第117ターン目 パイロワームは 燃え盛る火炎を 放った
洞窟は二人なら問題なく横並び出来る広さがあった。
でもアチチモンキーはともかくこれだとヴォルカニックヒヒが入れないね。
そもそもなんで錫杖が盗まれたんだろう。
アチチモンキー達にとってキラキラした物に価値があるそうだけれど。
「うーん、見張り、いないですね」
洞窟は一本道で、直ぐに木製の扉が立ちはだかった。
ボクは思いっきり訝しむ。
「所詮アチチモンキーの浅知恵であります」
「だけどアチチモンキーが扉なんて作るのかな? うーん?」
どうしてもアチチモンキー達が宝物庫に鍵を掛けるという発想があるのか疑問だ。
手先は器用かも知れないけれど、これはそういう次元を超えているような。
「やっぱりダンジョンマスターが作ったんでしょう、ね……!」
ボクは言いながら扉を押してみた。
しかし木製の扉はビクともしない。
じゃあ引けばいいんだろうか。
「退いてくださいであります、マール様」
「え?」
フラミーさんは拳を握ると、思いっきり振りかぶる。
そして問答無用で殴り抜けた。
どんがらがっしゃーん! と、まるで家の中をひっくり返したような音がする。
木製扉は固定していた金具ごと、吹き飛び破砕した。
な、なんという荒っぽい解錠方法。
「す、凄いねフラミーさん」
「お褒めに預かり光栄であります」
フラミーさんは少しだけ笑顔になった。
けれどまだ表情が硬いな。
恐らくなにか苦しんでいる、けれど今のボクにはどうしようもないのかも知れない。
ボクはただ、豊穣神様の教えに従い、寄り添い守り、癒やし、救うのみだ。
「とりあえず中を確認しましょうか」
ボクは破砕した扉の残骸を踏み越える。
中は丸い部屋だ、そしてとても広い。
何より、その先に分岐路があった。
「二つですか、道が二つ?」
「……ッ、マール様後ろに!」
「えっ?」
突然地面が揺れだす。
部屋の中央から巨大なワーム状の魔物が上半身を出す。
赤い体色、【タイラントワーム】よりも僅かに小さい。
「確か資料で見ました、【パイロワーム】です!」
冒険者ギルドでこれまでかき集められた魔物達の知識、魔物図鑑にこの魔物は記載されている。
大きな体躯も危険であるが、何よりこいつは。
「シャアアアアアアアア!」
パイロワームは口元からマグマのような粘性のある炎が垂れ落ちる。
《燃え盛る火炎》と言われるその炎は、食らうと致命傷だ!
「やられる前にやるであります!」
「くっ!」
パイロワームは火炎弾をフラミーさんに放つ。
フラミーさんはお構い無しに直撃し、そのままパイロワームの首筋に噛み付いた。
「て、え? フラミーさん!?」
「あぐぅ! お前なんかに小官はぁっ!」
「シェアアアアア!?」
フラミーさんに噛みつかれ、肉の一部を持っていかれたパイロワームはもだえ苦しむ。
派手に暴れると、天井の一部が崩落してきた。
ボクは頭を隠しながら、フラミーさんの様子を見る。
崩落した一部が、フラミーさんの頭部に当たり、怯んだ。
その隙にパイロワームは穴の中に隠れてしまう。
「フラミーさん、頭に怪我を……」
「これくらいへっちゃらであります!」
本当にへっちゃらだろうか?
ボクはダメージよりもむしろ、フラミーさんの興奮した様子が心配だった。
荒っぽく身体を上下に揺らし、口元から火が溢れる。
今の彼女は人間というよりもむしろドラゴンだ。
人のカタチをしたドラゴン?
「ううううう! 隠れてないで出てこいであります卑怯者!」
穴に向かって罵倒するも、果たしてパイロワームに恥などあるのだろうか。
知能はある程度あるだろう、だから奇策を講じる。
「フラミーさん、穴から離れて!」
ボクはフラミーさんの手を強引に引っ張る。
彼女は興奮した様子で暴れて抵抗した。
その間にも、穴から無数の火炎弾が噴火するように発射された。
「もう間に合わない! 豊穣神様、か弱き子羊をどうかお守り下さい《聖なる壁》!」
なんとか、聖なる壁を形成し、火炎弾から身を守る。
とはいえ錫杖無しだと、流石に壁が薄いか……!
