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暖炉に温まり業火に燃ゆる

作者: 玖音堂

 明かりのない部屋。けれど、暖炉には火が燃えていた。

 炎が揺れて、朧げに部屋が浮かぶ。

 古めかしいソファ。ローテーブル。燻んだ色の重厚な絨毯。

 「お目覚めですか、お嬢様。」

 ソファの後ろから、女性が現れた。

 メイド服を着て、私に微笑みかける女性は、手にフライパンを握っている。

 「お食事にしましょう。」

 女性が、フライパンを暖炉にかざす。

 炎が割れ、舐めるようにフライパンを炙った。

 「熱くないの?」

 「えぇ、少しも。」

 しかし次第に、フライパンの底が、溶け出さんばかりの褐色に染まり出す。

 「ちょっと、危ないって」

 「いいえ。暖炉の炎なんて、ちっとも怖くありません。」

 フライパンを暖炉から離すと、メイドはにっこりと微笑んでそう言った。

 フライパンの中では、端の焦げた目玉焼きが煙を上げている。

 「怖いのは、人の心に宿る炎です。」

 「心?」

 「えぇ。火がついたら最期、全てを焼き尽くしてしまうのですから。」


 じゅ、と。

 フライパンの中に炎が生まれる。

 妙に艶めいたその炎は、あっという間に目玉焼きを炭にした。

 けれど、まだ足りない、というように。

 フライパンの縁をぬるりと舐めて。

 真っ白なメイド服の袖を、ちりちりと焦がし始める。

 「気をつけて。」

 揺らめく炎の、その向こう。

 焦げたメイドが、笑っている。


 「火がついたら、最期ですから。」



 目が覚めた。

 いつものベッドの上。時計は夜中の2時。

 隣では、男が寝息を立てている。

 家庭を持ちながら、私との関係を捨てられない男。

 こんな男に入れ込むから、あんな夢を見たのかもしれない。


 目が冴えてしまった。

 布団を出て、脱ぎ捨てられたカーディガンを羽織り、台所でタバコを咥える。

 それにしても。

 嫌な夢だった。


 カチ、と。

 ライターに火を灯した時。

 すりガラスの向こうに、明かりがチラリと揺らめいた。

 窓を開け、闇の奧を睨む。

 けれど、何もない。

 反射した炎を見間違えたのか。

 火遊びをすれば、火傷する。

 

 火がついたら、最期ですから。


 タバコから立ち上る煙が、くらりと、揺れた。

 


 タバコを消し、布団に戻る。

 人肌に温もった布団は、暖炉のついた部屋のように暖かい。

 起きたら、目玉焼きくらい焼いてやるか。

 そう考えながら、目を閉じて──。


 揺蕩う意識の奥で。

 炎のはぜる音を、聞いた気がした。



 ブブッ、と、男のスマホが、短く震える。

 画面には、男の妻からのメッセージ。


 『これであなたは私のもの。』


 すりガラスの向こうでは、炎が、轟々と。


 火がついたら、最期ですから。

目にとめて下さり、ありがとうございます。

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