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第114ターン目 スクランブルエッグの 魂

 ボク達は錫杖を持ち逃げしたアチチモンキーの群れを追いかけた。

 先行してフラミーさんが取り戻す為に凄い速度で飛んでいく。


 「一人じゃ危険よーっ!」


 魔女さんが叫ぶも、フラミーさんには届かない。

 こうなると急いで合流を目指さないといけないけれど。


 「はぁ、はぁ登ったり降りたり、アチチモンキーはよくあんな速さで」

 「そりゃ根っからの山育ちなんでしょ?」


 皮肉にも隣を走る魔女さんの息は上がっていない。

 相変わらずボクが一番体力無いのは恨めしいなぁ。

 とはいえ一朝一夕で体力は身に付かない。

 せめてハンペイさんみたいな細マッチョを目指しているんですけどね。


 「それにしてもフラミーさん、どこに行ったんでしょう?」

 「マル君、アチチモンキーの倒れた姿があるー、きっとあの山の向こうだ!」


 ちらほらと、倒されたアチチモンキーの姿があった。

 勇者さんが指差す先は、もう一つ火山が聳え立っている。

 げんなりする勾配だな……苦しくても弱音は吐けないか。


 「急ぎましょう」

 「無理のない範囲でねー」

 「カムアジーフ殿の言うとおりですな」


 ポンポンと、魔女さんはボクの頭を叩く。

 むぅ子供扱いされるのは嬉しくない、だけどハンペイさんにまで言われたら応じるしかないじゃないか。


 「フラミーさん、無事でしょうか?」

 「たかがアチチモンキーに遅れを取るかしら?」

 「油断は禁物であるが、フラミー殿を信用してもいいでしょう」

 「あの子は人族であり赤竜だもの、格が違うわよ」


 人であり竜である。

 ボクはどうしても気になってあることを聞いた。


 「フラミーさんは人なんですか? それとも竜なんですか?」

 「どっちもよ、だから【竜人(ドラゴンニュート)】」

 「だとすると……フラミーさんは竜で、竜がフラミーさん?」


 うーん、駄目だ。

 ボクは頭がこんがらがると、首を振った。


 「にゃあ、一体何が気になったのにゃあ?」

 「うーんとね、フラミーさんって竜でしょう? じゃあ竜はフラミーさんなの?」

 「だーかーらー、同一なの! そうねぇ例えるならフラミーと竜はスクランブルエッグなの」


 グチャグチャにかき混ぜられた卵を想像する。

 魔女さんは黄身をフラミーさん、白身を竜に喩えた。


 「もう二つは魂レベルで混ざっているのよ」

 「だとしたら竜の意思は無いんでしょうか?」 

 「竜の意思……か」


 今までフラミーさんは、確固たる【フラミー・ローラヘン】としてのパーソナルを有していた。

 ボクもそれに疑問は無いけれど、ふと思ったのは、じゃあ竜はどこに行ったのか。

 彼女は極当たり前に翼を使い、竜の息吹を放つ。

 ボクには全く想像のできない姿だ。


 「自分が誰かなのか、重要なのは自分が決めるんじゃないかなー」


 先頭を行く勇者さんは、そう(つぶや)いた。

 ちゃんと聞いていたのか、勇者さんは自我を己の物であるというのが大事だと説く。


 「遺憾ながら鎧の悪魔に同意ね、そうじゃなきゃとっくに魔物に成り下がっていたわ」

 「えっ? 魔女さんがですか?」

 「そーよ、だから私らしくやって、自分を人側に寄せてるのよ」

 「にゃあ、大変にゃあねぇ魔物の身体も」

 「猫になるよりマシよ」

 「にゃあ! 喧嘩売っているのかにゃあ!」

 「うー!」


 もう、相変わらずクロと魔女さんは奇妙に仲が悪い。

 カスミさんも(あき)れたように仲裁する。


 「二人とも、仲良く出来ないと、メッですよ」

 「ううっ! マールってば笑顔で怒るから怖いっ!」

 「あのお優しい治癒術士殿を怒らせる方が余程と思いますが」


 そういえばまだハンペイさんの前で怒ったことはないっけ。

 ボクも怒りたい訳じゃない、なるべく温厚でいたいさ。

 そうさせない問題児がいるんだから大変だよ。


 ズズゥゥゥゥン!


 「んー、振動ー?」


 遠くから地鳴りがした。

 地鳴りはどうも、次々と増えていくアチチモンキーの死体の奥のようだ。

 ボクは皆を見回すと、皆も頷いた。

 ボクは足を速める。

 やがて見えて来たのは大量のアチチモンキーと、その中央に立つ巨大なヒヒの怪物だ。


 「な、なにアレ!?」

 「かなりデカイわね!」

 「ヴォルカニックヒヒだっ! アチチモンキーのボスだよ、きっとー!」


 ヴォルカニックヒヒ、初めて目撃した魔物だ。

 魔物図鑑には載っていただろうか、記憶にはないな。

 未発見の新種の可能性もあるか、警戒しないと。


 「う、うぅぅ……マール、様?」

 「その声……フラミーさん!」


 ボクは声に気付くと、直ぐに地べたに倒れたフラミーさんの下に駆け寄った。

 フラミーさんの姿は傷付いていた、だがあまり重症ではない?


 「立てますかフラミーさん、無理なら《治癒(キュア)》を使いますが」

 「か、構わないであり、ます……!」


 フラミーさんはよろよろと立ち上がる。

 見兼ねてボクはフラミーさんに肩を貸すが、彼女は「ヒィ!?」と悲鳴を上げて、ボクを突き飛ばした。


 「(いた)っ!? ふ、フラミーさん?」

 「あ、これはちが、違うのであります! ただ驚いただけで……!」


 フラミーさんも女性だ、きっと気恥ずかしかったのだろう。

 ボクは反省する、彼女は立ち上がると気まずそうに(うつむ)いた。


 「ごめんなさい、驚かすつもりではなかったんですけれど」

 「ま、マール様の責任ではないであります! そ、それより錫杖が!」


 錫杖? アチチモンキーの集団の中、一匹のアチチモンキーがヴォルカニックヒヒに錫杖を(うやうや)しく差し出していた。

 ヴォルカニックヒヒは錫杖を指で摘むと、目元に持っていき品定めする。


 「ッ! それを返せでありますっ!」


 まだ万全じゃない、にも関わらずフラミーさんは飛び出した。

 目指すはヴォルカニックヒヒ、だがヴォルカニックヒヒも負けていない。


 「ウッキャアアアアア!!」


 大絶叫、それは衝撃波となってフラミーさんを吹き飛ばす。


 「あれは咆哮(ハウリング)にゃあ!」


 【咆哮(ハウリング)】、だけど威力はクロのそれとは段違いだ。

 ボク達にまで被害は及ぶほど、これは迂闊には近づけない。


 「フラミーさん落ち着いて!」

 「ううう! 落ち着いているであります!」


 駄目だ、全然落ち着いていない。

 こんなに興奮している彼女は初めて見た。

 一体ボクの錫杖が何故そうさせる。

 ともかくだ、一旦なだめる必要がある。


 「フラミーさん、退くよ! 皆撤退!」

 「なっ!? 敵前逃亡するでありますか!?」

 「態勢を整えるんです! ちょっと落ち着いてフラミーさん」


 ボクはフラミーさんの手を掴むと、その場から後退した。

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