「ううう、ううううう! おのれこの程度小官に通用すると思うなでありますー!」
「落ち着いてフラミーさん! パイロワームも必死だ、チャンスはあるから!」
「ええい! 邪魔をするな小官はっ!」
「うわぁ!?」
フラミーさんは興奮して爪でボクの顔を切り裂いた。
ボクは驚いて尻もちをついてしまう。
痛い、まるでクロに全力で引っかかれた時みたいだ。
「う、あ……? しょ、小官はなにを……?」
「痛、もう、落ち着きましたかフラミーさん?」
火炎弾の乱射は終わる。
ボクは聖なる壁を解除すると、手で顔に触れてみた。
うぅ、頬に鼻、目の下まで裂かれている。
触ると痛いなぁ、直ぐに治療しないとだけど。
「ご、ごめんなさい、であります……小官そんなつもりじゃ……」
「フラミーさん、ボクは敵ではありません、ボク達はパーティです。大丈夫、必ずフラミーさんは見捨てませんから」
ボクはなるべく笑顔でそう返した。
まぁそれに引っかき傷はこれが初めてじゃないですしね。
「うぅ、小官はもう、パーティにはいるべきじゃあ」
「ドラゴンだからですか?」
ビクン、フラミーさんは表情を青くして全身を震わせた。
ボクはクスリと微笑む、こんなに可愛いドラゴンさん、他にはいませんよ。
「ボクは魔物は今でも怖いです、ドラゴンは勿論怖い。でもね……ボクはフラミーさんを信じますよ」
「どう、して……? 小官、自分がなんなのかさっぱりわからないであります! このままではきっと良くないことが!」
「だからボクが付いています」
ボクは彼女の手を熱く握り込んだ。
フラミーさんは黄色い瞳から、大粒の涙を零す。
「やっぱり意味がわからないであります、何故そこまでして?」
「大切な仲間ですから」
そう、疑いようのない事実だ。
フラミーさんはドラゴンの性質が強い。
ドラゴンとしての技を使えば使うほど、彼女はドラゴン化してしまう。
それでもドラゴンにフラミーさんを消すことは出来ない。
ボクは魔女さんが言った喩えを思い出した。
――フラミーと竜はスクランブルエッグなの。
もう分解できないほど混ざってしまった黄身と白身はフラミーさんとドラゴンの関係性。
ドラゴンがいくらフラミーさんを薄めても、消すことはもう不可能なんだ。
「貴方がドラゴンであっても、ボクにとってはフラミーさんです。結局同じなんですよ」
「そんなの詭弁であります! 小官は危険分子となる可能性があるでありますよ!」
「じゃあ……ボクを殺せる?」
「そ、そんなこと出来る訳ないでありますっ! もうマール様、真面目な話でありますよー!」
ボクはポンポンと彼女の頭を叩いて、優しく撫でて上げた。
随分立派な角だなと思う、竜人たる赤黒い角は雄々しく立っている。
彼女は呆然と立ち尽くしたまま、やがてぷるぷると震えだす。
そのまま彼女は子供みたいに喚いた。
「もうこれ以上優しくしないででありますー! 小官はマール様を裏切りたくない! あーん!」
盛大に泣いてしまった。
不味いな、女の子を泣かせるなんて、ボクとしたことが。
豊穣神様、こういう時どうするべきでしょう?
「……うん。やっぱりボクは治癒術士だもんな」
やっぱりボクもこういう時は大馬鹿者なのかも知れない。
今彼女は自分を嫌いになっている。
そんな時治癒術士はどうするべきか、当然励ますんだ。
寄り添い守るって、そういうことですもんね。
「フラミーさんは裏切りませんよ」
「ぐすっ! でも顔の傷……」
「後で治療しますから平気です」
「小官、また傷付けるかも知れないでありますよ?」
「構いません、その度にフラミーさんに戻しますから」
「……小官は、わ、私は……マール様の側に居てもいいの……?」
「どうぞ、よしなに」
フラミーさんは問答無用でボクに抱きついた。




