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第119ターン目 メタルイーターの 脅威

 ドラグスレイブ。その剣は柄頭(つかがしら)に竜を貫く雷の意匠が(ほどこ)され、(さや)一切(いっさい)の光も通さない程、真っ黒だ。

 一目見ても、きっと名のある名剣なんだろうとは、ボクでも理解出来た。

 フラミーさんは、財宝の山に足を取られながら、必死に剣の柄に手を伸ばす。

 しかし、それを嘲笑うように、部屋全体が振動する。


 「まずい! 罠かも知れません!」

 「罠でもいい! あの剣を取り返せるなら罠でも構わないでありますっ!」


 その手が届く――寸前、フラミーさんの指が竜の意匠に触れた瞬間、部屋がまるごと崩落する。

 ボク達は為す術ないまま、ぽっかりと開いた空洞へと落下してしまう。


 「ふんぎゃ! ふ、フラミーさんは!?」

 「小官はここであります……が」


 ボクの前にばら撒かれた財宝の上に座り込むフラミーさんはいた。

 彼女は必死に、財宝を掻き分け目当ての剣を探した。

 どんな金も銀も、彼女の目には入らない。

 きっとこれだけの財宝ならば、もっと良い剣を打ってもらうことも出来るだろう。

 それでも、彼女にとって、その家宝とは物の価値じゃないんだ。


 「シュルルル……!」

 「フラミーさん、立って……この気配って」

 「ちぃ! 邪魔をするなら容赦しないでありますよ!」


 ぽっかりと開いた空洞の奥から、大きなモグラのような魔物がのっそのっそとゆっくり姿を現した。

 だが大きい……! 外にいたヴォルカニックヒヒに匹敵する巨大さだ。


 「この魔物、大きさは違うけれど見たことある! 確か【メタルイーター】だ!」


 超巨大なモグラ、メタルイーターはダンジョンの様々な場所で目撃例がある。

 その食性は特殊で、金属を好んで食べるのだ。

 地上でも、宝石鉱山なんかに出現する大食漢だと聞く。

 もしかしてだけど……財宝目当てか!


 「フッシュルルル!」


 メタルイーターは、口から長い舌を伸ばし、手当たり次第に散乱する財宝を食べ始める。


 「あぁっ、勿体ない!」

 「どうせ持ち帰れる量じゃないであります! それよりもドラグスレイブであります!」


 ボクだって一端の冒険者だよ、財宝を見つければはしゃぎだってするさ。

 それを魔物にむしゃむしゃ食われたら良い気分はしない。

 お金持ちになるチャンスなのに!


 「ええい、こうなったらここでメタルイーターを倒すしか!」


 ボクは錫杖を手に取ると、メタルイーターに向けた。

 メタルイーターはボクに気付くが、ボクよりも食事の方が大切だった。

 宝石の施された王冠を丸呑みする姿を見て、ボクは錫杖を両手に持って突撃する。


 「やああああ!」


 しゃん、と音を鳴らしてメタルイーターの頭部を叩く。


 「くぅ! 硬い……?」


 手が痺れる、メタルイーターはビクともしない。

 目撃例はあれど、あまり数多くの個体は発見されていない魔物だけに、ここまで硬いとは知らなかった。

 だけどメタルイーターの気を逸らすには十分だったか、メタルイーターは大きな爪を振り上げ。


 「やばっ!」

 「マール様!」


 硬い岩盤さえ砕きながら地中を進むメタルイーターの爪が振り下ろされる。

 ボクは錫杖で防御しようと構えるが、後ろからフラミーさんに首根っこを引っ張られる。

 直後、地面が爆発する一撃が炸裂した。

 間一髪フラミーさんに助けられたボクは顔を青くする。


 「ぼ、防御は()めた方がいいかも」

 「メタルイーター……かなりの強敵であります」

 「う、うん……でもなんとかしないと全部食べられちゃう」


 メタルイーターの身体は大きい、それに応じて大食漢なのは当然だろう。

 普段は地中に埋もれた金属や原石を食べているのだろうが、ここにはアチチモンキーが集めたお宝だらけ。

 それはメタルイーターにとって最高のディナー会場だろう。


 「モルーーーッ!」


 甲高い咆哮を上げたメタルイーターは突撃してくる。

 フラミーさんは咄嗟にボクに身体からぶつかり、強制退避させる。

 そのまま彼女はメタルイーターに正面からぶつかった。

 だが……竜人娘といえど体格差は如何ともし難い。

 さながら暴走する大型馬車に轢かれるように、フラミーさんは吹き飛んだ!


