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第95ターン目 非情 悪魔の掟 治癒術士は 涙する

 スネークマン撃破後、施錠されていたリングは開放され、ハンペイさんは静かに金網の中から出てくるのだった。


 「おめでとうございますハンペイさん、大勝利ですよ!」


 ボクは笑顔でハンペイさんの勝利を自分のことのように讃えた。

 しかしハンペイさんは腕を組むと、なんの感情もなくただ呟く。


 「精進が足りません……これでは父や先祖、カスミにさえ笑われてしまうでしょう」


 なんともまぁ、ストイックな考えでしょう。

 ハンペイさんは先程の戦いをむしろ情けないと思っているようだ。

 ボクなら勝てたら、跳ね跳ぶように喜ぶけれどな。


 「お疲れハンペイ君……それにしてもスネークマン、彼何者だったんだろうねー」

 「普通の魔物ではござらんな、されど敵に違いはなし」

 「まぁそれは……でも話してみたら案外悪い人じゃなかったり」

 「良い人は猛毒は使わないでしょー」


 珍しく勇者さんに突っ込まれた。

 ううん、やっぱり悪の魔人なのだろうか。

 話が出来る時点でかなり高位の魔物なんだろうけれど、それがなんで第四層にいるんだろう。


 「少し治療してみましょうか?」

 「危険じゃない? 魔物だし」

 「知性を信じてみたいんです」

 「治癒術士殿がそう仰るなら、某異存はない」


 戦ったご本人には友情めいたものでもあるのか、否定はなかった。

 勇者さんは「うーん」と唸った後、ようやくボクの意見を受け入れてくれる。


 「念の為、リングから出しておこうかー」


 勇者さんはスネークマンをリングから引きずり出すと、ボクは回復魔法を詠唱する。


 「《治癒(キュア)》」

 「う……く?」


 スネークマンが目を覚ます。

 ボクは念の為に、彼から離れた。


 「ここは、貴方達は……!」

 「目を覚ましたようだな、貴様にはいくつか聞きたいことがある」


 ハンペイさんは短刀を片手にドスの効いた声でスネークマンを見下ろした。

 ボクは慌てて、ハンペイさんに駆け寄ると、その頭を軽く小突く。


 「いきなり拷問に変えちゃいけません!」

 「ぬぅ、いつもの(くせ)で」

 「な、なんだ貴方達は……私をどうするつもりだ」

 「とりあえず君は何者ー? 魔物みたいだけどー?」


 勇者さんの質問にスネークマンは全てを悟ったように目を瞑る。

 答えて貰えるだろうか、ボクは少しだけ不安だった。


 「私はこの第四層に新たに仕えた四天王スネークマン、ここには四人の魔人と階層支配者(エリアボス)がいる」

 「階層支配者(エリアボス)……!」


 ボクはゴクリと(のど)を鳴らした。

 噂では聞いたことがある、第五層では実際勇者さんが戦ったとか。

 その階層で最も強く恐ろしい魔物、ボク達冒険者はそれを【階層支配者(エリアボス)】って呼んでいるけれど。


 「最近と言ったか? それは地上侵攻よりも後という意味か?」

 「ネクネクネク、闘士たる私は細かい事情は知らない。だが……この先に待つ闘士達は強いぞ」


 強さに対する自負、魔物でありながら高い知性。

 ボクは意を決すると、彼に言った。


 「ボク達は敵対するだけが全てじゃないと思うんです、手を取り合えませんか?」

 「ネク? 貴方、私に手を?」

 「協力しあえると思うんです……ボク達は」

 「貴方馬鹿ですね、私がその気なら貴方の手に噛み付いているぞ」

 「させぬ、その為に某はいる」

 「俺もねー」


 ボク達の冒険は過酷だ、もし手を取り合えるなら、どれほど心強いだろう。

 スネークマンは目を細める、ボクをまだ信用出来ていないから。


 「……お断りします。魔物が人と協力なぞ幻想です、魔物も人も誰がそれを望み喜びますか?」

 「っ、ボクが望んでいるんです、それって変ですか?」

 「大馬鹿者(ドン・キホーテ)ですよ。敗者には敗者らしく……」


 スネークマンは突然立ち上がる。

 なにをする気か、彼の右手の爪が鋭利に伸びる、彼は突然自分の首をその爪で切り裂いた。


 「ごふっ! これが敗者の末路です! いいですか貴方、貴方も破れれば同じ道! 恐れ慄くがいい! 尻尾を巻いて逃げ出せ! それがお似合いです!」

 「あ、あ……! なにをやっているんですか貴方はーっ!」


 スネークマンは大量の血を吐いて、崩れ落ちた。

 ボクは直ぐに駆け寄る、今すぐ治療を。

 だけどスネークマンは。


 「……もうよしなさい、魔物に情を掛けてもなんの得もありません」

 「そんなこと! 死んだってボクは喜びませんよ、豊穣神様だって望んでいません」

 「ネクネクネク……神、か。魔物に神などいない……だが、ネクネク、もしも私が人ならば、この手掴んだのか……な」


 スネークマンはそのまま動かなくなった。

 ボクはどうしていいかわからずただ喚き散らす。


 「こんなことの為に治療したんじゃない! 敗者なら勝者の言葉を受け入れろよ! うわーん!!」

 「マル君、その優しさ、とっても貴重だよ……だけど」

 「ぐすっ、勇者さんも同じですか? 人と魔物は相容れないと?」

 「現状では、無理だと思うな……やっぱり人は魔物を恐れるから」

 「でも魔女さんも勇者さんも人を襲うんですか!」

 「相互理解って難しいってことさ」

 「治癒術士殿、先へ進みましょう……もうここには」


 ハンペイさんは無情にボクの肩を叩いた。

 そうだ、こうしちゃいられない……クロ達を見つけないと。

 でも、それでも……。


 「少しだけお時間ください」

 「……少しだけですぞ」


 ボクはスネークマンの目を閉じると、両腕を胸元で組ませる。


 「豊穣神様、この大地に貴方のお恵みをお与えください《豊穣(ハーヴェスト)》」


 スネークマンの周囲に、豊穣神様の御手が触れると、満開の花々が咲きほこる。

 赤い花、血を連想し忌み嫌われるが、天上へと旅立つ者に捧げられる赤い花が満開だ。

 ボクは跪くと両手を握り、スネークマンの転生を祈った。


 「神様、天上におります全ての神様、どうかこのちっぽけな子羊のお願い一つだけお聞きくださいませ、どうか魔物にも神様の祝福をお分けくださいませ」


 そして黙祷を捧げた。

 戦った敵、相容れない魔物……本当に?

 ボクは間違っていると思う。

 魔物だから怖い、冒険者は怖い。

 怖いから殺してしまおう、これじゃ負の連鎖だ。

 何千年も、神々の時代から人は魔物と争う関係を続けてきた。

 それはまるで呪いのように、ボクなんかがそれを断ち切ろうと思うのは傲慢なんだろうか。

 分からない……ボクは《(うつ)ろう者》だから、神々の《移ろわざる者》の考えは分からない。

 それでもボクは正しい道を行こうと思う。

 いつかずっとずっと未来になるかもしれないけど、世界はちょっとずつ変えていけると信じて。


 「お待たせしました、もう……行きましょう」

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