第112ターン目 冒険は 一難去ってまた一難
ボク達を載せたままアーマルガンは溶岩流の中を進む。
周囲は灼熱の溶岩、降りられる場所はないか探るが、どうにも出来ず途方に暮れる。
「どうしましょう……?」
「アーマルガンが止まるのを待つしかないねー」
「このアーマルガンっていう魔物は熱くないのかしら?」
とりあえず危険な魔物の姿も無くなったことで、魔女さんはアーマルガンの頑丈な背中を杖で小突いた。
勿論その程度ではビクともしない、文字通りボク等はアーマルガンにとってノミ同然だ。
背中で戦闘が起きてもお構い無しなのだから、正に存在格が違うのだ。
「まぁ大体のアーマルガンはのんびり屋だからねー」
「これだけ巨体なら天敵もいないでしょうし、この岩のような皮膚、どうなっているのかしらね?」
「まぁお陰で敵に回さなくて良かったけどにゃあ」
戦闘後、自然と目覚めたクロはもうどうとでもなれ、とその場に寝転んで毛繕いを始める。
猫らしい自由さだ、ついでにアーマルガンの背中で爪研ぎまでする始末。
「しかし我々は何処に運ばれているのでしょうな?」
「うー?」
ハンペイさんも座禅を組み、非常に落ち着いていた。
慌てたところでどうにもならない、ということでしょうか。
「主人もちょっと落ち着くにゃあ。別にアーマルガンは襲ってくる訳じゃにゃいんだし」
「うん……でも何が起きるか分からないのがダンジョンだし、それに」
ボクは頭上を見上げた。
暗雲が覆ったダンジョンの天井に今もフラミーさんが飛んでいる。
空には極楽鳥や火精のような魔物もおり、決して安全とはいえない。
「正に前途多難よねー、まぁ今に始まっちゃいないけれど」
「そうだねー、ここまで俺達波乱万丈の冒険だもんねー」
その冒険も、ここで終わっちゃうかも知れないのに、魔女さん達は呑気なものだ。
ボクは首を横に振り前を向く、これじゃいけないよね。
せめて頭首のボクくらい、しっかりしないと。
「うー……!」
「っ、敵襲ですかカスミさん?」
ボクは直ぐに周囲を警戒する。
だが周囲に敵影はない。
一体どこから来る、ボクは注意深く待ち構える。
「ちょ、正面! 進行方向よ!」
魔女さんが慌てたように叫んだ。
何事かと、アーマルガンの前方を見ると、もう一匹同じくらいの大きさのアーマルガンが現れる。
「ドオオオオオオオ!」
「ドグラアアアアア!」
突然アーマルガンの背中が大きく縦揺れする。
二匹のアーマルガンは興奮していた。
ボクは振り落とされないように必死に持ちこたえる。
「な、何が起きたんですか!?」
「わかんないー! それよりマル君手を!」
勇者さんが手を差し出す。
ボクはその手を取った。
魔女さんは帽子が飛ばないように手で押さえながら、状況を分析する。
「もしかしてだけど……、アーマルガンの縄張り争いに巻き込まれたんじゃあ!?」
魔女さんのまさか、それは真実かも知れない。
事実二匹のアーマルガンは正面から頭をぶつけ合う。
まるでどっちが強いか比べ合うように。
ボクはこの光景に見覚えがあった。
シカのオスが角をぶつけ合う決闘だ。
「不味いっ! 揺れるわよーっ!」
さながら山と山がぶつかりあった。
決して速い動きではないが、その大重量からくる衝撃は僕等を蹂躪するのに十分だ。
「にゃにゃっ!?」
クロが浮かぶ、宙でじたばた藻掻くクロにボクはなんとか手を指し出す。
クロはボクの腕にしがみつくと涙目だった。
「し、死ぬかと思ったにゃあ」
「ま、まるで暴れ馬だね……!」
「そんな可愛いもんじゃないにゃあああ! 震える山そのものにゃあよ!?」
「きゃあ! クロちゃん言い得て妙! とにかく、振り落とされたら一貫の終わりだから!」
「うー、うっ!?」
言っている側から、今度はカスミさんが態勢を崩した。
カスミさんは必死にアーマルガンの背中を掴もうとするが、指が滑り上手くいかない。
