その5
異界、というものがある。
混沌災害によって様々な世界が混じり合ったことで生まれた異常な空間で、独自の性質やそれによって狂った生物などを抱え込んだ危険地帯だ。
そして、一定の法則はあるものの、脈絡もなく何処にでも現れる。混沌災害の中心故か、極島では異界が現れる頻度が多く、身近な脅威の一つである。
「今回はそいつの中を調べて除去する仕事だ」
「異界の除去ですか。どうすればよいのですか? 四樹の国ではあまり発生例がないもので」
「はーん? まぁやり方は色々だが、今回は簡単みてぇだな。異界を作ってるコアがあって、それをぶっ壊せばいいらしい」
デッドがメグプトに渡されたデータを、携帯端末のホログラフで浮かび上がらせる。と、おおーとシラハに感心して、何故かホログラフへ手をスカスカと横切らせた。
「何やってんだ」
「いやぁ、映画で見た時、触ったらどうなるのかなぁ? とずっと思っていたもので。触れないんですねぇ」
「そりゃ映像、えーと魔法で言うなら幻術みたいなもんだからな」
「なるほど、幻術ですか。九尾の術もこうして使えば平和なのですねぇ」
納得してふんふんと頷きながら、シラハはホログラフへ指をくるくると走らせ続ける。資料が見にくいんだが。
さて、現在は自動タクシーで、ビルの合間を走り抜け続けている。すると、建物は丈は低いが面積が広く、看板もない無骨なものへと入れ替わっていく。
倉庫街に到着だ。
シラハは、ホログラフから手を離し、出入りする大型のトラックをおおーなどと感心している。やはり物珍しいのだろうが、資料見ろよ。
「ああ、すみません。不真面目でしたね」
「いや、別にいいっちゃいいけどさ。見方も分かんねーだろうし、そもそも大した情報ねーしな」
めぼしい情報は、とある倉庫の内部が異界化したこと、外部からの観測によると小規模なものでコアを破壊すれば消えるはずだということ、そして前任のチーム複数が未帰還ということくらいか。
「未帰還、ですか」
「ああ、全員な。だから情報がねぇし危険度もDにあがってるってわけよ」
なお、依頼の危険度はAからFまであり、E以下は基本安全、D以降が明確に命の危険があるものだ。
「なるほど。未帰還の方々はどの程度の強さの方々です?」
「ええっと、資料によると3チーム受けてて、どれも登録して半年くらいの新人卒業した奴らだな。総数は3、3、1の7人」
「その全員が未帰還、と。これは気を引き締めねばなりませんね。合同でなさってたのですか?」
「いんや、別々。異界除去とかは早いものがちなんだよ」
そんな話をしていれば、ききっとオートタクシーは停まり、目的地へと辿り着いた。
「見た目は、周りの建物と変わらないんですねぇ」
シラハはタクシーに無理やり積んでた大太刀をがしゃがしゃと引き抜きながら、周りと変わらぬ平べったい四角の倉庫を見上げる。
「異界化が進むと変貌したりするけどな。ああ、入るのはちょっと待ってくれ。ドローン呼んでるから。そこに装備とかが」
「あ、先に受けてたの、あんたなんだ?」
デッドの説明にシラハとは別の、楽しげな声が響いた。
デッドは軽く舌打ちした後、即座に声をした方へと振り向き頭を下げる。
「どーもっす」
振り向いた先にいるのは、デッドやシラハよりも小さな女の子。タイツの上にTシャツとデニムのパンツをまとい、手には杖。先端で宝石が淡い輝きを放っている。
その顔立ちは幼さを残してかわいらしく、お人形のようなのだが、
「なーんかメグプトがいきなり渋り出したわけだ。で、何? まだ無駄な努力、続けてるわけ? ばかねぇ」
かわいらしい声音で、そんな辛辣な言葉をデッドに浴びせてきた。
「そりゃ返済しないといけませんので」
一方のデッドは頭を下げたまま、淡々と答えたのだが、
