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その3

「うーむ、刀も含めて全部持ってかれてますね」

 シラハの荷物を元のところへ置いたままだということで、デッドは彼女とともに元の通りまで取りに行ったのだが、当然、置き引きにあって荷物は無くなっていた。

「まさか膝栗毛物と同じ轍を踏むとは、ね」

 少し楽しげにシラハは声を弾ませるが、どうするつもりなのやら。

「四人であのでかい刀、持ってってたぜ。それでも大変そうだったけどよ」

 近くの屋台の魚人のおっさんーーちなみに顔はマグロだーーが、正方形な合成肉ブロックを焼きながらしみじみと語るが、止めろよ、とは言うまい。このゴミ溜め町で、そんな知り合いでもない輩への親切心を期待するのは間違ってるし、そもそも余計なことをすると逆に襲われかねない。

「つーか刀ってあんた今背負ってるだろう? まさか二本めがあるのか?」

「はい。雌雄一対のものでして。通行の邪魔になるから、これは持ってきたおいたのが幸いでしたね」

 そうシラハが苦笑しつつ、今は斜めに背負っているバカでかい太刀を軽く指で弾くと、ゴンっと圧迫感のある音がなった。

「なんでそんなバカデカ刀が二本も。そも、どうやって持ってんだよそれ」

「ああ、それは気、外の国では、えーと魔法を使うための、魔力でしたかね、それを鍛えたからです」

「魔力、ねぇ」

 デッドがはぁ、と肩をすくめる。世界が衝突し混じり合った今の世界には、科学世界ではフィクションとしてしか語られなかった気や魔力、魔法といった超常の力が、実際に存在するようになっている。

「だけど、俺ら凡人には使えねぇんだよな。魔力があるやつってのは血筋とか才能なんだろ? 羨ましい限りだよ」

「でも先程の蹴りを見るにデッド殿もすごい脚力がありましたよね? さいぼーぐ、というものですかね、ならそう羨ましがることもないのでは?」

「ま、それはそうかもしんねぇなっと」

 なるべく声を明るくしてデッドが答えると、シラハは少し首を傾けたが、すぐに屋台の肉に目移りしてくれた。そのまま、あらこちらのお肉、美味しそうですね一つ下さいな、あいよ、などと店主とやり取りする。

「ありがとうございます。しかし、えっと」

「ははぁ、魚人が珍しいかい、姉ちゃん?」

「ええ、失礼ながら。混沌災害からこの方、四樹の国は鎖国しておりまして」

 混沌災害、数十年前に起こった異世界同士の衝突を起因とする災害だ。その対策のために異世界同士の交流が進んだのだが、一部の国ではそれこそが災害の原因であると逆に国を閉ざしたりしている。

 マグロ店主もなるほど、と頷き、

「へぇ、鎖国ねぇ。それなら初めはビビるかもしれねぇが、なぁにご贔屓にしてくれれば見慣れるからさ、また頼むぜ?」

「ええ、それはもちろん。これからよろしくお願いしますね」

「おうよ! じゃあ新しい常連を祝って、代金は結構だ。もってけもってけ!」

「ふむ、ではご厚意、ありがたく頂戴します。デッド殿もお一つどうです?」

 そう、串に刺した不気味なくらいきっちりした正方形の肉を差し出し、シラハは屈託のない微笑みを向ける。それが、陽を直に見つめたかのように、デッドには奇妙に眩しくて、

「っ!?」

「あら、お嫌いでしたか?」

「い、いや、ちが、別に……」

 バッとデッドから視線をそらされて、シラハは心配そうに声をかけるが、赤くなった頬を意識してしまった思春期少年は、上手く口を動かすことができない。

「ちげぇちげぇ、ボンは照れてんだよ。姉ちゃんにさ」

 代わりに笑みを深くしたマグロ店主に代弁されてしまった。うっせえ、刺し身にすんぞと睨むが、魚野郎の首筋のエラから発される、ゲラゲラ笑いを止められず、

「ったく、どうでもいいだろ! ああそれとデッドでいいからな!」

 デッドが誤魔化しの舌打ちとともに、肉をシラハから引ったくってかぶりつけば、まったりとした油が塩気とともにじゅぅっと染み出して、舌を包む。

「旨ぇ」

「それはよかった。あ、私もシラハと。お水も飲まれますか?」

 そう言って彼女が空の紙コップを差し出すと、何故か水が湧いてきた。

「おお! 魔法か! 魔力持ちだから使えても不思議じゃあねぇんだけど、やっぱすげぇな!」

「いやいや、少し水を作る程度しかできませんから」

「謙遜すんなって! 魔法世界でも才能が必要で使えるのは少ないんだろ! ドラマで言ってたぜ! 実際、使ってるのは上級民とかくらいだし! かー、俺も魚なんだから水魔法くらい使えりゃいいのによ!」

 大げさな早口で感心する店主に対して、シラハはええっとと苦笑をしている。とりあえずちゃんと肉見ろ、焦げてるぞ?

