第11ターン目 治癒術士一行は 全滅しかけた
ボクの忠告は既に間に合わなかった。
魔女さんの持つ杖の周囲が歪む、理が変じたのだ。
魔法とは精神力を消費することで、現実を上書きする奇跡。
彼女の炎の嵐は凄まじい威力で、ゾーンイーターの群生帯を焼き払う。
直後、光爆がボクの網膜を焼いた。
音が遅れてやってくる、ボクはクロだけは護ろうと爆心地から背を向けた。
間に合わないかも知れないけれど……!
「あぐっ!?」
直後衝撃波が襲ってきた。
ボクは吹き飛ばされると、壁面に何度もぶつかりながらなんとか耐え凌ぐ。
凄く痛い、全身がバラバラにされたのかと思った。
だけどボクなんかより魔女さんだ。
ボクは目を開くと、辺りはモウモウと白い煙が充満していた。
視界が滲む、皆はどこだ?
「クロは? 良かった……」
クロには火傷の跡もない。
次にボクは勇者さんと魔女さんを探す。
白い煙で酷く視界は悪い。
ボクはがらがら声で二人の名前を叫んだ。
「勇者さーん! 魔女さーん! ゲホゲホッ!」
白い煙を吸い込んだボクは思わず激しく咳き込む。
確かこの白い煙は吸い込むと、脳が一瞬で止まるように死んじゃうって聞いた事がある。
魔女さんは多分知らない、ゾーンイーター自身見たこともないんだろう。
魔物である以上、ボクよりはマシだと思うけれど……。
「くっ、遍く母たる豊穣神よ、その穢れ清め給え、《洗浄》」
ボクはその場を清める為に《洗浄》の魔法を発動する。
普段は身の回りを綺麗にする程度の魔法だけど、今回は充満する白い煙が対象だ。
おかげでボクは想像以上の精神力を大量消費してしまう。
「おっ、視界が綺麗になった」
この声は勇者さん?
ボクはもう立ってもいられず、前のめりに倒れた。
そういえばお腹空いたなぁ、喉も酷く渇く。
「て、マル君! ちょっと大丈夫ー!?」
ドシドシと、勇者さんが駆け寄ってきたみたい。
だけどボクはもう目を開ける体力はなかった。
全身に浴びた打撲傷、使い過ぎた精神力……今度こそ終わりだろうか。
あぁ、豊穣神様、この不孝者をお赦しください……。
ボクはきっと天国にはいけないだろう、ダンジョンで死んだ者は魔物に転生すると噂されている。
大抵は【腐った死体】っていう魔物になるそうだけれど、もし願わくば勇者さんや魔女さんと魔物になっても一緒にいた――い――――な。
§
音がする、何の音だろうか?
パチパチパチって、火を炊くような音。
視界は真っ黒で、ボクは目を閉じている事に気が付いた。
ゆっくりと瞼を開く。
見えてきたのは幻想的な炎の輝きだった。
「う……あ」
「あっ、目覚めたの! でもまだ動いちゃ駄目! いい、まず冷静になろうね?」
勇者さんのおっかない兜が目の前を覆った。
ボクは一瞬恐慌になりそうになるが、彼の冷静な言葉がなんとかボクに勇気を与えてくれた。
「これ、指何本に見えるー?」
「よ、ん、ほ、ん?」
「よし、意識は問題なさそうだね、簡単に君の症状を述べるよ、まず全身打撲、まぁこっちは重症じゃない。問題は喉を焼いた事だ」
喉……? そういえば声を出そうにもダミ声で全然出ない。
そうか、炎を浴びたから口内がズタボロなんだろう。
「意識が回復したってことは精神力もいくらか回復したでしょ?」
ボクは小さく頷いた解呪や治癒程度なら問題なく使えそうだ。
「きゅ《治癒》」
ボクは自分になんとか治癒の魔法を行使する。
精神力が持っていかれて、頭がズキズキ痛むが、喉がすっきりした感覚だ。
勿論完全回復しちゃいない、いくら豊穣神様の奇跡といえど、死にかけを一気に元気にする程万能じゃない。
医療神に仕える高位神官は灰から死者を蘇生したって伝説もあるけれど、ボクはあくまでもただの一信徒でしかない。
もっと、精進しないとなぁ。
「マル君、身体持ち上がる?」
「は、はい……」
ボクは言われた通り、上半身を持ち上げた。
その時、ボクの腕にクロがいない事に気づくと、ボクは動転した。
「クロッ!? クロは!?」
「ほら、こっち」
勇者さんはボクの傍で眠っていたクロを抱きかかえると、ボクに渡してくれた。
ボクは寝息を安らかに立てるクロに、安心してポロポロ涙が溢れてしまった。
「良かったぁ、クロ良かったよぉ」
ボクはクロをぎゅっと抱きしめる。
まだまだ魔力の足りないクロは目覚める様子はない。
そもそもダンジョンに潜ってから、一度もロクな休憩をしていないのだ。
「あっ、そうだ。魔女さんは……」
ぐううううう、間の悪いことに、ボクはお腹を盛大に鳴らしてしまった。
「あううう、あのどれくらい気絶していましたか?」
「うーん、はっきりした事はわかんないけど、六時間くらいは眠っていたんじゃない?」
だとすると、もう日付が変わろうって時間か。
多分ガデス達は無事帰還したよね?
やっぱりボクは、死亡扱いだろうか。
やだなぁ、ダンジョンで行方不明になると一週間以内に冒険者ギルドに顔を出さないと、登録を抹消されちゃう。
ここが第何層かも分からない以上、いやそもそも本当にこの危険なダンジョンから戻ることなんて出来るんだろうか?
「とりあえずご飯にしようか?」
「えっ? 携行食なんてありました?」
冒険者は場合によっては数日ダンジョンで過ごすことになる。
ボクはまだそんな深層まで潜った事がないから、簡単な軽食くらいしか持ち込んでいないけれど。
尤も、あれはレッドドラゴンとの遭遇前に食べちゃったんだよね。
ボクはご飯という言葉に年甲斐もなくテンションを上げると、彼は焚き火の傍に寄った。
「そういえばよく薪材なんて手に入りましたね」
「いやー探し回ったよー、魔物もわんさかいるし、もう大変でー」
と語るが、相変わらず勇者さんは困ったようには見えない。
仮にも階層主だというのなら、そりゃこの階層では一番強いんだろうけれど。
「はい、これどうぞ」
勇者さんは炎の中に手を突っ込むと、一本の串を取り出す。
串に刺さっていたのは見たことのない肉だった。
豚? いやむしろ鳥かな?
無性に腹が減って、もうボクに正常な思考は残されていない。
勇者さんから肉串を渡されると、思いっきり齧り付いた。
「〜〜〜ッ! ううう……!」
「あ、あれ? 泣いてるの? 美味しくなかった?」
「美味しい、です……よ。これは嬉し泣きです」
熱い涙が止まらない。
肉串はとてもジューシーで、柔らかく、上から振りかけられた塩だけの味付けだけど、今のボクにはどんな豪華な料理よりも美味しかった。




