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第126ターン目 ドラグスレイブは

 「うーん、それにしたって、汗ばんじゃったわ」


 しばらくして、魔女さんは胸元(むなもと)(はだ)けて、手で風を扇ぐ。

 ボクは顔を真っ赤にすると、視線を逸した。


 「カムアジーフ殿、そんな破廉恥な」

 「はぁ? 煩悩まみれで見るから、そんな邪な考えに至るんでしょう?」

 「うぐ……ボクは(よこしま)……うぅぅ!」


 魔女さんの言うとおり、ボクは邪なのだろう。

 思わず全裸の魔女さんを想像して、ボクは鼻血が出そうだ。


 「工房を出て、坂を降りていくと地底湖があるが」

 「へぇー、水浴びも悪くなさそうね」

 「み、水浴び……」


 いけない鼻血出ちゃった。

 ボクは鼻元を隠すと、水浴びする魔女さんを想像する。

 駄目だ、どうやっても煩悩がやってくる。

 ボクは錫杖を振って、邪念を打ち消そうとする。


 「煩悩退散煩悩退散」

 「うー」


 突然横からカスミさんが、たわわな胸を押し付けてきた。

 ボクはぎょっとする、カスミさんはネクロな表情で、ボクを見つめる。


 「にゃあ? キョンシーったら嫉妬かにゃあ?」

 「し、嫉妬?」

 「キョンシーはもっと自分を見て欲しいって言っているにゃあ」

 「うー」


 本当にそうなのか、カスミさんはおっぱいを更に押し付けてくる。

 それはもう、カスミさんをオナニーの材料にしても良いということでしょうか?

 いいや、それは駄目だろう人間として!