「それが無駄だって言ってんのよ。無理してDクラスの依頼ってうけてさぁ、焼け石に水だっての。いいから下らない無茶せず、諦めなさいよ」
「それはボスが決めることですんで、ちょ、ま!?」
待て、などと静止しようとしたこと自体が失策だった。
次の瞬間には、デッドの体を真っ白な衝撃が貫き、遅れて轟音が耳をうつ。魔法で吹き飛ばされ、倉庫の壁に激突したのだ。
かはっと空気だけもらして、デッドは地面に崩れ伏す。
「へぇ、頑丈じゃん? 少し前に手足もげて死にかけたって聞いたけど、頑固爺におねだりでもしたの? でもさぁ」
いきなり杖から光の玉を発した少女は、潰れたカエルのように這いつくばったデッドへ嘲って笑いかけ、
「雑魚は雑魚のままなんだよ!」
杖が勢いよく振り下ろされて、燃え盛る炎の光弾が再び発される。
そこへ、ふわりとシラハが割り込んだ。
「シラハ!?」
思わず叫んだデッドだが、しかしパンッという何かが弾ける音がなり、光の玉はシラハから逸れる。代わりに後ろ横にあった街灯をへし折って地面に倒し、がっしゃんっと甲高い音を鳴らした。
「おやめなさい」
静かに制したシラハの手には、いつの間にか鉄の棒のようなものが握られている。どうやらそれで魔法を弾いたらしい。
「どのような因縁があるか存じませんが、いきなり魔法で吹き飛ばすなどとは乱暴な。少し落ち着かれてはいかがか」
「……シラハってあんたの名前? なんでデッドが呼んでんの?」
「一緒にお仕事をすることになりまして」
「仕事ぉ? どうしてあんたみたいな変なコスプレのクソデブなんかとさぁ」
そう苛立たしげに声を低くする少女の杖の先端は、再び剣呑な光を発し始めたのだが、
「お嬢様。その辺りで」
そんな彼女を、クラッシックな姿のメイドが制止した。長身の女性で、黒い服に白いエプロン。ただし手には装飾のない無愛想な丸盾と標準的な両刃の長剣を持っている。
「仕事前にそのような雑事にかかわるのは感心いたしません。それに、無用な被害も主様がどう思われるか」
「分かってるわよ! 余計な口きくな!」
かっと怒鳴り声を響かせた少女は、乱暴に足音を響かせて倉庫へ入る。メイドも軽く会釈し、その後を追っていった。
それをじっと見送った後、シラハはデッドに向き直って手を差し出す。
「大丈夫ですか? デッド? ご災難でしたね」
「……ダメージチェック終了。損傷軽微、オートリペアで何とかなる範囲だ。あーと、要は大丈夫ってこった」
怪訝な顔をしたシラハのために簡単にまとめつつ、その白い手を取って立ちあがる。
「助かった。しかしその鉄の棒でアイツの魔法を弾くなんてすげぇな」
「大ぶりでしたからね。攻撃に合わせて気を集中させました。ああ後、これは鉄の棒じゃなくて扇子です」
そうシラハは鉄の棒を広げてぶんぶんとあおいでくる。
「しゃれたもんもってんあ。鉄扇術ってやつか」
「そこまでご大層なものじゃありませんよ。彼女らについて、ご質問しても?」
「……あいつんとこから金借りてんだよ。俺のボスがな。屋台んところで俺が蹴っ飛ばした奴いたろ? そいつの尻拭いでさ」
「なるほど。あの件はそういうことでしたか。しかしデッドは借金を返そうとしてるのに、あの少女は何故、妨げるのです?」
「ボスは腕のいい修理屋でね。腕のいい技術者や医者を借金を盾に下につける、よくある話だろう?」
「ふむ、確かに珍しくはないですね。彼女は魔法使いなのですか?」
「まぁ魔法使いっつーか魔法少女なんだけど、っと。来たか」
デッドが空を見上げると、箪笥ほどのドローンがバタバタバタっとローターを鳴らしていた。
「細かい説明が欲しけりゃ終わってからする。あれに一応、武器とか防具が入ってっから、好きに持ってけ。さっきも言ったけど、この手の依頼は早いもの勝ちだから、とっとと行かねぇとな」