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令嬢の誠心

 すぐに見つかってしまい、情けないやら恥ずかしいやらで、レネットは抱えた膝に顔をうずめた。


「……こんな時までついてこなくていいわよ。お、落ち着いたらひとりで戻るから」

「はいそうですか、とは帰れませんよ俺も」


 困らせているのは気配でわかる。彼が言葉を選ぶ間の沈黙もどこか懐かしい。幼い頃はよく父親やマリーに叱られてはここに来たものだ。そして彼女を迎えにきてくれるのは、毎回決まってテオドールなのだった。


「なんて言ったらいいんだろうな……とにかく、お嬢様が泣く必要はないです。たぶん」

「だ、だって、迷惑だったんでしょう? わたしが気持ちを押し付けてきたから。男のひとは、お、追われるより、追うほうが好きだって」


 目を擦りながらやっと顔をあげる。彼はやっぱり眉間にシワを寄せたまま、「お嬢様はバカなんですか?」と宣った。


「男だからとか女だからとかじゃなく、好きな相手に慕われて不快なはずがないでしょう」


 ぽかんとするレネット。反応がないことに業を煮やしてか、「だいたいですね」と言葉は続く。


「俺を男として見てないのはお嬢様のほうでしょう……?! 軽々しく下着なんか見せてくれやがって、こっちはあなたを力ずくで押し倒すなんてパイを焼くより簡単なんだ!」

「そんなの、本望よ!!」


 言い切ると、次はテオドールが言葉に詰まる番だった。ちなみに彼がキッチンにいるところなんて見たことがない。

 いや大事なのはその部分ではなかった気がする。

 レネットは再び顔を伏せた。今度は、恥ずかしさで。


「……あなたの気持ちを教えてよ、テオ。もう泣かないから」

「それは命令ですか」

「ううん。お願い」


 少しだけ逡巡の間があった。


「……俺には恋だの愛だのは正直よくわかりません。もしこの務めをクビになったとして、一人でも生きるのに困りませんし」

「だから、そんなことはあり得ないって――」

「ただ、あなたには元気でいてほしい。笑っててほしい。そういう願いのことを愛してるっていうんなら……レネット様。俺はあなたをずっと愛してますよ」


 その言葉はレネットの全身を一気に熱くさせる。意味を理解した瞬間、がばりと頭をあげた。

 そこで見たものは、沸騰した顔をすっかり手で覆ってしまっている護衛の姿。普段の仏頂面など見る影もない。


「もう一度言って?!」

「新手の拷問です?」

「わたしと結婚してくれるのね?」

「それとこれとは……いや、そうなるのか?」

「そうなるのよ」


 いつになく言葉数の多いテオドールをいじめる……もとい、追い詰めるのは楽しかった。彼はどこまでいってもレネットの心配しかしない。


「事実だから自分で言いますけど、学も教養もないしマナーなんかもくそ食らえと思ってますし」

「おはようとありがとうが言えたら充分よ。それにあなた、記憶力はいいじゃない」

「俺が覚えてるのはお嬢様に仇なした奴らの顔だけです。本当ならあなたとは一生、言葉を交わすことすらなかった世界の人間だ」

「もう十年の付き合いになるわ」

「だから、あー、周りにどう思われるかもわからないし」

「お父様にはむしろ喜ばれるでしょうね。事情を知らない相手には言わせておけばいいの」


 実際、彼の顔はそこそこ知られているはずだ。何のために夜会でいつも騎士の衣装を着てもらっていたと思っているのか。

 ああ、とか、うう、とか呻くテオドールを前に、レネットは勝ち誇ったようににっこり笑った。


「何を言っても無駄よ、テオ。わたしもう決めたの!」


***


「よく似合ってるわ」

「お嬢様も、ええ、はい」

「もうっ。婚約者なんだから名前を呼んで」

「急には直せませんよ」

「じゃあこれは命令よ。従者の態度をとるのなら、聞けるわよね?」

「横暴だ……」


 正式に婚約してから初めての夜会は、レネットが生まれて初めて楽しみに思えた社交の場だった。

 角が立つような自慢をするつもりはないが、内心は彼を見てほしい気持ちでいっぱいだ。世界一カッコいいでしょう!


 彼らの関係性が変わったことに加え、参加者がみな落ち着いていることもレネットの気を大いに楽にさせた。

 エドモント公は約束通りお祝いにやってきたが、そこで二人の馴れ初めや恋物語にいたく感激したらしい。(酒のせいで父親がかなり話を盛っていた点は否めない。)以来、何かと目をかけてくれるようになり、今回も公が信頼を置く人々が集められた交流会というわけである。


 ここには彼が踊れないからといってわらうような人はいない。

 だから、反応が少し遅れてしまった。


「お手を、どうぞ?」


 いちばん近くからかけられた声。ぎこちないながらも、テオドールが礼をもってレネットに手を差し出している。


「あれから練習したんです。あなたの悲しむ顔はひとつだって見たくないから」


 言い訳がましい言葉を連ね、みるみる眉間にシワが寄る。


「ああクソ、やっぱり無し――」

「だめ。絶対に離さないわ」


 レネットは引っ込められかけた大きな手をとった。そして心からの笑みで応じる。


「素敵なお方、どうかわたしと踊ってくださる?」


お読みいただきありがとうございました! 少しでも楽しんでいただけたなら幸いです。よろしければいいねや★マークを、お好きなぶんだけポチっとしてくださるととっても嬉しいです!

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