第12ターン目 イート ザ ミート
「モグモグ、それにしても……よく塩が手に入りましたね」
「あー、【オーク】がたまに落とすするでしょ、本当走り回ったよー」
「あ、あはは……」
魔物とはいえご愁傷様です。
オークは、かなり危険度の高い魔物……または亜人種と言われる。
その性質は極めて残虐で、冒険者の皮を剥いで頭蓋を飾るという。
ボクだと絶対身震いして、即座に逃げだすだろうけれど、やっぱり勇者さんは強いな。
「ごちそうさまです。豊穣神様、この恵みに感謝します」
ボクは肉串を平らげると、豊穣神へ祈りを捧げる。
祈り終えると、今度は勇者さんだ。ボクは座り直すと。
「本当にありがとうございます。勇者さん」
「良いって! それより味は問題ない? 俺味見出来ないからさー?」
「とても美味しかったです。あれなんです? なんとなく鳥肉のように思えたんですけど」
「ポイズンフロッグだよ」
「……」
「………?」
「………………」
「おーい、マル君、おーい?」
ボクは白目を向けて気絶していたらしい。
それほど衝撃的だった。
まさかボクが食べたのが魔物だったなんて。
でも本当に美味しかった……毒とか大丈夫なのかな?
§
「あああああああぁ! ボクはなにをしたんですかぁぁぁあ! 魔物を食べてしまうなんて!」
「だって性がないじゃん、飲み食い無しで脱出なんて無理だし、そうなると魔物でも食べないとさー?」
「だ、だからってなんでポイズンフロッグなんですか! それって階段に居た魔物ですよね!?」
「うん、大爆発に巻き込まれて良い具合に、バラバラになっててさ」
「うぷっ、一瞬でも勇者さんに感謝したボクが悪いんですね」
思わず吐き出しそうになった。
ただ勇者さんの言い分にも納得するものはある。
人間が休むことなく動けるのは三日が限界、しかも体調は一日で急激に悪化する。
可能な限り、十分な休息と食事は必須なのだ。
現状、ボクもまだ万全じゃない。
その証拠にクロが目覚めないんだ。
ボクの魔力供給が足りていないから、やっぱりちゃんとした宿屋で休まないと、難しいんだろう。
「だいたいなんでポイズンフロッグなんですか? よりにもよってなんで毒蛙なんですか!?」
「大丈夫、ポイズンフロッグの毒は内蔵にしかない、それを汗みたいに皮膚から分泌するんだ」
あっけらかんと仰られると、ボクももう泣いていいのか怒っていいのか、さっぱり分からなかった。
ただ今は生きている、少しだけ活力も取り戻した。
「はぁ……次からはちゃんと相談してください」
「はーい」
まるで子供を相手している気分だ。
質の悪いことに、この階層の誰よりも強い子供だけど。
「魔女さんは……あぁ」
ボクは魔女さんを見つけると、直ぐに駆け寄った。
魔女さんは全身が重度の火傷、皮膚がズタズタで、人間ならまず助からない重症だった。
火傷は皮下脂肪にまで届いているようだ、この症状は火災で亡くなる人で見たことがある。
「どう? 治せそう?」
「通常なら、これは医療神の加護を持った方でもないと、難しいです」
ただ、恐るべきことに魔女さんは生きている。
それどころか少しずつ再生しているようだ。
魔物には【トロール】という再生力の高い魔物もいる。
トロールは生半可なダメージは意味がなく、倒すならオーバーキルする必要があるのだ。
魔女さんはトロール程じゃないにしても、自己再生能力があるなんて、やっぱり魔物の身体は神秘的で凄い。
「……っ」
「ああ、動かないで。今治療しますから」
魔女さんは視線だけをボクに向けた。
なにか喋ろうとしたようだけど、喉が焼かれて声が出ないようだ。
無理もない、爆心地の中心にいたんだから。
「豊穣神様、この哀れな子羊に救いの手を《治癒》」」
ボクは豊穣神様に祈りを捧げると、治癒の魔法を行使する。
ボク自身の魔法じゃ、この大怪我は治すことができない。
