第10ターン目 階段は モンスターハウスの ようだ
「――で、どうなのよ?」
再び時間は現在に戻って、顎に細い指先を当てながら魔女のカムアジーフさんは、ボクの股間を見た。
えっ、興味持ったのそっち!? ボクは慌てて眠っているクロを片手に抱きながら、股間をもう片方の手で隠した。
「そんな……ふ、普通ですよぉ」
「ええい生娘のような恥じらい方をしおって! 大変けしからん!」
「ねぇー、何やってるのー、俺も混ぜて混ぜてー」
ようやく階段前に辿り着いた。
彼リビングアーマーの自称勇者さんも、いつまでも来ないボク達にやきもきしていた。
相変わらず嫌に陽気だよね。
「ねぇマル君、なにが普通なの?」
「っ!? 絶対に言いませんからっ!」
「怪しいー、大体普通とかほざく輩はデカ○ンなのよねー」
「それどういう根拠なんですか?」
「そりゃ【ウ=ス異本】にも書かれた基本よ、ショタはデカ○ンの方が抜けるってもんでしょ!」
「うーん、さっぱり分かりません」
さっきから無視されている勇者さんもイライラが溜まってきているようだ。
全体的に魔女さんは、ボクの苦手な下ネタが多い。
そういえば勇者さんには『アレ』は付いているんだろうか?
て……何を考えているんだ! ボクは!
ごめんなさい豊穣神様、本当にごめんなさい!
《別にいいのよー、むしろ萌えるっ!》
「今なにか天から声が!?」
聞き馴染みのない女性の声。
ボクの姿に勇者さん達はますます不思議そうに首を傾げた。
「ねぇそれより早く階段上がろうよー、ねぇーねぇー」
ぐわんぐわん、もはや駄々っ子と化した勇者さんがボクの両肩を掴んで揺らした。
「……これでも目覚めないなんて、深刻な魔力枯渇ね」
一方揺らされようが、喚かれようがピクリとも動かないクロを魔女さんは興味深そうに観察していた。
「この子確か、黒魔女の老婆から渡されたのよね」
「それはもう、強引に……おかげで大切な仲間が出来たんですが」
「俺は? ねぇ俺は!?」
「ゆ、勇者さんも大切な仲間ですー、だから揺らさないでー!」
「……信用に足る、でもそれは過ちかも知れないでしょうに」
相変わらず魔女さんは勇者さんに猜疑心を抱いている。
ボクからすれば魔女さんだって、怪しいとは思うよ。
なんでボクは魔女さんの言葉も、勇者さんの言葉も理解できるんだろう?
「あの、お二人に質問なんですけれど、ボクの大陸標準語は理解できているんですよね?」
「クスベアーラ語? マリリス語で聞こえるけど」
「あぁ、ちょっと訛っているけど、標準語に近いかなー?」
両者の答えは非常に興味深いものだった。
特に思考力が極めて高い魔女さんは、豊満な胸を下から両腕で持ち上げながら、高速思考していた。
「自動翻訳? だとすると可能性があるのはクロちゃんかしら?」
「クロ、ですか?」
「ええ、使い魔ってね、魂を同期させるの、そうやって貴方はクロちゃんの言葉を理解しているのよ」
「うん? でもそれならどうして皆さんもクロの言葉が分かるんです?」
今まで出会った人達は皆クロの会話は理解していた。
特に犬猿の仲だったガデスとはしょっちゅう喧嘩していたし。
「俺はクロの詳細は分かんないけど、魂が同期しているってんなら、マル君の言葉がクロ君の言葉でしょ」
勇者さんはクロとボクを交互に指すと、手でメビウスの輪という円環を作った。
「……翻訳お願い、アイツ何を言ったの?」
「ボクとクロが同期するなら、クロの言葉はボクの言葉だって」
魔女さんには不思議に思えたのか、珍しく翻訳を頼まれた。
「ふむ」と頷くと、彼女は独自の論述を出す。
「だからマールエイウスの環なのか」
「え? メビウスの輪のことですか?」
「気になるの? やっぱりカム君は頭良いんだなー」
メビウスの輪という構造体は、永久に内側と外側を走る完全な表裏一体の構造体である。
魔女さんはマールエイウスの環と言っていたけれど、文化や時代で名称が異なるのか。
「でも……ただの黒猫の使い魔がそんな奇跡的な同期があるのかしら?」
結局魔女さんははっきりした答えは出せなかったようだ。
ボクは魔女さんみたいに頭は良くない。
やっぱり落下の衝撃で脳にダメージがあるんじゃ?
「まぁ今はいいわ。それより階段……安全なのでしょうね?」
ツカツカツカと、美しい歩き方で階段へと向かった。
階段は螺旋階段になっており、三人横に並んでも特に問題はない。
ただ、問題があるとすれば。
「うげ、なんか汁の垂れた植物がビッシリ生えているんだけど」
「えーと、あれは確か」
「【ゾーンイーター】だよ、それに【ポイズンフロッグ】かな? この分だと【キラービー】もいるかも」
勇者さんの言にボクはぎょっとした。
ゾーンイーターは低ランクの魔物だけど、これだけ多く群生しているとどうしようもない。
あの植物型モンスターの特徴はなんと言っても粘液にある。
麻痺性の粘液を蔦の全身から垂らしており、一滴でも浴びれば強い痛みに襲われるんだ。
ええっ、うっかり踏んじゃって痛い目をみたボクが通りますよ。
「こういう時はサクッと焼き払うべきでしょ、皆下がって!」
魔女さんがボク達を下がらせる。
言葉が通じない勇者さんは、ボクが手を引っ張った。
「ねぇー彼女何する気?」
「焼き払うって」
確かにゾーンイーターは炎が弱点で、非常に燃えやすい。
それこそあの粘液は火薬として使われるほどだ。
ん……火薬?
「しまっ――大規模炎魔法は駄目だー!」
「万物を焼き払え《炎の嵐》!」




