無限に思えた空間は一瞬で、新緑に覆われた草原に変わった。

 オレイカルコス様はぐったりと、ボクの胸に倒れかかる。

 ボクはオレイカルコス様を受け止めると、膝から崩れ落ちた。


 「はぁ、はぁ……できた? これが、心の力」

 「まーる、ありがとう、のろい、とけた」

 「オレイカルコス様、ご無事ですか?」

 「だいじょうぶ、まーる、お礼、したい」

 「お、お礼ですか?」


 オレイカルコス様は自分の胸に手を差し込む。

 ボクは一瞬ギョッとしたが、彼女の身体からは血一滴零れ落ちはしない。

 そのまま彼女は胸の中から七色に輝く一枚の鱗を差し出した。


 「これは、オリハルガンの鱗?」

 「うけとって、まーる」


 ボクは遠慮するのも悪いと思い、素直に受け取った。

 改めて鱗を見ると、それは幻想的でとても美しく思えた。


 「それにしてもここは一体? オリハルガンの腹の中じゃあ?」

 「ここは、せいしんの、へや、しんしょう、ふうけい」

 「精神の部屋? オレイカルコス様の心象風景ですか?」


 そこはとても穏やかな草原だった。

 悠久の風がどこまでも吹き、草原を撫でる。

 空はどこまでも蒼穹で、とても穏やかであった。

 あぁそうか、オレイカルコス様はこんなに穏やかで温かいんだ。

 ドワーフ族が、シュミッドさんが敬う気持ちがよく分かる。


 「ペロ、ペロペロ」

 「わ、わわっ! オレイカルコス様くすぐったい!」


 オレイカルコス様はボクに抱きつくと、頬を犬みたいに舐めてくる。


 「まーるの、なみだ、とても、ちから、ある」

 「ボクの涙に力ですか?」


 体液に癒やしの力が宿ると言うのは、お伽噺でよく出てくる。

 聖女の血で蘇る勇者の伝説や、属に言う竜の血で半死半生から蘇ったなど。

 でも現実治癒術士だからと言って、体液に癒やしの力が宿るのは類例がない。

 それはもう神様のような例外だからだろう。


 「ボクの涙なんか、普通ですよ?」

 「ううん、ほうじょう、のあじ、あんしん」


 豊穣の味、もしかしてボクの魔力?

 豊穣神様と色が同じだからなのかなぁ?


 「あっ、ボクそろそろ戻らないと」


 ボクは立ち上がる。

 かなり辛いが、それでもボクを待つ仲間たちがいるんだ。

 オレイカルコス様はずっとボクに抱きついているが、申し訳ないと謝りながら、引き剥がす。


 「オレイカルコス様、ボクは仲間の下に帰らないといけません」

 「なかま、たいせつ?」

 「はい、もちろんです!」


 オレイカルコス様はニコリと微笑んだ。

 そして彼女はゆっくり腕を上げて、ボクの後ろを指差した。


 「あなたの、ゆうきと、やさしさ、ちのそこ、てらす」

 「出来るか出来ないかじゃないですよね。はい、ボクはこの心の力、救いを求める者の為に使います!」


 ボクはペコリとオレイカルコス様に頭を下げると、走り出す。

 オレイカルコス様の指差す先、空間が歪んでいる。

 きっと出口だ、待っててねみんな!

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