第123ターン目 竜人娘は はじらい 治癒術士を 賛歌する
「……ふぅ」
冷たい水で満たされた地底湖、そこでボクは沐浴を行っていた。
ボクの背中側にはフラミーさんが裸で水浴びしている。
なるべく後ろは見ないように、ボクは冷たい水の中に身体を沈めて、祈祷をした。
「ん、ふぅ、ぁん」
「――――」
煩悩退散煩悩退散。
ボク後ろでフラミーさんの艶やかな声や水音が、異様にいやらしく聞こえて、ボクは自分自身を諌める。
仲間を性的な目で見るとは何事か、それでは益々豊穣神様の風評被害を助長してしまう。
断じて豊穣神様に背く訳にはいかない、だからこそこの冷たい地底湖のような心を獲得する必要がある。
(豊穣神様、どうかボクに艱難辛苦に耐えられる心をお与え下さいませ)
地底湖の水は冷たい、凍えるほどだ。
でも決して厳しいほどではない、冬にやる滝行に比べたら全然平気だ。
豊穣神の神殿では毎年冬に来季の実りを宿願して滝行が行われている。
ボクも参加したことがあるけれど、あの時は本当に死ぬかと思った。
生きているありがたみを知ることで、大切さを学ぶのだ。
「あの、マール様」
「は、はいぃぃぃぃ!?」
ボクは耳まで真っ赤にすると、身体を震わせる。
思わず裏声出ちゃった。
うぅ、全然煩悩を消せていないよぉ。
「え、えと……なんでしょうか、なにかお困り事が?」
「その、小官のことであります」
「……っ! フラミーさんのことですね」
ボクを目を閉じ両手を合わせながら返事する。
背中から水が揺れている。
フラミーさん、近づいて来ている?
「小官、やはりドラゴンなのでしょうか?」
「せ、専門的なことは流石にボクには」
近づいてくる。
吐息が、ボクの裏筋に当たった。
それだけでボクの顔は情けないくらい紅潮してしまう。
下腹部は――見るな、聞くな、考えるな!
「ねぇマール様、目を開けてくださいであります」
「……ぅ、どうしても、ですか?」
拒否したい!
でも拒否したら、フラミーさんを傷つけるかも知れない。
フラミーさんは繊細な人だ、頑張り屋で我武者羅でそれ故に暴走気質で、それでも必死に自分と戦っている。
そんな尊敬出来る人にどうして失礼を働けようか。
ボクは今の中途半端な自分が嫌になった。
「見て貰わないと、判断出来ないであります」
「ご、ごくり……何を見ろと?」
「小官の、身体……」
心臓が口から出るんじゃないかと思えるほど、動悸が激しくなる。
ボクは血走った目を開くと、バシャバシャと冷たい水を顔面に浴びせた。
なにをやましい気持ちを持っているマール!
情けないぞマール、ボクはこうなれば据え膳出されれば皿までの精神で振り返った。
フラミーさんは胸と下腹部を両手で隠しながら、か細い声で言った。
「お腹見て欲しいであります、鱗が……その」
「……う、鱗?」
思わずボクは目を点にしてしまった。
彼女のお腹周り、脇腹を守るようにびっしりと赤い鱗が生えている。
「あの………それが?」
「うぅ女子として恥ずかしいであります! これ、なんとか出来ないでありますかマール様ーっ!」
…………うん、これはアレだ。
ムダ毛が恥ずかしいと言っているのと同じ反応だ。
え、ボクの覚悟はなんだったんだって?
あっはんうっふんを期待していただろうって?
ずっこんばっこんとか|ああん、そこ気持ちいい《自主規制》とか、期待しただろうって?
期待したさ! ボクだって男だもん!
でも必死に煩悩を消し去ろうとしていたのに、鱗の話?
「フラミーさん、それは貴方の個性です。チャームポイントと思っておきましょう」
「チャームポイント、でありますか……心臓への攻撃を防げて便利ではありますが」
……こういうどうでもいい相談も、治癒術士のお仕事ですからね。
なんだかボクはとってもやるせなくなって、そのまま水から這い上がった。
「もういいでありますか?」
「はい、風邪をひいても迷惑掛けますし」
「そうでありますね……その、マール様」
「今度はなんですかー?」
ボクはもう気怠げに返事した。
これではいけないんだけれど、男の夢を奪われたんだ、豊穣神様もどうか許してほしいです。
「……っ、その、マール様、欲情されたので、ありますか?」
「〜〜〜〜〜っ!?」
忘れていた、ボクの下腹部で摩天楼のごとく張り出すアイツのことを!
ボクは迷わず両手であそこを隠すと顔を真っ赤にしてその場から逃げ出した。
「ごめんなさーい!!」
§
身体も濡れたままマールは脱兎の如く逃げてしまった。
あんなに大切にしていた錫杖も置き忘れてだ。
幸いお召し物は持っていった。
後で泣き顔で戻ってくるのは間違いない。
「うふふ、小官マール様の好み、かもしれません……うふふ♪」
一方、水面から上がる竜人娘のフラミーは両手、翼を広げると大きく息を吸い込む。
全身に熱を通して、瞬間的にフラミーの身体は炎と化した。
レッドドラゴンの行う『体内放射』と同様の行動だ。
そうすれば一瞬で、フラミーの身体は乾ききった。
ドラゴンとしての動きが、こんなに当たり前になっている。
最初は戸惑いだった、複雑でもう戻れないんだと悲観していた。
ドラゴンの気配が強くなると、残虐で暴虐な自分が出てくるのは憂鬱だった。
けれどマールは、どんなフラミーでも受け入れると言ってくれる。
今は自分が嫌いではない。
そしてマールという夢中になれる主が現れた。
こんなに嬉しいことはない。
「マール様、マール様♪ あぁ偉大なマール様♪」
……でも、女と言うよりは忠犬の気が強いのは、根っからの帝国軍人の悪癖かもしれない。
「貴方の為なら死ぬことだって怖くないわ、だって私は無敵のドラゴンだもーのー♪」




