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第96ターン目 タッグマッチ の巻

 ミノタウロスの撃破後、再びダンジョンを宛もなく進む魔女一行。

 彼女達は小休憩も兼ねて、安全な小部屋で腰をおろしていた。


 「それにしても中々見つからないわね」

 「四天王かにゃあ? それとも主人かにゃあ」

 「どっちもよ。なーんかさぁ、この分断って作為的じゃない?」


 思い起こせば、第三層下り階段付近で引っかかった(トラップ)が妙に怪しい。

 近くに複数設置するなどの悪質さには、悪意さえ見え隠れしている。


 「つまり、敵は遊戯(ゲーム)感覚だと?」

 「盤上遊戯(テーブルトークゲーム)……ダンジョンを利用した知恵比べ、ね」


 魔女は忌々しげに唇を噛んだ。

 ダンジョンマスターの存在はまだ仮定だが、少なくとも四天王なる魔物集団が待ち構えているのは事実だ。


 「マール達も出会っていると思う?」

 「ミノタウロスみたいなのかにゃあ、マールに変化はないけどにゃあ」

 「うー」


 カスミは心配そうに俯く。

 ミノタウロスとのダメージもまだ引きずっているのか、カスミの身体もどこかぎこちない。

 フラミーは心配そうに寄り添った。

 万が一はフラミーだけが回復魔法を使える、出来るだけ無茶はしたくないものだ。


 「四天王……まったくふざけているわ。【ゴーストシャーク】といい、なーんか引っかかるのよね」

 「気にしすぎではありませんか?」

 「魔女は考え過ぎるところあるからにゃあ」


 魔女の思考速度は速い。

 それは聡明さや、洞察力に繋がっているのは事実だが、研究者気質が災いし、気になったら考え過ぎる欠点もある。

 それを野次られると、魔女も困ったように肩を(すく)める。


 「なによ、クロちゃんだってなにかにつけて主人主人、主人病じゃない」

 「アタシは使い魔だからいいのにゃ」

 「開き直ったでありますな」

 「ムキー、弁舌はクロちゃんの方が立つなんて、認められない!」

 「にゃははは、一昨日(おととい)来やがれにゃ」


 やれやれ、フラミーはまた始まった口喧嘩に呆れ返った。

 マールさえ居れば「まぁまぁ、落ち着いて下さい」と、簡単に鎮めてしまうのだろう。

 改めて隊長としての威厳に欠ける自身にフラミーは落胆した。


 「喧嘩するほど仲が良いとも言うでありますが」

 「にゃあ! 魔女と仲が良い? ありえないにゃ!」

 「これだから獣って、こっちが歩み寄ってやらないと、直ぐに喚いて」

 「やるかにゃあ!」

 「やらいでか!」

 「うー」


 ずいっと、カスミが両手で両者の顔面を押さえると、押しのけた。

 カスミの無言の圧力には、さしものクロも大人しくなる。

 魔女は熱くなってしまった自分に拳骨を入れた。


 「お二人共、軍なら規律違反は営倉行きでありますよ?」

 「反省するにゃあ」

 「ごめんなさい」

 「はぁ早くマール様に会いたい、自分では纏めきれないであります」




          §




 「へっぷし」


 スネークマンの亡骸(なきがら)を後にして、ボク達は迷宮を突き進む。

 その途中でボクは、突然くしゃみをした。


 「あれー? もしかしてマル君風邪ー?」

 「熱はないと思います……多分埃じゃないかと」

 「もしくは風の噂か」

 「風の噂、ですか?」

 「うむ、噂が立つとくしゃみをするという迷信があってな」


 ボクを鼻を噛むと、噂かぁと想像する。

 クロや魔女さんだろうか、それとも地上にいるガデスやラビオさんだろうか。

 いずれにせよ、ボクは進むしかない。

 どんなに苦しくても、悲しくても……ダンジョンを攻略するしかないんだから。


 「それにしても四天王に階層支配者(エリアボス)かー、いつの間に現れたんだろうねー」


 勇者さんは、これから戦うであろう敵について想像していた。

 スネークマンははっきりとは言わなかったけれど、少なくとも逆走していた時はそんなの影も形もなかった。

 やっぱりスタンピード事件と連動しているように思える。

 でもどうして? あれほど強力な魔物がダンジョンにいるなら、地上侵攻に加わっていないのは不自然だ。

 地上では【サンダーバード】の他に【ヘルフレイムドッグ】等、本来なら更に下層の魔物も加わっていた。

 恐らくだがフラミーさん――【レッドドラゴン】もまた、地上を目指していたんじゃないだろうか。