 「んあーっ!?」

 「フラミーさーん!?」


 メタルイーターはそのまま財宝を蹴散らし、垂直の岸壁を登り、真上まで来る。

 嘘でしょう……にわかには信じられない光景だ。

 魔物の神秘は、身体能力にもあるのか。


 「いや、不味い……間に合うか!?」


 フラミーさんはまだ轢かれたダメージで倒れている。

 メタルイーターは天井から、爪を離し自由落下する。

 その下はフラミーさんだ、ボクは迷わずフラミーさんに駆け寄り、魔法を詠唱した。


 「くっ、《聖なる壁(ホーリーウォール)》!」


 聖なる壁がボクとフラミーさんの真上に顕現した。

 気休めだけどどうか、ボクは必死に歯を食いしばる。


 「ぐううう!?」

 「シュルル?」


 なんとか受け止めた、だけどそんなに長くは保たない!

 ボクはフラミーさんに手を伸ばす、フラミーさんはフラフラと起き上がった。


 「う、あ……逃げて、ください!」

 「うぅ、マール様を置いて、など……!」


 フラミーさんは頭を手で押さえる。

 痛いのか、それとも?

 彼女の瞳は爬虫類めいて収縮している、竜の瞳だ。

 彼女は()えた、もう何も奪わせないと。

 直後、聖なる壁が決壊する。

 メタルイーターの巨体が降ってきた。


 「もう、ダメ……」

 「やらせない、お前なんかにマール様も、小官の誇りもやらせるものかーっ!!」


 フラミーさんの身体が赤く輝く。

 赤光が薄暗い洞窟を染めあげる。

 メタルイーターは自由落下するのみ、どの道踏み潰せば問題は無い。

 だがしかし、メタルイーターの巨体がボクを踏み潰すことはなかった。

 何故ならボクの傍には赤い鱗のドラゴンがメタルイーターを受け止めていたからだ。


 「シュルル!?」

 「ギャオオオオオオオオッ!!」


 レッドドラゴンはメタルイーターを投げた、メタルイーターは受け身も取れず大きな震動を伴って転がる。

 さながら何をされたという顔だろう。

 正直言えばボクだって理解出来ない。

 ただレッドドラゴンはボクを見下ろしていた。


 「ふ、フラミーさん、なの?」

 「ギャオ」


 レッドドラゴンが頷く。

 やっぱりフラミーさんだ!

 理由はわからないけれど、これは魔法なのか?

 それともクロと同じ神気(アルカナム)の奇跡だろうか。

 【竜変身(ドラゴンインストール)】とでも言えばいいのか、ただフラミーさんは雄々しくメタルイーターに向かって吼える。


 「ギャオオオオオン!」

 「シュルル……モルモルーッ!」


 メタルイーターも負けていない、短足な後ろ足で立ち上がると、両手を振り上げて威嚇する。

 体格はややフラミーさんの方が大きいか。

 フラミーさんとメタルイーターは同時に突っ込む。

 頭と頭がかち合うと、押し合いが始まった。

 体格で勝るフラミーさんが、上から抑え込むが、メタルイーターは爪を竜の鱗に突き立てた。


 「ギャウウウッ!?」

 「まさか!? レッドドラゴンの鱗を砕くなんて!?」


 鋼鉄にも勝ると言われる竜の鱗にメタルイーターの岩盤さえも砕くスコップ状の爪が勝る。

 フラミーさんはもだえ苦しむ、たまらず火炎の息吹(ファイアブレス)を浴びせた。


 「モッルーッ!」


 メタルイーターは炎にも負けず、レッドドラゴンを押し倒す。

 メタルイーターの硬い皮膚はどうやら熱耐性も相当のものなのだろう。

 だが、それでもフラミーさんは、レッドドラゴンは立ち上がる。


 「頑張ってフラミーさーん!!」


 ボクは思いっきり声を上げて、声援を送る。

 フラミーさんはボクを見ると、微笑(ほほえ)んだ気がした。

 思いっきりドラゴンに寄った姿、だけど今の彼女はとても安定している気がする。

 フラミーさんは再びメタルイーターに向かうと、今度は爪攻撃だ。

 メタルイーターは顔に爪攻撃を食らうと怯む。

 連続攻撃だ!


 「ギャオオオオオ!」

 「シュルル、シュルシュルー!」


 メタルイーターは堪らず、爪で弾いた。

 こちらの爪も強力だ、さながら二人の重装騎士が剣戟(けんげき)を繰り返すように、打ち合う。

 キィンと、甲高い音が鳴ると火花が散り、致命打を狙い合う。

 数合打ち合う中、拮抗を制したのは……フラミーさんだ!

 フラミーさんの爪がメタルイーターの胸部を切り裂く。

 呻くメタルイーター、しかし肉を切らせて骨を断つように、メタルイーターの爪もフラミーさんの胸に突き刺さる。


 「ギャオッ!?」


 燃え盛るような血液が口から零れ落ちた。

 ボクは思わず口元を両手で抑える。

 負けた、のか?

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