第121ターン目 治癒術士は 鉱人と 出会う
マール達が目的を達した頃、外の戦いも終息し始めていた。
ヴォルカニックヒヒは、部下の多くをやられ、自身も満身創痍。
だが歯垢を剥き出しにして、目の前の存在に威嚇した。
「さぁーて、もうちょっとかなー」
鎧の悪魔は、剣を両手に持ち、必殺の構えをとる。
ヴォルカニックヒヒは雄叫びをあげると、我武者羅に襲いかかった。
「ヴォキキキーッ!」
「必殺! 飛翔斬!」
鎧の悪魔は剣を下から振り上げる。
そのまま飛び上がると、ヴォルカニックヒヒの正中線に血が吹き出した。
鎧の悪魔はくるりと空中で反転すると、着地する。
ヴォルカニックヒヒは、遂に土煙を上げて真後ろに倒れた。
剣を振り下ろし、血を振り払うと残心を決める。
「決着、てねー」
「本当に余裕の勝利ね」
あらかた周囲の魔物を殲滅した魔女は、鎧の悪魔の下に向かう。
倒れたかつての主に比べ、鎧の悪魔は傷一つ負っていない。
改めて格の違いを見せた訳だ。
「でもー、意外と強かったー、ちょっと油断したかもね」
「その上で完全勝利……本当に規格外よ、アンタは」
「カムアジーフ殿、勇者殿。治癒術士殿が帰って来ませぬ、いかがするか?」
二人が話していると、ハンペイがやってくる。
洞窟へと潜入したマールとフラミーの消息が不明と聞くと、魔女は目くじらを立てる。
「アクシデントかしら?」
「なら助けにいかないとー!」
鎧の悪魔は剣を鞘に戻すと、直ぐに駆けようとした。
だが魔女はそんな鎧の悪魔の首根っこを掴むと。
「焦るな、ミイラ取りがミイラになるわよ」
「えぇなにそれー?」
「ともかく、まずは全員集合!」
魔女の号令にクロとカスミも合流した。
周囲に驚異が無くなった以上、ここに居る必要性はない。
「クロちゃんが無事な以上、マール達は無事よ」
「にゃああ……だとしても帰ってこないのはアクシデントかにゃあ?」
クロは主人の不在に不安を募らせる。
一刻も早く不安を払拭するため、合流するべきだろう。
「ハンペイ、先頭を頼める?」
「御意」
「鎧の悪魔は後方ね」
「わかったー」
「その他は中段、それじゃ洞窟に向かうわよ」
§
「うーん、どうやって脱出しましょう?」
天井が崩落したことで、地形が随分と変わってしまった。
財宝も今や地中、悲しいけれど諦めるよりないだろう。
「この奥……メタルイーターの掘った穴があるでありますが」
「危険だけど、行くしかないかなー?」
「安心してほしいであります、もう一度奴が現れたならば、今度こそ止めを刺すでありますから!」
フラミーさんは宝剣ドラグスレイブを手に持つと、大きく胸を張った。
凄い自信だ、もう彼女を焦燥させるものはない。
「じゃあ覚悟を決めて、行きますか」
ボク達は暗い横穴の奥へと進む。
途中、落ちていた木の破材にフラミーさんが火の息で着火して、即席の松明を作り、ボクはそれを持つと奥へ慎重に歩く。
洞穴は想像以上に長く、魔物の姿もない。
ボクは汗を拭いながら、足だけは止めなかった。
「ふぅ、ふぅ……なんだか暑いね」
「マール様、凄い汗であります! このままでは……」
忘れちゃいけないが、ここは火山だ。
山の中はマグマが流れている筈だ。
地熱は想像以上に熱い、ボクの体力は必要以上に削がれているのか。
「うぅ、どうすれば……小官氷魔法は使えないでありますし……!」
「はぁ、ふぅ……うん? なにこれ湯気?」
気がつくと、靄が広がってきた。
靄の奥は明るい、一体なにがあるのか。
ボクは靄の中を進むと、ぐつぐつ沸騰する天然の温泉が現れた。
「温泉でありますか」
「かなり熱そうだね……」
「この水を冷やせば飲み水に出来るかも知れないであります」
「けど……こんな場所でどうやって?」
「ほっほっほ、手を貸してやろうか?」
ボク達は驚いて、声のする方を振り向いた。
思ったよりも近い、靄で全然気づかなかった。
靄が僅かに晴れると、目の前に居たのは眼鏡を着けた子供のような身長の老人。
いや、老人にしてはがたいが良すぎる。
