ピンク髪の男爵令嬢はファンネル飛ばすって聞いたので、「行け、ファンネル!」と叫んだらNGになった。
「行け、ファンネル!」
「カーット!」
私が攻略キャラ達に指示を出すと、監督が止めに入った。
「南野君、それ何のつもり?」
「貴様が言った通り、『ピンク髪の男爵令嬢』ではないか」
「あんたのそれ、違うよ!」
「何が違うと言うのだ、髪がピンクで、二十歳前後で、未来が見えていて、信者が多数居て、その信者をファンネルとして操る女と貴様が言った。何の問題がある?」
「怖いんだよ!アンタは!もっと男に媚びている感じで作り直せよ!」
「最初からそう言え。この俗物が!」
私はメイク室へ戻り、キャラを作り直す。
「これでNG三回目か…」
私は南野裕太郎。ヨガと声楽をマスターし、あらゆる役を演じる役者だ。これまでいくつもの役になりきり、監督も視聴者も満足する姿を演じてきたのだが、この度の『ピンク髪の男爵令嬢』というキャラ作りには非常に苦戦していた。
ピンク髪の男爵令嬢というのは、今撮影している映画に出てくる重要人物…のはずなのだが、どうもそのキャラクターを掴む事が出来ない。
この映画には原作小説があり、その小説は主人公が乙女ゲームの世界の悪役令嬢に生まれ変わりヒロインと戦うというストーリーだと聞かされている。つまり、ピンク髪の男爵令嬢とは、物語内物語のヒロインではあるが物語のライバルキャラであるという立ち位置なのだ。
それだけなら、まだ演じようはいくらでもあった。北条や上杉が主人公の大河ドラマにおける信長みたいなものだ。だが、敵側の信長っぽく演技をしてみると、監督から凄い勢いでダメ出しが飛んできたのだ。
曰く、『ピンク髪の男爵令嬢はそんなに魅力的じゃない』『もっと愚かで視聴者から見てスカッと倒せる奴になって』との事。話が違うではないか。私は主人公の対になる存在と聞いて、この仕事を引き受けたが、認識のズレがあったみたいだ。しかし、演じてみせようホトトギス。私はどんな役でもこなしてみせる。監督が納得するキャラになるまで、何度でも別人になってやる。
「よし、作戦開始じゃ」
ワシはメイクを終えると、撮影現場に戻った。
「おうおうおう!ワシの名はピンク!ワシが王妃になったら、消費税百パーセントじゃあ!」
「カーット!」
今度のキャラ作り、ワシは中々自信があったんじゃが、またもや監督はダメ出ししてきおった。
「おい、クソ監督!ワシの演技のどこがダメなんじゃ!品性が無くて、他人のものを欲しがり、異世界転生者で、今居る世界の常識に無知なピンク髪じゃぞ!」
「違うわ。ピンク髪の男爵令嬢ってのはね、もっとぶりっ子で、いい年こいてお花畑で恋愛脳なの。南野ちゃんが演じてるそれは、解釈違いなのよ」
「メイク直してくるのじゃ!」
むう、キャラ性が微妙にズレておったのか。じゃが、方向性は掴めて来たわい。今の方向性からもっと恋愛に寄せて…と。
「お化粧完了〜!さっ、皆の所さんに戻らないと」
私は小道具を持ち、現場に戻った。
「はあ〜、騎士団長の息子様背が高くて寡黙で素敵だわ〜、宰相の息子様はメガネの奥で色々考えてそうで素敵だわ〜」
「カーット!」
私は桜餅を頬張りながら演技をしてたけど、監督さんに止められちゃった。
「南野さん、それ何のつもりですか?」
「え〜?監督さんの言った通り、呼吸をする様に恋をして、誰にでも色目使う、空気読めてない、浪費家で、ピンク髪の女の子ですよ〜?」
「馬鹿なのですか?ああ、馬鹿だから五回もNG出すんですよね。設定資料にお菓子作りが得意と書いてありましたが、男を落とす手段としてです。自分で食べてどうするんです?」
やだ、監督さん怖い。口調は優しいけれど、目が全く笑ってないわ。私は逃げる様にメイク室へ戻り、大急ぎでキャラを修正した。料理は自分が食べるんじゃ無くて、相手に食べさせる為…よしっ、今度こそ大丈夫ね。
「第二王子様ー、私お弁当作ってきたの!はい、アーンして」
「カーット!」
私は完璧なピンク髪を演じたはずなのに、監督はお気に召さなかったみたい…ううっ、悲しくて涙が出ちゃう。
「監督さん、今のは何がいけなかったの?どうして、私じゃダメなの?」
「キャラ設定は今までで一番合ってるっちゃ。でも、なんと言うか古いんだっちゃ。完全に昭和のキャラだっちゃよ?もっと、令和っぽく…」
「だったら、どないせえちゅうんじゃー!」
ワシは我慢の限界を突破し、監督の胸倉を掴み持ち上げた。
「ぐえー!み、ミナちゃん落ち着くっちゃ!」
「そもそもの話、おどれが原作者からピンク髪の男爵令嬢のイメージをちゃんと聞いてこんのが悪いんやろがい!」
「聞いてはいるっちゃ。テンプレ通りのピンクでやってって」
「そのテンプレが何なのかを説明せぇ!」
「知らないっちゃ。原作者もウチも、大多数の悪役令嬢もの書いてる人達も、雰囲気だけでピンク髪の男爵令嬢を書いてるっちゃ」
「意味が分からん!」
その後も、
「私はヒロインなの!ヒロインがいいの!」
「悲壮感が強すぎますわ。もっと、ざまぁと思える感じで良いのです」
色々とキャラ変してみたけどね、
「にんじん食べていーっぱい頑張るよ!」
「あいおいおい、愛らしさがガチ過ぎだぜ?おめーは、もー少しこう、わざとらしい感じでぶち込んでくんだよ。オケー?」
監督さんが納得する事は…、
「ああ〜、私の中の承認欲求モンスターが目覚めてしまう〜、人前に出るのも嫌なのに、この自己矛盾〜」
「一応言っておくけど、みなみのちゃんの目の前に居る攻略キャラ達は君の闘う相手じゃない。敵は見誤るなよ」
無かったっピ。
「ギエピー!婚約破棄作戦大失敗したっピ!」
「バカヤロー!人間を辞めてどーする!」
結局、この日は全くオッケーを貰えず、僕の出番は明日取り直す事になったのだっピ。
で、翌日。現場にはピンク色のウィッグを被ったエキストラの人が来ていた。
「おはよーございまーす。監督、あの人は?」
「君の代わりに、あのエキストラにピンク髪の男爵令嬢をやらせる事にしたんだよ。昨日、原作者と色々再確認した結果、ピンク髪の男爵令嬢は物語の世界に迷い込んだ異物って結論が出たんだよ。つまり、君の様な人気俳優じゃなくて、ゴミみたいなエキストラに格安のギャラでやらせるのが、一番完成度が高くなるって事さ」
「こんなのって無いよ!私の苦労はなんだったの?」
「大丈夫だよ南野。君にはピンクと第二王子を秒殺して悪役令嬢を幸せにする役を用意したんだ。だから、僕と再契約して魔女になってよ!」
「こんなの絶対おかしいよ!」
その後も、私は悪役令嬢テンプレと監督に振り回されるのでした…。