第110ターン目 炎と 硫黄の 香り
「ふわあー……これは火山?」
階段を降りていくと、見えてきたのは燃え滾る溶岩の川であった。
噴火する火山がいたるところにあり、空は暗雲で覆われ、あまりの異質さに驚かされる。
ボク達は慎重に進むと、頭上から「ギャオオオオ」という野太い鳴き声が聞こえた。
見上げると、全身を燃やした【極楽鳥】が飛んでいる姿がある。
「……嫌な臭いね……この硫黄臭」
「えー、どんな臭いだろー、温泉みたいなー?」
魔女さんは嫌そうに鼻を摘んだ。
一方勇者さんは臭いも分からないから、温泉を想像したようだ。
「火山の近くは良質な鉱泉が湧く筈だ、実際温泉と火山は近しいぞ」
「へぇーそうなんですね」
ハンペイさんの薀蓄にボクは感心する。
この地域には火山は無いからイマイチ想像出来ないけれど。
――ともかく、ボクはようやく、初めてこの第五層【火山エリア】へと辿り着いたんだ。
前回同じ階層にある【海上エリア】ではえらい目にあったものだ。
こちらもあからさまに危険そうで、気を引き締めるには充分だろう。
「それでは警戒しながら、階段を探しましょう」
ボクは皆を見てそう言う。
ここまでついてきてくれた仲間達だ、願わくば誰一人落伍者を出したくないな。
「にしたって、今度は火山って……ダンジョンって奴はどうなっているのよ」
「じゃあ海上エリアの方が良かったかにゃあ?」
「絶対に嫌、あのルート二度と行きたくない!」
「カムアジーフ様にトラウマを与える程とは……」
「あ、あはは」
ボクは苦笑する。
本当に海上エリアの方は厳しい冒険だった。
ボクなんて魂まで奪われたし、もう散々だ。
それに比べてこちらはどうか……マシだと思いたいなぁ。
「ねぇねぇマル君」
「はい? どうしました勇者さん?」
突然勇者さんがボクの肩を叩いた。
一体なにがあったんだろうか。
彼は山肌の少し高い場所を指差した。
「うん……?」
ボクは目を細めると、なにかがいる気がした。
けれどちょっとボクの視力じゃわからない。
なにかが居るっていうのはわかるんだけれど。
「なんですか、小さいのがいますけれど」
「あぁ、【アチチモンキー】の方じゃなくて」
あれってアチチモンキーっていうのか。
なんだか三匹くらいたむろして、こっちを見ている気がする。
なんとなく炎属性だろうなぁ。
「俺が言っているのはそっちじゃなくてー」
その時、指差している山肌が動き出した。
ボクがビックリしていると、それはまるで岩石を背負った四つ脚の獣だった。
背中にアチチモンキーを載せたまま岩石の獣はマグマの海に入っていく。
「……な、なんですかあの魔物?」
「アーマルガンっていう魔物だよ、凄いよねー」
「はい……とても大きくて」
「因みにアレ子供だよ、更に言うと竜種」
「こど……っ!? ていうかドラゴン!?」
ドラゴンの一種なのかアーマルガン……見た目じゃ想像がつかない。
それにしても子供であのサイズなら、大人はどんだけデカイんだろう。
「性格は大人しいから大丈夫だと思うけど、気をつけようか」
「そうですね……」
思わず立ち止まってアーマルガンが溶岩の海を渡る姿を見入ってしまう。
身体が相当重いのか、動きはゆっくりだ。
腰を下ろしていると山かと思った。
本当に魔物って不思議だな。
そんな魔物にすごく詳しい勇者さんはもっと不思議だけれど。
「勇者さんは世界中を旅したんですよね」
「うん、そだよー」
嘘か真か、勇者さんは本当に生前大冒険をしたらしい。
黄金郷なる場所を求めたり、世界樹に辿り着いたり。
それこそ絵物語に出そうな大冒険だ、ボクはそれを聞くだけでも楽しい。
「世界にはアーマルガンのような不思議な魔物もいるんですね」
「そうそう、特に親玉が凄くてさー。オリハルガンっていう、アーマルガンの最上位種がいるんだけど」
彼は気前よく自分の過去を語ってくれる。
最初は、誇大妄想を持ったイカれたリビングアーマーだと思っていたけれど、今なら信じられる。
彼は実際に冒険しているのだ。
「凄いですねオリハルガンですか」
「名前の通り鱗がオリハルコンっていう金属で出来ているんだよー」
「え? オリハルコンですって? ちょっと詳しく話しなさい鎧の悪魔!」
「カム君……わわっ!」
魔女さんの耳に入ったら最後、勇者さんは魔女さんに引っ張っていかれた。
「オリハルコン? オレイカルコスじゃないの?」とか相変わらず難しい言葉が飛び交っている。
ふと、横に気配があると気付くと、ハンペイさんが立っていた。
「治癒術士殿、遂にここまで到達しましたな」
「えぇはい。これで本当に中堅冒険者を名乗れますかね?」
正直言えば、独力で第四層の突破はまだ不可能だろう。
パーティ単位でみれば、ボクが足を引っ張っているのは間違いない。
それに地上に帰ったとて、ボクが銀勲を受け取れるかは甚だ疑問だ。
「称号が目当てじゃない……救いを求める者に正しき救いを」
「治癒術士殿、お強いな……どうしてそこまで身を粉にできる?」
「え? それは……うーん」
自分のことは正直説明が難しい。
これしかないから、と言うのも違うだろう。
選択肢ならいくらでもあった、神殿に帰依してそのまま神官として生きる道だってあったんだ。
でもボクは冒険者になりたかった。
憧れだ、孤児院にあった、勇者や英雄達の冒険譚に幼いボクは魅了された。
ボクも格好良い英雄になりたい、なんて……子供の夢をまだ引きずっているなんて、格好悪いよね。
だからこそ――本当のところは。
「多分、性分でしょう」
「性分……ですか?」
「優しい人達に囲まれていたおかげですかね? もう身に染みて染みすぎていまして」
たはは、ボクは頭を押さえて笑った。
結局は理屈を付けてないんだ、そんな理由を見つけるよりも前に身体が動いちゃうから。
「守り、癒やし、救え……この三聖句を大切にしてはいますけれど」
「掟ですな、もはやそれは。しかし忍びの道と通ずるものがある」
「しのび……ニンジャの道ですか?」
「左様、ニンジャは刃に心を構える者」
「うーん、刃に心? よくわかりませんね」
「ふっ、カスミも同じことを言って、よく訓練をサボって……ぐお!?」
突然ハンペイさんの頭部が跳ねる。
何事か、驚くとカスミさんが犯人だった。
「か、カスミ後ろからは止めろ」
「うー……」
今更過去を穿るな、とでも言いたげだ。
あはは、痛い過去は誰だって持っていますからね。
「どうどうカスミさん」
「うー」
「全く、やはりカスミはわからん」
「うー、うー!」
ポカポカ、なんて可愛い効果音なら良いんだけれど、カスミさんは照れを隠すように、ゴスゴスと兄の横っ面を殴る。
フィジカルはパーティで一番だから、これでも相当加減しているんだろうな。
「ふふっ、程々にしてあげてくださいね、カスミさん」
「うー……」
こんな感じで今回は始まりだ。
一体どんな冒険が待っているのか。
怖い反面、ワクワクするよね。




