第129ターン目 オリハルガンを 止めろ
直様道を引き返し、工房の前にまで戻ってくると、シュミッドさんとフラミーさんの二人は待っていてくれた。
ボクは直ぐにこの事態を説明すると。
「なにオレイカルコス様だと!?」
と、言って彼は血相を変えてオリハルガンを見つけた道へと駆けていった。
「危ないですよ」、と声掛けを行なっても、彼には聞こえていない。
ボク達は慌てて追いかけると、崩れた坑道の目の前でシュミッドさんは蹲っていた。
「シュミッドさん、一体どうしたんですか?」
「お、オレイカルコス様だよ、ワシらドワーフ族にとって父祖神とも祀られる神様だ」
シュミッドさんは両手を合わせて、何度も頭を下げる。
眼下のオリハルガンは重低音で唸り、シュミッドさんを血眼で睨みつけているようだ。
「あぁまさか生きている内に拝めるたぁ、これもアンタの加護か」
「まさか、それより危険ですよ……オリハルガン、かなり気が立っているみたいですし」
ボクはオリハルガンを見て、思わず身を引く。
オリハルガンは頭からボク達の足場に向かって、体当たりした。
「わわっ!?」
「マル君!」
ズドォンと縦揺れすると、ボクは前のめりに倒れそうになる。
それを勇者さんは後ろからボクの手を引っ張ってくれた。
ボクはホッと安堵の息を吐くと、その場にへたり込む。
「シュミッドさん、このままじゃあオリハルガンに踏み潰されちゃいますよ」
「かも知れねぇ、だがそれがオレイカルコス様の望みってんなら、受け入れるしかあるめぇ」
「何を言っているんですか、避難しませんと、工房だって危ないですよ!」
ボクは立ち上がると、シュミッドさんの肩を手で掴む。
がっしりした岩のような身体も、今では怯えた子鹿のように縮こまっていた。
「ほら、立ってくださいシュミッドさん」
「マール、ワシャ無骨な昔ながらドワーフじゃ、お陰様で若いドワーフからは煙たがられる」
「え……?」
「なんでダンジョンを整備して、こんなところで一人で住んでおるか、わかるか? 誰にも受け入れて貰えなかったからよ」
シュミッドさんはオリハルガンに平伏する。
ボクはなにがなんだかわからなかった。
ただこれだけは言える。
「シュミッドさんには、感謝してもしきれません。だからこそボクも貴方にお節介焼かせてください」
「マール? うおっ!」
ボクは両手でシュミッドさんを脇から抱えると、ふんぬと力を込めて引っ張った。
それを見ていたカスミさんは無言で手伝ってくれる。
「ほら、逃げますよ!」
「は、離してくれぇ! ワシは、ワシは!」
「オレイカルコス様は大事ですねー! でもボクにはシュミッドさんは同じくらい大切なんです!」
シュミッドさんは、申し訳無さそうに顔を俯かせると、掌を握り込んだ。
そのままボクはシュミッドさんを工房まで運ぶ。
「ふぅぅ、これからどうしましょうか?」
ボクはシュミッドさんを工房の中で降ろすと、大きく息を吐いた。
あれからも、震動は継続している。
オリハルガンはここに向かって、ゆっくり掘り進んでいるようだ。
多分狙いはボク達か、あるいは工房そのものか。
工房の方ならまだ望みはある、ここを放棄して逃げればいいんだ。
でも目的がそうじゃないならば?
「オリハルガン……あの目凄く怖かったです」
「目? そう言えば血走っていたような気がするわね?」
魔女さんは顎に手を当てると、思い出したように言った。
丁度それに返答するように、勇者さんはあることを呟く。
「そう言えばカム君の目に似ていたかもー……」
「はっ? 私あんなに目付き悪くないんですけど?」
魔女さんは気に入らないと、目付きを鋭くして勇者さんに詰め寄る。
……うん、やっぱり怖いと思うな魔女さんは。
勇者さんは魔女さんに詰め寄られると、慌てて両手を振った。
「違う違う! 呪われていた時のカム君と似ているってー!」
「……ハッ、あの時と、同じ……?」
ボクは魔女さんと初遭遇した時を思い出す。
あの時は魔女さん、錯乱していて手当り次第暴れていた。
ボクのことも魔物か何かと勘違いしていたみたいで、なんらか状態異常に掛かっていたのだ。
幸い魔女さんに掛けた《解呪》で、魔女さんは無事治った。
もしかしたら今回も同じように?
