治癒術士のボクがダンジョンから脱出を目指す、だが仲間がなんかおかしいし、気がつけば世界は救われる？

第四層 迷宮エリアルートB

第108ターン目 魔王の暴虐

　墜落するフラミー、竜人といえど意識を失ったまま床への激突は命に関わるかも知れない。

　クロは即座に魔法を詠唱し、『アリアドネの糸』でフラミーさんを受け止めた。

　ボクは杖を突きながら、必死にクロの下に向かう。

　グラデスにもらった攻撃のダメージが大きい。

　このままもう一撃貰ったら死ぬかな？

　「クックック、揃いも揃って生意気な奴らだ。一思いに殺してやろう！」

　魔王グラデスは浮かびながら笑う。

　右手を上げると、巨大な暗黒の球体を生み出した。

　「吹き飛べ、《死球(デスボール)》」

　右手に掲げられた小さな球が急激に膨らむと、グラデスはそれをバトルグラウンドに投げつけた。

　「不味い！　相殺が間に合わないわ！」

　「ちぃ、いざとなれば主人だけでも助けにゃいと……！」

　闇が迫る、このまま終わりなのか？

　ボクは悔しくて唇を噛んだ。

　この程度なのかボクは、それでいいのか……良いわけないだろう！

　「いと、慈悲深き豊穣神様、哀れな子羊に聖なる護りをお与えください《聖なる壁(ホーリーウォール)》」

　ボクは必死に豊穣神様へ嘆願を届けた。

　ごっそりと減る精神力(マインド)、痛みに加え脳までもが悲鳴をあげた。

　だけどそのおかげでホーリーウォールはバトルグラウンドをドーム状に覆う。

　デスボールはホーリーウォールに接触すると、闇の大爆発を発生させた。

　ふんばれ、意地を通せ。

　神様は応えてくれたんだ、ならボクが応じなければどうして報いられる！

　「あああああああああっ!!」

　ボクは叫んだ、ホーリーウォールを維持する為に。

　やがて闇の爆発が収まると、ボクは口から血を吐いて前のめりに倒れる。

　もう、限界かも知れない――。

　　　　　　　　　　§

　「馬鹿な、この私の《死球(デスボール)》があんな雑魚に止められただと？」

　グラデスは一瞬呆然(ぼうぜん)とする。

　件の少年はパタリと倒れた。

　自滅だ、無理の代償という奴だろう。

　治癒術士ごときがグラデスの大魔法を止めたことは衝撃だったが、彼は直ぐに首を横に振る。

　「忌々しい女神が、だが無駄だ。お前の眷属(子)は無駄死にだ」

　女神へと悪態を吐(つ)く、まるで憎悪するように。

　現にあの姿はどうだ。

　血を吐き、ピクリとも動かない。

　死んでいないにしても、これほど殺すのが容易い状態はない。

　彼は愉快げに品定めを開始した、誰から殺すか。

　竜人は厄介だ、潜在能力を発揮される前に仕留めるべきか。

　魔女はどうか、魔法はグラデス以上かも知れない。

　一部分でもグラデスを上回るならそれは脅威だ。

　後はキョンシーに、エルフの男、この二人は後回しでいいだろう。

　「決めたぞ。最初に殺すのは――！」

　グラデスは一気に加速する、彼の視界に入ったのは死に損ないの治癒術士だ。

　やはり女神の眷属は鬱陶しい、特に奴は力こそ薄いが、あの女神と同じ《色》をしていた。

　早急に殺さなければ、なにかが起きるやも知れない。

　念には念を入れて、奴の首を引き抜き、贓物すべてぶちまけてやる。

　「クハハハ！　魂さえも砕いてやるわ！」

　まずは踏みつぶし(ストンピング)、背骨を砕いてやる。

　だが直後、得体の知れない彷徨う鎧が鉄板のような盾で、それを受け止めた。

　「なにぃ？」

　「やらせない……マル君は」

　鎧の悪魔は、グラデスを見た。

　ゾッとするような瘴気を放ち、グラデスの蹴りはビクともしない。

　グラデスは思わず飛び退いた。

　鎧の悪魔なゆっくり剣を構える。

　「グラデス、君、本当に魔王？」

　「な、に？　いかにも私は魔王！」

　「うーん、君さー、なんか弱いよね？」

　「な……貴様ー！　この私を愚弄してタダで済むと思っているのかー！」

　「来なよ、勝てるなら」