 ボクは耳まで真っ赤にすると、頭を抱えた。


 「まったく、カスミよ、治癒術士殿をあまり困らせるな」

 「うー……」

 「まっ、キョンシーちゃんも女の子ってことよね」

 「うぅ、小官は我慢するであります」


 フラミーさんは尻尾(しっぽ)をバタバタさせながら、必死に抱きつくのを我慢していた。

 この中で自重を失うと、一番エロいのはフラミーさんだ。

 彼女が自制心を働かせている内はまだ耐えられる。

 でもいつか押し倒されそうでちょっと怖いんだよね。


 「まっ、ちょっと身体を洗いたいわね」


 魔女さんはそう言うと立ち上がる。

 シュミッドさんは、手を叩くと、思い出したようにさらなる提案を出した。


 「温泉もあるが、どっちがいい?」

 「む? 温泉があるでござるか?」


 むしろ温泉に反応したのはハンペイさんだった。

 長耳をピクピク動かして、よほど興味があるらしい。


 「なに? ようするに温かい水でしょ、なんでそんなに嬉しそうなの?」

 「某温泉には目がない、これでも各地の温泉巡りが趣味でして」

 「温泉巡り……ですか?」


 この地域には温泉はない。

 南部の方に温泉があるって聞いたことはあるけれど。

 ようするにお風呂だよね、薪材が高いからあんまり湯に入る機会はないな。


 「良かったら治癒術士殿も一緒にどうか?」

 「えっ? ボクですか?」

 「温泉の良さ、是非語りたく……!」

 「あはは、じゃあご一緒に」

 「あほくさ、私はパスー」


 魔女さんは温泉には気乗りしない様子だ。

 そのまま彼女は杖を持って、工房を出る。

 ハンペイさんは早速温泉の場所を聞いていた。


 「温泉なら工房の裏だ、源泉はかなり熱いから気をつけろ?」

 「なるほど、流石(さすが)火山、では行こう!」

 「わわ、手を引っ張らないで!」


 なんだか初めて見るハンペイさんの興奮した姿。

 そんなに温泉が好きなのか、ボクは手を引っ張られ温泉に向かう。




          §




 「マール様が温泉……駄目であります! マール様は破廉恥(はれんち)に弱い! 一緒に入りたいなどと!」


 マールが出ていった後、フラミーは剣を胸に抱えながら悶々と首を振った。

 カスミは遠慮もなくマールの後ろを着いていき、工房には彼女の他には勇者とクロ、それと家主のシュミッドが残っていた。


 「そう言えばフラ君、その剣はいつの間にー?」

 「これはドラグスレイブであります! アチチモンキーの宝物庫で見つけたであります!」

 「ほう、名のある剣なのか、良かったら見せてくれねぇか?」

 「シュミッド殿の要望なら断れないであります、どうぞ」

 「ふぅむ、これは見事な……うん?」


 シュミッドはまず剣の意匠を確認した。

 柄頭の竜と稲妻の意匠、鞘は一切の光を射さない究極の黒。

 見事な造りだと絶賛したが、鞘から剣を僅かに抜いた瞬間、彼は絶句した。


 「なんじゃこりゃあ……錆びとるのか」

 「え……み、見せてであります!」


 フラミーは顔を真っ青にすると、剣を奪い取った。

 鞘から剣を抜こうとすると、引っかかる。

 それでも強引に抜き取ると、剣は半分ほどの場所で折れていた。


 「あ、あ……そんな、ドラグスレイブがこんな無様に……うわーん!」


 フラミーは家の宝剣の無残な姿に大泣きする。

 シュミッドは剣をまじまじと見て、彼女にある提案をした。


 「竜の嬢ちゃん、良かったら剣を打ち直してみねぇか?」

 「ひぐっ! え……? ドラグスレイブを直せるでありますか?」

 「完璧に同じとはいかねぇ、だが現物があるなら直せなくはねぇ、これはドワーフの矜持だ」

 「多くのドワーフが鍛治神の加護を持つって聞くけど、本当なんだねぇー」


 シュミッドには鍛治に強い矜持がある。

 良いものをより良いものに、そんな鍛治の加護を持つ者はより良い素材を求めて、このダンジョンまで辿り着いた。

 ここには、彼が夢見るような鉱石や魔石が数多く手に入る。

 熟練した穴掘り職人たるドワーフ族なら、鉱山の開拓は思うままだ。

 彼は剣に必要な素材を鉄火場に揃えると、最後にもう一度フラミーに聞いた。


 「その剣に新たな命を込めたくねぇか?」

 「ドラグスレイブ……お前は悔しいでありますか? もう一度一緒に戦ってくれるでありますか?」


 彼女は泣きながら剣を胸に抱く。

 やがて涙を(ぬぐ)うと、彼女は強い顔で剣をシュミッドに差し出した。


 「お願いするであります!」

 「よしきた、任せとけぃ!」


 彼は早速素材を炉の中に入れていく。

 炉は常に火山の熱を利用して高温を保っている。

 それが炉の外に漏れ出さないのは、シュミッドの業前だろう。

 彼は鉄火場に掛けてあったゴーグルを手に持つと、それを掛けた。

 鉄火場は高温とともに強い光に晒される。

 遮光ゴーグルもまた、シュミッドの自作であった。


 「ちと、離れていろ」

 「わかったであります」


 フラミー達は職人の邪魔をしないように、鉄火場から離れる。

 ただ胸に手を当て、フラミーは公正の神に祈りを捧げた。


 「どうか、ドラグスレイブに新たな命を」

 「うーん……」

 「にゃあ、どうしたのにゃあ鎧の」

 「俺の剣もいっそ打ち直せないのかなーって」

 「馬鹿言うな! 打ち直せるのは鍛治神様だけだ! それに打ち直すたって材料がねぇ! 最低でもオリハルコンはいるんだぞ!」


 シュミッドは地獄耳で鎧の悪魔の言葉を聞き逃さない。

 豊穣の剣は、鍛治神が打ったと伝えられる。

 材料はオリハルコンの他に、神にしか扱えないヒヒイロカネが用いられたと伝えられていた。

 そんなもの一介の鍛冶師に扱えるはずも無い。

 下手すれば豊穣の剣が持つ自衛機能に返り討ちにあうリスクもある。

 良識のある上級鍛冶師(ハイスミス)なら、皆首を横に振って、不可能と述べるだろう。

 それが、豊穣の剣なのだ。


 「本来なら豊穣の剣ってのは、絶対に錆びねぇし刃こぼれもしねぇ! どうやったら神々の剣をそこまで無残に出来るんだか……!」

 「本当にねー、暗黒神ってそんなに悔しかったのかなー?」

 「にゃあ、暗黒神って創世神話のかにゃあ?」

 「うん、神聖十二神具って、暗黒神に対して用いられたんでしょう?」


 創世神話では、突如世界を暗黒に染め上げた暗黒神。

 その横暴に立ち向かった善神達が、自身の力を込めて鍛治神に打たせたのだ。

 かくして、十二の神具を持つ英雄達は見事暗黒の軍団を滅ぼし、暗黒神さえも倒したのだ。

 それほどの力を持つ神聖十二神具は、人間達にとっても危険な代物である。


 「神ってのはやっぱりロクな奴がいないにゃあねぇ」

 「クロ君って、神様が嫌いなの?」

 「だって、そんなのありがた迷惑にゃあ、アタシなんて勝手にチヤホヤされて、変な力授けられるし」

 「そう言えばそうだったねー」


 善神の一柱天照神の加護に、悪神の二柱嫉妬神と戦争神の加護、合わせて三つの加護を持つクロは、お陰で随分と過ぎたる力を持たされた。

 魔女のババアの下では無用の長物であり、マールの下でようやく役に立ったと思えば、猫の身体には負担が重い。

 文字通り寿命を削る神力(アルカナム)はクロに馴染むことはなかった。


 「ていうか、神ってどうして善神と悪神で争ったのかにゃあ?」


 クロの朧げな記憶では、決して天照神と嫉妬神戦争神は(いが)みあってはいなかった。

 むしろ同じ悪神同士で、変な確執があるようで、移ろわざる者も変わらないにゃあと思う。

 程々でいいと子供が思っても、親はどこまでも馬鹿になるものか。


 「さぁねぇ、俺にも分かんないやー」

 「……期待しちゃいにゃいにゃ」

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