「オリハルガンも、呪われているんでしょうか?」
「ありえるわね……おい、鎧の悪魔、アンタはどう考える?」
「うん、俺もそう思うよー、本来オリハルガンも穏やかな性格の筈だしー」
勇者さんも頷く。
あのアーマルガンと同じ種族だとすれば、気性も本来は似ているんだろう。
本来なら人なんて歯牙にも掛けない、にも関わらずボクは見られていた。
あの何があろうと、悠然と生きていたアーマルガンとは大きく違う生態だ。
呪いの影響だとすれば、ボクの力が――。
「……ッ」
「む、いかがした治癒術士殿?」
ボクは一瞬胸が気持ち悪くなると、手で口元を押さえた。
ハンペイさんは心配して、ボクの肩を叩く。
ボクはゆっくり顔を上げると「心配ない」と笑顔で言う。
(ボクにオリハルガンを解呪出来るだろうか?)
豊穣の剣を解呪出来なかった記憶、嫌でも脳裏にフラッシュバックしてきた。
馬鹿馬鹿しい、神話級の武具と魔物を一緒にしてどうする?
大丈夫、いける……自分を信じなくてどうする。
「あの、オリハルガンとやらはそれほど驚異的な力を持っているのでありますか?」
「あっ、フラミーさんは工房で待っていたから、分かりませんよね」
「それはもう凄いよー、特にあのオリハルコンで出来た鱗、硬いのなんの!」
「生物が鎧として纏うんですものね、まるでセンザンコウのように」
「センザンコウとは?」
「聞いたことがあるな、確か鎧を纏ったケモノだ」
ハンペイさんの説明するセンザンコウは、オリハルガンに似た動物なんでしょうか?
魔女さん曰く「これまたとても硬い上、柔軟なのよね、薬の材料なんかにもされた珍獣よ」とのこと。
「まぁいつものように倒すことが目的ではありませんし」
「そうね、マールがパパッと治療したら、大人しくなるんでしょう?」
「お、お前らお願げぇだからオレイカルコス様にゃ、手を出さんでくれ!」
シュミッドさんは、神様相手に手段を講じるボク達を気が気じゃないように見つめていた。
ボクは「にはは」と笑い、承諾する。
勿論、オリハルガンと戦うつもりは、これっぽっちもないよ。
「仮に正面から戦うなら、せめて豊穣の剣を本来の姿に戻せないとねー」
「確かにそりゃ神聖十二聖具なら、オリハルガンといえど、よね」
呪われた剣を抜いて、勇者さんと魔女さんはそれを見つめ、溜息を吐く。
どうあっても、力の差は歴然としている。戦うなら伝説に連なるような大英雄でやっとだろう。
剣に注目しているとフラミーさんは、不安げ視線を工房の方に向けた。
工房は丁度使われていた後なのか、工具が置きっぱなしだった。
「フラミーさん、なにか気になるので?」
「えっ? あ、あの……ドラグスレイブなのですが」
「ああっと、いけねぇいけねぇ! 鍛冶屋が途中で仕事を放棄するなんて、あっちゃいけねぇや!」
シュミッドさんは顔を上げると、慌てて鍛冶場に戻った。
シュミッドさんは炉に金属の塊を入れると、テキパキと何かを打つ準備をしていた。
「フラミーさん、これは?」
「あの……シュミッド様が、ドラグスレイブを打ち直してくれると」
「あの剣さー、とんでもなくボロかったんだよねー」
どうやら温泉に入っている間、なにかあったようだ。
ドラグスレイブがボロかった、フラミーさんは耳まで真っ赤にして恥しそうだった。
肝心の宝剣が、台無し……きっとガッカリしたんでしょうね。
「剣を打ち直すの? なら相談だけどさ、ちょっと見てほしいものが」
魔女さんはシュミッドさんの作業を見ると、駆け寄り魔法の鞄から色々な素材を取り出した。
シュミッドさんは色々品定めしながら、素材を見ていく。
ボクは工房の外を眺めた。
オリハルゴン、無事解呪出来るんだろうか。