　鎧の悪魔は手で煽り、グラウンド中央に移動する。

　グラデスは怒り顔で鎧の悪魔の前に着地した。

　「あの馬鹿、挑発か」

　「だが効果的だ、一歩間違えれば誰かが死ぬ状態では特に」

　魔女は思わず頭を抱える。

　鎧の悪魔の安っぽい挑発は辛(かろ)うじて成功した。

　グラデスに滅茶苦茶に暴れられたら何人か死んでいたかも知れない。

　そういう意味では安っぽい挑発にも意味があったのだろう。

　あるいは……あれが鎧の悪魔の【スキル】なのだろうか。

　「ふ、フラミー連れてきたにゃあ！」

　「ぐ……面目ないであります……！」

　「今はそういうのいいから！　それよりマールを早く！」

　「うー！」

　キョンシーは労るようにマールを起こす。

　彼は脆弱な息をしていた、生命力(ライフポイント)も精神力(マインド)も殆ど失ってしまっている。

　このままでは衰弱死は免れない。

　マールの死は、パーティの死だ。この場にいる誰(だれ)もがそれを疑わなかった。

　「公正神様、どうかか弱き者に癒やしを与え給え《治癒(ヒール)》」

　フラミーが両手を握り、公正神に祈ると、暖かい光がマールを包む。

　マールはピクリと動いた、だがまだ意識がない。

　魔女はマールを気にしながら鎧の悪魔を見た。

　「負けるんじゃないわよ……！」

　対峙する魔人と彷徨う鎧。

　鎧の悪魔は盾を構えながら、いつでも斬りかかれる様子だ。

　グラデスは腕を組み、鼻で笑う。

　たかがリビングアーマー一匹だ。

　あのお(・)方(・)が随分と気に掛けていたが、なんてことはない。

　「こい、格の違いを理解らせてやる」

　「それじゃお言葉に甘えてー」

　瞬間、グラデスの目の前が切り裂かれた。

　グラデスが一瞬速く頭を仰け反らせたのだ。

　「なっ!?　速い!?」

　「はぁっ！」

　連撃、隙のない鎧の悪魔の剣技が襲う。

　グラデスは無駄の無い動きで剣を回避した。

　だが反撃が掴めない、一度飛び上がるか。

　否――その隙に斬られる。

　一度でも着地した時点でコイツは、グラデスを飛ばせる気がない。

　確実に仕留めるつもりだ！

　「くっ！　この！」

　それでもなんとか反撃、鎧の悪魔は盾で受け止める。

　だが重い、鎧の悪魔の全身が震える。

　「……っ」

　「クハハッ！　動きが止まったぞ！」

　即座にグラデスは距離を詰める。

　常識で言えば剣の射程の内側に入れば有効打はない。

　だが、その常識も通用しないならば？

　「がっ!?」

　踏み込み、あの生意気な兜に拳を打ち込もうとした刹那、グラデスの顔面が叩かれていた。

　盾攻撃(シールドバッシュ)、専門の盾職のそれとは異なるが、それを鎧の悪魔の限度のない速度とパワーで行ったのだ。

　人族なら顔面を砕かれ即死しただろう一撃は、さしものグラデスもたたらを踏む。

　やはり底知れない、必ず仕留めねば。

　「調子に乗るなよ！　くらえ《魔光波(ダークキャノン)》！」

　グラデスは両手を前に突き出すと、闇の闘気を両手から放つ。

　鎧の悪魔は盾を構えた、受けきるつもりだ。

　「クハハ！　受けられるものか！　吹き飛ぶがいい！」

　ズドォォン！

　闇の爆発が鎧の悪魔を飲み込んだ。

　それを目撃した魔女は悲鳴をあげる。

　「鎧の悪魔ーっ！」

　「クハハ！　次は貴様らの番だ！　安心しろ皆同じところに送ってやる……ん？」

　勝利を確信し振り返るグラデス。

　でもそれがいけなかった、グラデスの首筋に呪われし剣が添えられていることに気づくのが遅れたのだ。

　「やっぱりさー、弱いよ君」

　「リビングアーマー風情が……!?」

　振り返る、だがその瞬間グラデスの視界はぐらついた。

　首を斬られた……？

　違う……！　まだ負けてなるものか！

　「くはっ！　はぁ、はあ！」

　瞬間、死のイメージを払拭したグラデスはその場からがむしゃらに飛び退く。

　グラデスが感じた死の匂い、鎧の悪魔は淡々と剣を構えた。