堪りかねて兄のハンペイさんが飛び出す。
「なにをやっておるカスミ!」
「うー……」
なんとか間一髪、ハンペイさんはカスミさんの手を掴んで、踏みとどまる。
とはいえ余談は許さない。
アーマルガンの争いは増々激化を辿ろうとしているのだから。
「ドオオオオオオオ!」
地鳴りのような咆哮と同時、急にアーマルガンの背中が持ち上がり始めた。
ボクは不味いと顔を青くする。
「う、嘘でしょう!? この巨体で立つのっ!?」
「ええい! 間に合え《跳躍》!」
二匹のアーマルガンは後ろ足だけで立ち上がろうとしていた。
このままではボク達は溶岩の海にドボンとジ・エンドだ。
魔女さんは跳躍の魔法を唱えると、ボクの身体は光に包まれ、一瞬でゴツゴツした岩山の上に跳んでいた。
「こ、ここは?」
慌てて周囲を見回すと、皆の姿もある。
遠くには二匹のアーマルガンが激しくぶつかり合う姿が見えた。
「魔女さん、助かりましたー、はぁ」
「けどこんな魔法があるなら、早くやっておけば良かったんじゃー?」
勇者さんの不満も最もだ。
だけど対する魔女さんは、ふんっと鼻を鳴らすと言い返す。
「精神力の節約よ、なにがあるか分からないもの」
「どうせアーマルガンの生態が気になったんだろうー?」
「うっ、だってアレだけ巨体なのに歩けるのよ? 自重の重さをどうやってクリアしているのか気になるじゃない」
どうやら根っからの研究者気質が裏目に出たようだ。
魔女さん興味無いことにはとことん無関心だけど、興味を持つとのめり込むもんなぁ。
天才って、天災と紙一重ってか。
「ともかく助かりました。一度フラミーさんにも戻って来てもらいましょう」
「そうね、それ位なら私がやるわ」
皆を危険に晒したことに責任でも感じたのか、連絡は魔女さんが買って出る。
彼女は再び魔法を唱えた。
「《打ち上げ花火》」
パン、パンパン、と光の玉が打ち上げられる。
光は上空でパァンと音を立てて満開の花のように広がった。
「光通信かいー?」
「なんかあるって、気付くでしょう」
「魔女って変な魔法もいっぱい覚えているにゃあねぇ」
「興味あるなら教えてあげるわよ、クロちゃんなら直ぐに覚えられるわ」
「遠慮するにゃあ、猫が花火上げてなにが面白いにゃあ」
それよりもクロとしては、もっと利便性の良い魔法を習得したいだろう。
綺麗な花火よりも、実利という辺り、現実主義者だ。
「さーて、フラ君ちゃんと気づくかなー」
「無理であるなら某が矢文を」
「うー」
赤い影が近づいてくる。
カスミさんはいち早く気づいて指差した。
フラミーさんだ、花火に気づいてくれたみたい。
とりあえずもう一度どう動くべきか相談するべきだろう。
ボクは息を吐いて、錫杖を手繰り寄せようとする……が、出来ない。
「えっ? 錫杖に悪さするのは誰です?」
「ウキ?」
錫杖を握る赤い毛の小猿がボクを見上げ、首を傾げる。
アチチモンキーだ、その子供かな?
「あの、悪さしちゃ、メッですよ! ああっちょっと!」
「なにやってんのよ、マール、そんな奴――」
「ウキキ?」
「ウキャー!」
「ウッキー!」
えっ? 気がつくと周囲はアチチモンキーの群れに取り囲まれていた。
アチチモンキー達の視線は様々だ、好奇だったり、怒りだったり。
ただボクが顔を青くするには十分過ぎて、彼等は一斉に飛びかかってきた!
「モンゲーッ!!」
「うわぁ!? ど、どうするんですかー!?」
「ああもう、こうなったら大魔法で!」
「《にゃおおおおん》! サルが粋がるにゃあああ! 《にゃおおおおおおん》!」
クロは咆哮でアチチモンキーを追い払う。
アチチモンキーもクロの咆哮には怯み、一斉に逃げ出した。
「行ったか……災難であったな」
「あ、ああぁあ」
「マル君?」
ボクは顔面蒼白のままアチチモンキーの背中を見た。
アチチモンキーが掲げる錫杖を見つめたまま。
「それ……か、返して下さーい!」




