第103ターン目 治癒術士は 仕事いっぱい
「まったく無茶しましたね」
「かたじけない治癒術士殿」
試合終了後、直ぐにボクはハンペイさんとカスミさんの治療を行った。
勝った姿とは思えないほど、二人はボロボロで立っていたのが不思議なくらいだ。
「マール様、検査の結果でありますが、カスミさん、かなりボロボロであります」
「うー……」
カスミさんはもう動けないという風にぐったり倒れていた。
白魔法に心得があるということでフラミーさんにも手伝って貰いながら、急いで応急措置をしてもらっていたが。
「肋骨も、首、肩、足首、まるで健常な場所の方が珍しいであります」
「キョンシーにゃもの、そりゃ痛みとか感じないでしょうけどにゃあ」
クロも呆れるほど。
こりゃ本格的な治療が必要そうだ。
「じっくり治療しながら進みましょう。誰かカスミさんをおぶってくれませんか?」
「じゃあ俺がー」
「いえ、小官の方が適切かと思うであります」
疲れ知らずの勇者さんが立候補するが、同時にフラミーさんも立候補した。
ふむ、どっちの方が適任だろうか。
「魔女さんはどう思います?」
「鎧の悪魔は疲れないわね、けど咄嗟に前衛が動けないのは問題だわ」
「ならフラミーさんの方が適任ですね、フラミーさんお願いします」
「ハッ! 了解でありますっ!」
ある程度方針が定まると、最後にボクはリングに倒れた二人の魔人に目を向けた。
「あの方々は、どうしましょう?」
「放っておきなさい、助けたって意味はないわ……敵だもの」
「かも知れません……けれど」
「そこまでにゃあ、主人……優しさは無限じゃないにゃあ、目の前の魔物と今も地上で泣いている子供、どっちを助けるにゃあ?」
「そ、そんなのボクには……」
「決められにゃい、はい今の主人には誰も助けられにゃいわ」
クロの言うとおりだ。
優しくなることは出来る、でも優しさは無限じゃない。
ボクに出来る治療には限りがある…結局は、ボクはちっぽけなままだ。
「だからこそさ、マル君、君は決めたんでしょう、ダンジョンを攻略して地上を救うって」
勇者さんはボクに手を差し出す。
この人は……本当に、いつだってボクを見放さないんだから。
そんなの、手を取るに決まっているじゃないですか。
「はい……ボクはそれでも進みます」
「それでいいにゃ、迷ったっていい、前を歩み続けるにゃら」
ボクの手はちっぽけだ。
それでもこのちっぽけな手で救える命がある。
「守り、癒やし、救い給え」
ボクは一度この祝詞を呟く。
豊穣神様の教え、そして治癒術士の在り方。
戦うことが冒険じゃないって、散々知ったじゃないか。
ボクに出来る戦いは、皆を癒やすことなんだから。
「進みましょう、ボス前までには治療を終わらせてみせます」
「頭首がこう言っているのだし、皆行くわよー!」
「魔女が仕切るにゃあ!」
「なにをー!」
「駄目ですよ、クロ、喧嘩は」
ボクは優しくクロに諭す。
喧嘩はよくないですから。
クロはにゃあん……としょんぼりすると、ボクの肩に飛び乗った。
「べぇー!」
「超ムカつくー……!」
「どうどう、抑えてカムアジーフ殿」
ボク達は改めてパーティを纏めると、ダンジョンを進む。
時折魔物と遭遇しながら、一先ず階段を目指した。
§
ダンジョンを歩くこと数時間。
水場を発見したボク達は休憩も兼ねて、一休みした。
ボクの仕事はここからだ。
まずカスミさんとハンペイさんの治療。
ハンペイさんはもう問題ない、問題なのはカスミさんの方だ。
お腹も空いているだろうという事で、ボクは《豊穣》で、迷宮内に作物も実らせた。
「おっ、小麦じゃない! やった大当たりよっ!」
すっかり調理担当と化した魔女さんは、喜々として作物を刈っていく。
ボクは空腹を我慢しながら懸命にカスミさんに《治癒》を掛け続けた。
「ふぅ、はぁ、はぁ」
「にゃおん……ちょっとは休むにゃあ主人」
「クロ? けど、普段のボクは役には立たないし」
「そんなことないにゃ、主人の頑張りは皆認めているにゃあ」
そうなのかな?
クロは甘えるようにボクに身体を擦付ける。
強引に思考を誘導する猫らしい気の引き方だ。
ボクは大きく息を吐くと、カスミさんの容態を確認した。
「大分良くなってきたと思うけど……ボクの信仰心じゃやっぱり時間が」
「そんなことを仰ったら小官など、応急処置が限界であります」
フラミーさんは公正神の加護があるから白魔法の一種、《治癒》が使える。
けれど治癒術士専門のボクと違って、赤魔法使いの彼女は白魔法もボクより一段効果も落ちる。
白魔法と黒魔法の両方が使えても、黒魔法では魔女さんの足元にも及ばないのが現状だ。
これを彼女は「器用貧乏なのであります」と嘆いた。
「それでもフラミーさんには助けられましたよ、離れ離れの間、苦労もあったでしょう?」
「あははー、それはまぁ、はい……とても大変だったであります」
なんとなく女性陣の苦労は察せられた。
きっと魔女さんとクロが迷惑かけたことだろう。
あの二人相性は悪くないのに、なにかと喧嘩してばっかりで、ストッパーがいないと危険だ。
フラミーさんはきっと、必死に制止してくれたんでしょうね。
「あっ、カムアジーフ様、なにかお手伝い出来るでありましょうかー!」
「あらフラミー、いいの? 休んでいてもいいのに」
「小官動いてないと落ち着かないでありますから、気にしないで構わないであります!」
「そう、だったら火の用意お願い」
「畏まりましたであります!」
フラミーさん、本当に働きものだな。
勇者さんが薪を組み立て、フラミーさんは口から《炎の息吹》で着火。
そのまま彼女は尻尾を振りながら、火の番をした。
「ん……尻尾?」
あれ、フラミーさんのお尻付近から、真っ赤な鱗の尻尾が揺れている。
今まであったっけ?
背中の羽根も大きくなったままだし、彼女の身体に変化が起きているのだろうか?
うーん、魔物は不思議でいっぱい、竜人娘となると、どんな生態なのか。
「ふんふんふーん、今日は力作よー♪」
魔女さんは歌いながら小麦を魔法で脱穀し、水と混ぜて捏ね始める。
ボクは「あと少しだけ」と自分に活を入れ、カスミさんの治療を再開した。