「【鉱人族】でありますか?」
「ホッホッホ、いかにも美しい女性よ」
「しょ、小官が、ええっ!?」
好々爺に笑うその風貌は立派な顎髭は白く、ドワーフとしては老年ではないだろうか。
フラミーさんを褒めて、目を細める姿には年季も感じる。
「えと、ボクは治癒術士のマールです」
「その忠勇なる下僕フラミーであります」
「下僕って、ボク達は仲間で……!」
「ホッホッホ、冒険者のようじゃな、ワシはシュミッドというしがない鍛冶師よ」
シュミッドと名乗るドワーフの身なりは、言われてみると冒険者とは違うようだ。
背中にはとても大きなリュックが背負われており、服装は丈夫そうな革の服だ。
よく見ると、首の後ろに角が生えた兜が紐で掛けられている。
「鍛冶師……それがどうしてダンジョンに?」
「ふむ、それがの……鉱石を掘りに穴を掘っていたら、ここに出ての、ついでだから珍しい石を探しておったのよ」
「穴を……じゃあこの穴ってもしかして!?」
「おうよ、苦労したがワシが掘ったのじゃ」
シュミッドさんが両手を広げると、湯気が退いていく。
よく見ると、そこには工房があり、光源が天井から周囲を照らしている。
「メタルイーターが掘ったんじゃなかったんですね」
「メタルイーターとな? 奴と遭遇したのか?」
「撃退したでありますが、逃げられたであります」
メタルイーターと聞くと、シュミッドさんは驚いていた。
そう言えばメタルイーターはドワーフ族の天敵って聞いたことがあるな。
メタルイーターは鉱石を主食とするから、ドワーフにとっては生活の種を奪われるようなものと聞く。
「むむむ、奴め性懲りもなく、まぁいい……お主らよく無事であったな」
「ギリギリだったでありますよ……」
「メタルイーターの皮膚は硬い、それに熱耐性が高いからな」
「正直あそこまで硬いとは思いませんでした」
ふふふと、微笑みながらシュミッドさんは顎髭を擦る。
なんだか楽しそうだな。
「それより、そっちの少年こそ、体は大丈夫か?」
「あっはい、ちょっと汗が止まらないですが」
「あぁそうだ、なにか冷たい飲み物はないでありますか!?」
「ふむ、来なさい」
シュミッドさんは、背を向けると歩き出す。
ボク達は黙ってその後ろをついていった。
「……どこに行くであります?」
「あそこじゃなんじゃ、面白い場所に案内してやる」
「面白い場所ですか?」
シュミッドさんについて行くこと十分ほどだろうか。
気がつくと、空気が急激に下がり始める。
「え? 冷たい?」
「ほっほ、着いたぞ」
シュミッドさんが足を止める。
見えたのは、地底湖だった。
天井は高く、鍾乳石が氷柱を作っている。
その下に溜まった水は、とても綺麗だった。
ボクは恐る恐る地底湖に手を差し込むと、あまりの冷たさに驚いてしまう。
「冷たい! 信じられない……こんな場所があるなんて」
「ホッホッホ、火山帯といえど全てが熱水ではない。どこかが熱ければ、どこかが冷めるのじゃ」
「科学で学んだであります、確か気化熱でありましたか?」
ボクは水を両手で掬うと、顔面に浴びせた。
熱に茹だった体は急速に冷えだす。
思わず身震いしそうな冷たさだけれど、ボクは快感に身をよじった。
シュミッドさんは背負っていたリュックから金属製のコップを取り出すと、地底湖の水を掬い、口に含む。
「生活用水に使っておるが、この通り問題ないぞ」
「あの、案内してくれてありがとうございます」
「感謝するであります、シュミッド殿!」
「ホッホッホ、なに助け合うのは当然じゃて」
ボクも地底湖に口を浸けて水を飲む、冷たい水はとても心地よかった。
すっかり汗も止まり、ボクは一息吐く。
「ワシは工房に戻っておる、なにか用があれば来るがいい」
そう言うとシュミッドさんは、道を戻って行った。
ボクはフラミーさんと二人っきりになると、顔を見合った。
「その……マール様、水浴びは、していくで、ありますか?」
彼女は両手の指を絡めながら、顔を赤くしていた。