でも再生力と相乗効果を狙えば、あるいは。
「あ、く……」
目論見通り魔女さんの身体は急速に快復しだした。
人間ならば後遺症が残るかも知れないけれど、魔物の身体ならそれも無さそうだ。
「魔女さん、ボクが分かりますか?」
「マール、でしょ……ありがとうね」
ボクは大きく安堵の吐息を吐いた。
魔女さんは起き上がると、まだ頭が痛いのか、手を頭に当てている。
「まだ痛みますか?」
「ええ、けどまぁ……これくらいなら問題ないわ」
「魔物の身体に感謝ですね」
「……魔物、絶対に認めたくなかったけど、本当に私は魔物と化したのね」
魔女さんはとても悲しそうに、首を振った。
自分に強い誇りがあり、確固たるパーソナリティが備わっているからこそ、彼女は自分が魔物であることを心が否定していた。
ボクも気持ちは理解る。気がついたら魔物になっていたなんて、それこそ死にたくなるくらい辛いだろう。
「とにかくマール、ごめんなさい世話を掛けて」
「いえいえ、持ちつ持たれつですから」
魔女さんは気丈だから、辛い時でもボクのように泣いたりしない。
ただ相当ショックは受けているようだ。
「痛い勉強代だったわ」
「【ゾーンイーター】は確かに炎が弱点ですけれど、あれほど密集していると、もはや火薬庫ですからね」
「次からはマールにちゃんと聞くわ」
「あはは、ボクよりも勇者さんの方が物知りですがね」
自称だけど勇者さんは、魔物に対して凄い知識を持つ。
本当に何者なんだろう?
「はぁ、この私が足を引っ張るなんて」
「気にしないでください、生きているだけで御の字なんですから」
「はいはーい、カム君もなにか口にした方がいいんじゃない? 俺特製肉串ー」
ボクはぎょっとする。
まさかストックがあったのか!
「あら、気が利くじゃない、いただくわ」
「だ、駄目ぇ! これってポイズンフロッグですよね!?」
「うん、モモ肉」
「部位を聞いているんじゃあないっ! 傷心中の女性になんて物を差し出すんだ!」
ボクは急いで魔女さんから串を奪おうとした。
しかし、余程空腹だったのか、魔女さんはもう半分食べた後だった。
「……ポイズンフロッグ?」
魔女さんは目を丸くして固まっていた。
とっても美味しいけど、味に騙されてはいけない。
魔女さんはホロホロと涙を零すと。
「わ、あ。泣いちゃった」
「………だ」
「ふえ?」
「ヤダヤダヤダー! もうヤダーっ! お家に帰りたい! なんで私ばっかりこんな目に合わないといけないのよーっ!」
気丈さが、完全に決壊している。
魔女さんは両手両足を駄々っ子のように振って、この世の不条理に嘆く。
恥も外聞もない、大人の女性が絶対に見せてはいけない本性だった。
「ポイズンフロッグだって、ちゃんと美味しいだろう? 食べられるんだから、ちゃんと感謝しないと」
「お黙りなさい勇者さん」
「アッハイ。サーセン」
ボクは凄みを効かせて、勇者さんを黙らせた。
どうしてこの人は傷口に塩を塗るような真似を。
やっぱり鎧の悪魔なんだろうか?
「魔女さん、落ち着いてください」
「ひっく、ひっく! もう無理〜……。なんで魔物を食べなくちゃいけないのよ、しかもまた自分の不注意じゃない……こんなガバ認められない!」
魔女さんは上半身を起き上がらせると、両目を手で抑えて号泣する。
気持ちは痛いほど理解る。
とりあえず魔女さんも人の忠告はちゃんと聞いてほしい。
「ほら、まだ半分残ってる」
「この外道! 空気読めないんですか!? なんで泣いていると思っているんですか!?」
「美味しかったから?」
「………………はぁ」
駄目だ。もう溜息しか出ない。
こんな光景孤児院で何度も見てきたぞ。
好奇心旺盛な悪戯っ子と、泣き虫駄々っ子だ。
ボクも院長先生のお仕事手伝っていたから、この二人に既視感しかない。
「ボクがしっかりしないと……!」
ボクはより一層、決意を固めるのだった。