第130ターン目 オリハルガンを 解呪せよ
ボクはオリハルガンの直上にいた。
オリハルガンはボクを見上げ、血走った眼で前足を上げる。
「どう、この距離で魔法は届くー?」
横でどんな事態にも対応出来るように備えていた勇者さんは聞いてきた。
ボクは静かに首を横に振る。
まだ届かない、規格外に大きいオリハルガンは近そうに見えても、実際はかなり遠い。
相手はお城よりも遥かに大きいのだ、実際の距離感はとても測りづらい。
「なら近づくしかないわねー」
「小官がマール様を運ぶというのは?」
一番後ろ、竜人娘のフラミーさんが提案する。
魔女さんは顎に手を当てると吟味した。
「理に適っているとは思うけれど、なーんか引っかかるのよね」
「だけど早くなんとかしないと、オリハルガンは何もかもぺちゃんこにしちゃいますよ」
ボクはフラミーさんの案に異存はない。
見た目に似合わずかなりパワーはあるし、ボク一人軽々持ち上げて飛べる。
魔法は精神を集中させないといけないから、詠唱中はほぼ無防備だ。
それをフラミーさんにカバーして貰えれば、なんてことはない。
「フラミーさんの提案でいきましょう」
「ハッ! 必ずやこの任務成功させるであります」
ビシッ、と軍隊式敬礼をするとボク達は準備に取り掛かる。
上手く行けば全て丸く収まる筈だ。
ボクも気合を入れないとね。
「あーあ、折角ならあの鱗一枚くらい欲しかったわねー」
「もう魔女ったら、傷つけるなってあのドワーフに言われたでしょにゃあ」
「分かっているわよ、それくらい」
「ていうか、鱗を剥ぐのだって、一苦労だと思うよー?」
現実問題、正面からぶつかって、正攻法が通じる相手か?
オリハルガンの鱗はキラキラと七色に輝き、見る角度によって光沢が異なる。
とても美しい魔物だ、神と信仰されるのも納得出来る。
本来の穏やかなオリハルガンに戻す為にも、ボクはこの治療を必ず成功させるぞ。
「マール様、お背中よろしいですか?」
「うん、任せましたよフラミーさん」
フラミーさんは、ボクの胴を後ろから両腕を回して、がっしり固定した。
そのまま彼女は大きな赤い翼を広げると一気に飛び上がる。
「わわっ!」
「落ち着いてくださいであります! 絶対に落とさないでありますから!」
「う、うん!」
「グオオオオオオオン!!」
オリハルガンは咆哮を上げる、それだけで空気は唸りを上げ、ダンジョンが揺れた。
ボクは心配げに仲間の姿を見る。
仲間たちは安全圏に一歩引き、ボク達を見守っていた。
勇者さんは親指を立てて、拳を前に出す。
頑張れ、てジェスチャーか。
うん、頑張るよボク。
「後ろにまわるであります!」
「見た目より動く、気をつけて!」
フラミーさんはオリハルガンの頭上を旋回するように飛びながら、隙を見て背中側へと飛翔する。
オリハルガンはこちらを目で追ってくる。
「《グオオオオオオ!》」
「ああああっ!?」
「うわあああっ!?」
再び咆哮、いやこれは《大咆哮》だ。
指向性を持たせた咆哮、クロとは威力も範囲も桁違いでボクはダメージに錫杖を落としてしまった。
「あっ、しま……!」
ボクはフラミーさんに錫杖を回収出来るようお願いしようと顔を上げる。
しかし予想外にフラミーさんは頭を片手で抑えると、ダメージに飛行が不安定になっていた。
「あ、あうううう」
「い、いけないフラミーさんしっかり!」
慌てて、ペシペシとボクはフラミーさんを頬を叩く。
フラミーさんは意識を取り戻すと目をパチクリさせていた。
大咆哮のスタン効果だろうか、とにかく状況がまずい!
「フラミーさん、前! 尻尾ーっ!?」
「なっ!? か、回避するでありますー!」
オリハルガンの超巨大な尻尾は、先端が棘付き鉄球のようになっており、それを牛が尻尾で纏わりつくハエを落とすように、振り回す。
民家よりもよほど大きな尻尾だ、それだけで教会の尖塔よりも太いだろう。
当たれば死ぬ、こんなにも分かりやすい脅威はない。
フラミーさんは必死に回避運動に入るが、オリハルガンの尻尾が迫る。
轟音、暴風がオリハルガンの尻尾で逆巻き、ボク達は暴風に飲み込まれた。
「ああああああっ!?」
「うわあああああっ!?」
フラミーさんは錐揉み回転しながら墜落する、途中バレルターンしながら、彼女はなんとか墜落を免れた。
「はぁ、はぁ、はぁ! なんて強さであります……神と崇められるとは、これほどでありますか!」
「フ、フラミーさん、ボクを下ろしてください、もう……ここでやります」
「マール様? 危険……ぁ」
ボク達の目の前、怒りで我を忘れたオリハルガンの口元が目の前にあった。
彼女は顔を青くすると、畏れ慄く。
ボクだって、怖い……でも、チャンスでもある。
「いと慈悲深き豊穣神様、哀れな仔羊にどうか優しき――」
ボクは両手を握り、目を閉じる。
精神を極度に集中し、オリハルガンに纏わりつく嫌な気配を消し去ろうとした。
だが、オリハルガンは口を開く、ギザギザの牙を剥き出しにして。
ボクは咄嗟にフラミーさんを後ろに突き飛ばす。
詠唱を止めるな、成すべきことを成せ。
「――御手を触れください、かい――」
次の瞬間、ボクの目の前は真っ暗になった。
§
「な、何やってんのよマールーっ!!」
一連の動きを見守っていた魔女は叫んだ。
解呪の詠唱の途中で、マールはオリハルガンに食べられてしまった。
突き飛ばされ、尻もちをついて倒れたフラミーは顔を青くして茫然自失している。
鎧の悪魔は迷わず、崖から飛び降りた。
彼は着地すると、直ぐにフラミーの下へ駆け寄る。
「立ってフラ君! ほら!」
「ぁ、あ……小官の性だ、小官不甲斐ないばかりに……」
「フラ君、歯を食いしばって」
「……ぇ?」
バチン、鎧の悪魔はフラミーの頬を引っ叩く。
フラミーは涙目で、叩かれた頬に触れた。
鎧の悪魔はフラミーの両肩を握ると、彼女に諭す。
「ほらこれで満足かい! まだ後悔なんて早すぎるでしょー! ほら顔を上げて、マル君を助けるんだろう!?」
「ぁ、しょ、小官は……ぐすっ、了解であります、もう小官は誰も失わせない!」
フラミーは涙を拭うと、立ち上がった。
かつて自分のミスで部下を全滅させた経験を持つフラミー。
そのトラウマは、彼女のか細い心を徹底的に痛めつけた。
だが、それが何の得になる?
小官はなんの為に命を使うと決めたのだ?
「マール様を取り返すであります!」




