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第131ターン目 オレイカルコスに まとわりつく 闇

 「……っ、ここは?」


 ボクは周囲を見渡す。

 けれど真っ暗で何も見えない。

 錫杖も無いし、ここはもしかして地獄だろうか?


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ。


 「地鳴り? それとも唸り声?」


 なんだか生温い風が吹いている。

 ボクは両手を合わせると、豊穣神様に祈祷する。


 「豊穣神様、遍く地上をどうかお照らしください《聖なる光(ホーリーライト)》」


 ボクの祈りに豊穣神様は、周囲を明るい光で照らしてくださる。

 本来は目眩ましに使う魔法だけれど、光量を抑えて使えば簡易的な灯りになるだろう。

 早速周囲を見渡すと、ここはぶよぶよとした赤い肉壁の洞窟だった。

 肉壁は脈打っており、ここはまず間違いなくオリハルガンの腹の中だろう。


 「やっぱり食べられちゃったのか……けれど生きている」


 ボクは自分の身体を軽く診てみるが、どこも傷ついている様子はない。

 法衣が若干ボロくなっているが、これは直接関係はないよね。

 食べられちゃったのは不幸ですが、丸呑みだったのは幸運だったな。


 「脱出しましょう」


 ボクは直ぐにその場から歩き出す。

 だけど……出口はどっちだろうか。

 ここは気道、あるいは食道と思われる。

 生暖かい風は奥から流れていく、普通なら風下が口の筈だけど。


 「なんだろう……なにか、呼んでいるの?」


 ボクの足は自然と風上に向かっていた。

 逆の筈なのに、まるでボクの意思を無視するように足は歩き出す。

 しばらく歩くと、突然景色が変わる。

 聖なる光でもなお見通せない、深淵の闇が目の前に広がっていた。


 「ご、ごくり……まるで(やみ)の世界だな」


 思わず緊張に(のど)を鳴らす。

 やっぱり引き返そうか……でも、深淵の奥に何かが光った。


 「誰か……いるんですか?」

 「――――」


 ボクは闇の中を進む。

 光は徐々に近づいている、やがてボクはその光が、真っ白い女性だと理解できた。

 真っ白い長髪の女性が、全身を禍々しい(くさり)で縛られている。


 「だ、大丈夫ですか!?」

 「……?」


 女性はよろよろと力ない様子で顔を上げた。

 女性の目は赤く、それは魔性の色だった。

 魔物? でもなんだか凄く弱っている。

 ボクは居ても立っても居られなく、女性を縛る鎖に触れた。


 「あぐっ!」


 だけど、バチンと電撃が走るようにボクの手は鎖から弾かれた。

 女性はガクガクと身体を揺らし、何かを伝えようとしていた。


 「え? なに……貴方はなにを?」

 「ほう、じょう、のかみ」

 「豊穣神ですか? あっ、ボクは豊穣神に仕えます治癒術士のマールです」

 「まーる? ほうじょうのかみ、けはい、する」


 どうやら女性はボクを豊穣神様と勘違いしているらしい。

 そう言えば魔女さんが、ボクの魔力の波動(オーラ)が豊穣神様と同じ色だと言っていたっけ。

 この人はそれで勘違いしているのかな?


 「ともかく、この人を解放しないと、えと……治癒、それとも解呪かな?」


 女性の身心は衰弱している。

 だけどそもそもの原因は彼女を拘束する禍々しい鎖の方ではないか?


 「一先ずやるだけやってみましょう《解呪(ディスペル)》」


 ボクは目を瞑り、豊穣神へと祈りを捧げる。

 目の前の女性を救ってくれと、嘆願すると、豊穣神の御手が彼女に触れた。


 「あ、う――!」


 彼女は顔を上げて喘ぐ、禍々しい鎖は霧散するように弾ける。

 女性はそのまま、人形のように倒れた。

 ボクは直ぐに介抱しようと、駆け寄るが――。


 突然闇の中から女性に向かって禍々しい鎖が伸びる。

 あっと言う間に女性は再び拘束された。


 「うぐうううううううう……!」

 「そんなもしやこの闇自体が呪いだとでも言うの!?」


 女性はケモノのように(うな)る。

 だが身動きが取れず、口惜しいというようにガチガチと鎖を揺らした。

 ボクは女性の前に屈み込むと、申し訳ないと頭を下げる。

 やはりボクは未熟な治癒術士だ……力が及ばない。


 「ごめんなさい、ボクは無力な治癒術士です」

 「ほうじょう、のかみ、泣かない、で」

 「え?」


 ボクの頬に涙が(こぼ)れた。

 涙は顎から滴り落ちると、闇に波紋を打つ。

 女性はなんとか首を伸ばし、ボクの頬を舌で舐めた。


 「れろれろ、ほうじょう、のかみ、ありがとう」

 「なにを……ボクは貴方になにも出来ません」

 「ちがう、ほうじょう、のかみ、それは、やみ、つよい」


 ボクが弱いんじゃなくて、闇が強い?