 「気にする程であろうか」

 「ハンペイさん?」

 「某()の目的はあくまでもダンジョン最下層にいると目されるダンジョンマスター討伐、それを邪魔(じゃま)する者はなんであれ斬るのみ」

 「流石(さーすが)、冷酷無慈悲なニンジャマスター」

 「冷酷無慈悲は言い過ぎですよ勇者さん」

 「いいや、間違ってはござらん。某主命あるならば修羅とも羅刹ともなろう」


 ハンペイさんの覚悟、ボクにはちょっとわからない。

 だけどそれがニンジャになるってことなのかな。

 ボクはやっぱり豊穣神様の信徒であり、治癒術士(ヒーラー)だ。


 「ボクはあくまで罪なき人を守るために進みます」

 「ふっ、それでいい。治癒術士殿の願いを(かな)えられるならば、某も報われよう」

 「俺も俺もー、一緒に頑張ろうねーマル君ー」

 「ふふっ、はい」


 ボクは笑顔で頷いた。

 だけど、笑っていられるのはそこまでだった。

 通路の奥、奇妙な灯りある。


 「もしかしてまた金網リングでしょうか?」


 一斉に緊張が高まるのを感じた。

 ボク達は慎重に進むと、見えて来たのは四角い特設リングだった。

 赤と青のロープで四隅のコーナーポストに連結され囲まれた小さな闘技場(リング)

 この雰囲気は、やっぱり似ている!


 パッ!

 当然リング中央にスポットライトが当たる。

 ボクは見上げると、リング上に二人の魔人が待ち構えていた。


 「ぐわしゃぐわしゃ! よく来たな我が同胞スネークマンを破った冒険者どもめ!」

 「だがしかーし! ここから先に進めると思うんじゃねーぜ!」


 リング中央で待ち構える二人の魔人。

 片方は【ワータイガー】だろうか、黄色と黒の縞模様が背中側に走り、胸から腹に掛けては白い毛が生えている。

 身長はここにいる誰よりも大きい、鍛え上げられた筋肉はスネークマンのしなやかななマッシブさとはかけ離れているように見える。

 そしてもう一人、こちらはなんだ?

 一見すると、置き時計だ。

 置き時計に手足が生えている。

 意味が分からないが、置き時計に手足がある!


 「ワシはベンガル! 四天王の一人、ワシこそ最強よ!」

 「なんだと聞き捨てならねぇなぁベンガル! 最強はこの俺様チックタック様よぉ!」

 「な、なんなんでしょうかこの方々」


 思わず呆然(ぼうぜん)と口をあんぐり開けてしまう。

 なんだかノリが違う、スネークマンといい、第四層の時空が歪んでいるのではないだろうか。


 「あれー? あっ、マールよ、マールだわ!」


 え? 声のする方を向くと別の通路から特設リングのある小部屋にある集団が駆け込んできた。

 ボクは振り返ると、直様黒い物体が風のように直進してくるのが見える。


 「うー!」

 「わぷっ! ま、前が見えない!!?」


 一瞬でボクは柔らかいなにかに視界を押しつぶされた。

 この冷たい感触、でもちょっと甘い臭い。

 気持ちいい……じゃなくて、この感覚は。


 「カスミ、治癒術士殿を離してやれ、窒息させる気か馬鹿者(うつけ)め」

 「うー」

 「ぷはぁ、カスミさん、無事で良かった」


 身長差の性でカスミさんはボクに覆いかぶさるように抱きついたようだ。

 おかげでおっぱいの感触を楽しませていただき――ゴフンゴフン! 再会を豊穣神様と運命神様に感謝した。


 「にゃあー、やっと再会にゃあ」

 「クロも無事で良かった」

 「マール様ぁ! 会いたかったでありましたーっ!」


 クロとフラミーさんも直ぐに駆け寄ってきた。

 フラミーさんの満面の笑顔を見ると、ボクも癒やされる。

 最後に魔女さん、魔女さんは大人っぽく微笑んだ。


 「鎧の悪魔、ちゃんとマールを守ったようね」

 「当然ー、俺って勇者だもんねー」


 勇者さんはいつも通り戯けているが、ボクは本当に感謝しかない。

 ボクの心が折れかけた時、勇者さんに叱咤(しった)されなければ、途中で(くじ)けていたかもしれない。

 ずっとボクを支えてくれたこと、感謝してもしきれないくらいだ。


 「ぐわしゃぐわしゃ、役者は揃ったようだな!」

 「チークチクチク! ならば戦おう!」


 二人の魔人は背中を合わせる。

 そして同時にボク達を指差した。


 「「タッグマッチだっ!」」

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