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第127ターン目 治癒術士は 温泉に 浸かる

 「ふぅ」


 工房裏にある温泉、原始的な岩に囲まれた岩窟風呂はちょっと熱いくらい。

 ボクは肩まで浸かりながら、赤ら顔で息を吐いた。


 「ふむ良い湯だ、出来ればカムアジーフ殿にも堪能して頂きたかった」


 ハンペイさんは腕を組みながら満悦そうにしている。

 本当に温泉が大好きなんだなハンペイさん。

 ボクはというと、これはこれで嫌いじゃない。

 ただハンペイさん程風呂好きにはなれないかな。


 「温泉には薬用効果と言って、美肌効果や傷の湯治など様々な効用があり――」

 「あはは、つまり身体に良いんですね」


 聖なる力が満ちる場所から出た湧き水は、天然の聖水になることがある。

 こういった天然の源泉は多くが既に開拓され、教会や国の所轄地となっていった。

 ボクは温泉の水を掬う、ちょっと硫黄の臭いがするが綺麗なお湯だ。

 傷の治癒に期待できそうというのは、肌身で感じた。


 「はふぅ、のぼせちゃいそうです」

 「無理をなさらず治癒術士殿」

 「はい、先に上がっちゃいますね」


 ボクはゆっくり湯から上がる。

 温泉はちょっと広く、足元はでこぼこだ。

 転ばないように注意しないと。


 「て……うわわわあっ!?」


 バシャァァン!

 ボクはでこぼこの地面に足を取られ、盛大に前のめりに転ぶ。

 うぅ、痛ぁ……足に怪我しちゃった。


 「だ、大丈夫か治癒術士殿!」


 慌ててハンペイさんが駆けてくる。

 ボクは膝に擦り傷が出来ているのを確認した。


 「痛た……けどこの程度なら直ぐに《治癒(キュア)》の魔法で」

 「いかん! ここで治癒の魔法は使ってはならん!」

 「ふえ? どうしてでしょうか?」

 「治癒術士殿は知らんか、異なる治癒術を同時に掛けると、治癒の力が反発しあって、逆にダメージを受ける現象はご存知か?」


 ボクは小さく首を横に振る。

 初耳だ、そもそも治癒の重ねがけなんて聞いたこともないし、意味があるとは思えない。


 「それが温泉とどういう関係が?」

 「ここおそらく【治癒の温泉】であろう、見よ治癒術士殿の傷を」

 「あっ、もうかさぶたになっている」


 なんと、お湯に浸かっているだけで、本当に傷が癒やされている。

 本当に温泉ってすごいな、ハンペイさんが絶賛するだけある。


 「覚えて損はしません、【治癒の温泉】で治癒術の重ねがけは危険なのです」

 「はい、しっかり覚えておきますね」


 また新しい知識を得てボクは微笑む。

 そのままハンペイさんに肩を貸してもらい、足だけ温泉に浸からせ、縁に座った。


 「ここでしっかり回復して、第六層へ挑む準備をしないとですねー」

 「うむり、油断せぬよう……む?」


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……!


 突然温泉の水が縦に跳ね始める。

 いや、ダンジョン全体がまるで揺れているみたいだ。


 「地震か……!」

 「お、収まった……?」


 ボクは慣れない地震に心臓をバクバクさせながら、周囲をキョロキョロと見回す。

 どこも崩れていない、良かった……生き埋めになっちゃうんじゃないかって、(きも)を冷やしたよ。


 「そろそろ上がりましょう、皆と一度合流を――」


 ズドォォン!


 突然、余震にしては大き過ぎる大振動が発生する。

 その威力は凄まじく、天井の一部が崩落する程だ。

 幸い頭上には降ってこなかったけれど、ボクが顔を青くして頭を両手で守るには十分だった。


 「今のは大きかった……なにが起きている?」

 「す、直ぐに皆と合流しましょう!」


 ボクはもう迷わず温泉から上がる。

 温泉には仕切りがあり、仕切りを越えるとボクの服や錫杖が置いてある。

 直ぐに身体を拭き、装備を整えると工房の表に出た。

 丁度同じ頃、工房からシュミッドさん達も出てくる。


 「なんだなにが起きた!?」

 「シュミッドさん、あの地震は一体……?」


 ボクは直ぐに合流すると、シュミッドさんに事態を聞いた。

 シュミッドさんはボクに振り向くと、静かに首を振る。


 「初めてだ、小規模な地震なら何度もあったが」

 「そもそもー、ダンジョンで地震っておかしくないー?」


 勇者さんは地震そのものを疑っていた。

 更に急いだ様子で戻ってくる魔女さんも言をこぼした。


 「皆ー! これはなんらかの生き物の仕業よ!」

 「まさかメタルイーターではないでありますか?」


 全員合流した。

 メタルイーターは、地中を高速で掘り進める能力がある。

 仕留めた訳でない以上、ありえなくはないけれど。


 「いや、あれはアーマルガン?」


 だけど勇者さんは、あの規模の地震を起こせるのはアーマルガンだと推測している。

 ボクは手を上げ、質問する。


 「アーマルガンって、洞窟内にまで生息するんですか?」

 「うん、あんまり見ないけれど、アーマルガンって溶岩の中に潜行できるからねー」


 あの超巨大な竜種は、溶岩の中を潜れるとは、改めてとんでもない魔物だ。

 でもアーマルガンって確か大人しいんですよね。

 ボク達人間にもアチチモンキーのような魔物にも、襲いかかる様子もなかった。

 ならこれは静観するしかないのか。


 「ちょっと気になるー、調べてみようかー」


 勇者さんは早速震源を目指して歩き出した。

 ボクは慌ててついて行きながら彼に聞いてみる。


 「危険じゃないですか?」

 「でも……このままじゃシュミッド君の工房が倒れちゃうかもしれないしー」


 ……本当にもうっ、この魔物(ひと)は。

 それを言われちゃボク反論出来ないじゃないですか。


 「なら治癒術士として、ボクは同行する義務がありますね」

 「おっ、乗り気だねーマル君」

 「ちょっとちょっとー! 私忘れないでよ! 私も行くから」

 「うー」

 「ふむ、我々も同行しよう」


 魔女さん、カスミさんにハンペイさんも付いて来る。

 残りはフラミーさんだけれど、ボクは彼女を振り返ると。


 「マール様、小官は念の為ここでシュミッド殿の護衛をしますであります!」


 彼女はビシッと軍隊式敬礼をして、ボク達を見送る。

 果たして、震源はなにか?

 それは危険を(もたら)すのか……なんとなくだけれど、この先の運命はここが分岐路な気が、ボクの胸中で沸き起こっていた。

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