 確かにこの空間は底知れぬ悪意と恐怖が渦巻いている。

 女性はなんでこんな恐ろしい空間に閉じ込められているんだろう。


 「ほうじょう、のかみ、やみ、負けない」

 「豊穣神様なら、ですか」


 ボクはシュミッドさんが教えてくれた神話を思い出した。

 ドワーフ族は地の底に住む、いわば闇の住人。

 そんな地の底にさえ、豊穣神は優しき光を届けたという。

 その暖かさに多くのドワーフは救われたからこそ、ドワーフ族は豊穣神様への感謝を忘れないという。

 改めて豊穣神様はやっぱり凄いな、ボクとはなにもかも違う。


 「ボクは豊穣神様ではありません、何者でもない、ただ治癒術士マールですよ」

 「まーる、ほうじょう、のかみ、ちから、ある」

 「力ですか、それでもちっぽけですよ、強力な呪いには全然勝てないし」


 勇者さんが持つ豊穣の剣の呪いもボクには解けなかった。

 ここ最近ボクの力不足を痛いほど思い知った。

 ボクはやっぱりお荷物なんじゃないか、こうやって間抜けにもオリハルガンに食べられちゃうし。


 「まーる、ほうじょう、は、あなたに、ある」

 「ど、どういう意味ですか? 豊穣はボクにある?」

 「うううう……かぷ」


 女性は首を伸ばすと、ボクの頬に噛み付いた。

 ボクはびっくりするが、それは甘噛だった。

 なにをしているのか、困惑する。

 ボクはそっと女性の頬に触れた。


 「貴方は何者ですか……なにを知っているんですか?」

 「あうう、われ、オレイカルコス、ほうじょう、のかみ、ちのそこ、かんしゃ」

 「オレイカルコス……貴方がドワーフ族の信仰する神オレイカルコス様ですか!?」


 なんということだ、あの厳ついオリハルガンの中に、こんな儚い女性がいたなんて。

 それじゃあもしかしてこの闇こそ、今外で暴れているオリハルガンの呪い?


 「この呪いに打ち勝てなければ、オリハルガンは全てを破壊してしまう?」


 ボクは為す術なく、勇者さんも、魔女さんも、シュミッドさんの住処さえ破壊するオリハルガンを想像した。

 地上をことごとく破壊していくオリハルガンを想像すれば、それが邪悪な天災だと畏れる。

 だけど、そんなの許せない。


 「教えてください! ボクはどうすればいいんですか? 叶えられるなら貴方の身代わりで呪われてもいい、どうすればいい!?」

 「ほうじょう、のかみ、ではない、いのる、まーる、に」

 「ボクに祈る? 《解呪》のことですか?」


 女性は小さく頷く。

 ボクは自分の両手を見た。

 白魔法は神への信仰(フェイス)に左右される魔法大系だ。

 ボクの信仰心不足に起因する問題だと思っていたけれど、もしかして違うのか。


 「うー、うー」


 女性は必死に頭を振り、ボクの胸に首を伸ばした。

 なにをしようとしているのか、ボクはふと法衣の中にある物を思い出す。


 「これ、カスミさんに貰った葉っぱ、光っている?」


 ボクは法衣の中に仕舞っていた謎の葉っぱを取り出すと、淡い光を放っていた。

 女性はそれを見ると、ガツガツ鎖を揺らした。


 「これが、欲しいんですか?」

 「うー、えいえんの、は、それ、ほうじょう、ちから、ある」

 「えいえんの葉? 豊穣の力があるって……それって!」


 もしかしてこの葉っぱはなにか豊穣神に縁ある物なのか?

 ボクはとにかくもう一度解呪の魔法を唱える。


 「いと慈悲深き豊穣神様、どうかその御手で、哀れな仔羊をお救いください《解呪(ディスペル)》」


 鎖は豊穣神の力によって消滅、と同時に再び女性を拘束する。

 その度、女性は身体を跳ね上げ、痛みに(うめ)いた。


 「うぐう、まーる、ここ、ほうじょう、とどかない、だから、まーる、やる」

 「豊穣が届かない? つまり祈りが届かない?」


 闇が深すぎるあまり豊穣神様への祈りが阻害されている?

 だからオレイカルコス様はボクの力でやれというのか?


 「出来るのか、本当に……でもやらなければ!」


 ボクはもう一度その場で膝を付く、とにかくやるしかない。

 えいえんの葉は、ボクの手にある。

 その淡い光は安らかに闇を照らしていた。

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