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令嬢の思惑

 おかしい。レネットはしばらくテオドールの反応を待った。が、いっこうに思った展開が起こらない。

 嫉妬しないの? 喉元まで出かけた言葉をすんでのところで慌てて呑み込む。ここでレネットから訊いてしまっては、今までと何も変わらない。


 父親からの話をうけて、家庭教師が鍛えてくれた頭脳は少女に閃きをもたらした。これは『追われる』チャンスでは?!

 他の誰かとの結婚という危機を前にして、自分の気持ちに気付いた彼から、行かないでほしいと追いかけられる――完璧な筋書き!

 たとえば、慌てて割って入ってくるとか。「ちょっと待ったー!」……いえ、これは無しね。絶対に言わない台詞。ボツ。

 あるいは、お父様に剣を突きつけ……ダメ、これも無し。単なる反逆者になってしまう。


 いずれにせよ、完璧なはずのシナリオは一ページ目で早速つまずいたらしい。

 ちらりと壁際を見ても目は合わない。表情もさほど変わらない。代わりに虚空を睨んだまま、なんだか妙なうめき声をあげていたが。


 十年前、テオドールを拾ってきたのはレネットだ。痩せぎすの少年を彼女は一目見て気に入った。身なりを整えて肉をつけてやると、思った通りのハンサムに仕上がったのは満足している。愛想がないのは少し困るが、態度で示してくれるから問題ない。


 父親が持つ妙な強運は信頼しているが、今回ばかりは期待するのも難しいだろう。元はといえば、数々の見合い話を台無しにしてきたレネット自身に非がある。


「潮時ってやつかしら」


 とうとう初恋に別れを告げる時がきたのかもしれなかった。

 恋とは二人でするものだ。家のためにもわがままは言い続けられない。


***


 レネットの父は人柄と人脈であらゆる荒波を乗り越えてきた人物である。一度目のお見合いはすぐに設定された。


「どこの馬の骨かわからない輩と二人きりにさせるわけにはいかない」

「坊やは女心がわからないの?」

「何かあったらそれどころじゃないだろうが」


 なんて言い争いの結果、見張りをするテオドール、をさらに見張るマリー、という厳戒態勢で迎えることとなったが。主張はそれほど遠くもないのに、彼らはしょっちゅう揉めている。


 今回のお相手は子爵家の次男坊で、名をロマーノといった。王城で文官を務めているらしい。いかにも優しそうな、悪く言えば気が弱そうな青年である。


「ええと、レネット嬢。あちらにいらっしゃるのは……」

「どうか気になさらないでください」

「は、はあ」


 無理でしょうね、と思いながらせめてレネットはにこやかに告げた。

 テオドールは王子様というよりは断然ワイルド系である。マリーも、家を訪れた友人たちから家庭教師と間違われるほどだし、二人そろえば賊が裸足で逃げ出しそうなオーラを放っている。

 なるべく視界に入れないようにしつつ、レネットはソファーに掛け直した。


「ロマーノ様のご趣味を伺っても?」

「ああ、えっと。休日はたまにお菓子を作ります」

「まあ、素敵!」

「いえいえ、大したことはなくて! でも、もしよかったら」


 そう言って、持参した荷物から小さな瓶を取り出す。


「ジャムを作ってきたんです」

「えっ」


 初対面でまさか食べ物のプレゼントとは。しかし真っ赤なリボンまで結んであるし、断るわけにもいかない。しかもテーブルにはおあつらえ向きに、マリーが用意したスコーンがのっている。


「ち――ちょうどよかったですね。ありがとうございます。開けても?」

「ええ、ぜひ」


 最悪、食べるフリをすればいいだろう。先方の機嫌を損ねないよう蓋をあけ……あけ……あかない。


「固いですか? 貸してみてください」

「申し訳ありません」

「いえいえ」


 笑顔で受け取ったロマーノだったが、やはり開かない。


「ふんぐぐぐぐ……ッ」

「お、お砂糖が溶けてくっついてしまってるのかもしれませんね?!」


 気まずい。引っ込みがつかないのだろうが、このままでは見合いが終わるより前に彼のあらゆる血管が爆発する。

 困ったレネットは


「テオ?」


 そっと壁際の男を呼んだ。

 一直線にやってきた彼は瓶を取り上げ、カポッとすぐさま開けてみせた。そこまではよかった。

 ズオオ……と音まで聞こえそうな圧をロマーノに向け、見下ろし、動かない。


「毒味をしても?」

「ひぃっ」


 ロマーノの小さな悲鳴と同時、パキン、と音を立ててテオドールの手の中で瓶が割れた。


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