 ……しかし才能、か。

「どうしました?」

 思わず無表情になってしまい、シラハから心配そうに覗き込まれてしまう。

「別に、どうでもいいだろっ」

 なるべく淡々としようしたのだが、何故か言葉はトゲトゲしく響く。

「な、何か気に触りましたか?」

「っと、いきなりどうしたよ?」

 シラハが戸惑い、店主も首を傾げで、空気が湿気ってくる。ああくそ、ただ単に羨ましかっただけだってのに。デッドも困るが、だからといってそれを説明するのも恥ずかしい。

 どうしたものか、などと悩んでいたら、先にシラハが殊更に明るい声で叫んだ。

「そ、そういえば! どうしましょうか!?」

「ど、どうしましょうって何がだ? 盗られた荷物の話か? 大使館だか領事館だかにでもいけいーんじゃねーの?」

「そっちではなく! 取り立ての邪魔をした件ですよ! このままでは申し訳ないです!」

「申し訳って、別にいいよ。身内の問題だ。あんたにゃ関係ない」

「いえ! 何であれ邪魔をしたのは変わりません! だから刀を、えっと、それは止めておきますか?」

 そうしてくれ。あんなデカブツ、運ぶだけでも大変そうで、大きすぎて引き取ってくれるところもなさそうだ。

「となると、別のもので代えないといけませんが、財布の金子銀子も大してないので、ええっと」

「……」

 シラハはうーんと空を向いてうなる。それはいいのだが、ふとデッドが気づくと、シラハは腕を胸の下に組んでるもんだから。胸が浮き上がっていて、

(て、何ジロジロ見てんだ! あんなもんゴムボールみたいなもんだろう! だいたい、子作りは培養槽が当たり前になって、エロなんて無意味になっただろうし! 失礼だろが! だからええっとその!)

 そう色々と理由をつけて自分を叱りつけるも、ああしかし思春期男児の悲しさ、視線は自然と胸へと引き付けられて、それに気づいて慌てて顔を背けるを繰り返してしまえば、

「あ、ん、その、やっぱり胸、お好きなんですか?」

 当然ばれる。

「っ!? す、すまん! いや見てねぇ! 見てねぇから!」

「いや、謝るかごまかすかどっちかにしろよ、ボン」

 そうマグロ店主からゲハゲハ笑われるが、その通りなので言い返すこともできない。ああクソ。

 そんな顔を真赤にして歯噛みするデッドへ、シラハも苦笑いを浮かべていたが、ふと何かに気づいたように手をうつ。

「ふむ、この島でも胸が大きいことは、男の方には人気なのですね。なれば!」

 バッと何故か胸の襟を開くと、サラシで抑えているにも関わらず、でかい胸がポーンと飛び出せば、おおっとマグロ親父どころか、周囲の屋台の店主や道行く老若男女まで感嘆する。

 デッドもまた、あまりの迫力、あのクソデカ刀とはまた違った大きさの暴力にゴクリ、とつばを飲んでしまった。

 でも仕方ないだろう? 何しろデカい、デカい、デカい。デカいという存在に頭を圧されるくらいにはデカいのだ。それが誇らしげにさらけ出されれば、男の理性なぞどこかに押し出されるというもの。

「この通り、体を使ってお支払いするというのはどうでしょう!? 流石に本職の芸妓のようには行きませんが、体だけでも多少、の……」

 そして、そんな男のしょうもない下劣な視線を一身に受けたシラハは、圧に負け急速に尻すぼみとなっていく。その白雪のような頬には赤が集まり、服の襟もそそくさと直して、

「その、恥ずかしくなってきたので、やっぱりなしでいいですか? 言い出した先に二言となって申し訳ないのですが、デッド?」

「……え!? あ、いや! べ、別にいいってば! だいたい体ならそっちより」

 デッドは、再び吸い寄せられていた視線を強引に外し、そう言いつくろおうとしたら、

「いいやよくねぇ!」「武士に二言はねぇだろ!」「そのでかい胸を揉ませろ!」

 下品な野次が割り込んできた。それを受けたシラハは、あうあうあうっと更に縮こまり頭の狐耳もふにゃんと丸まってしまう。

 その瞳の端が少し濡れていて、

「ああもう! うるせえってんだよ! 見せもんじゃねぇぞ! 散れ!」

 デッドはまだ少し幼さを残した声を、精一杯張り上げた。同時に、上に向けて拳銃を二発、ばんばんっと放てば、エロ野次馬たちは、うおおヤッベ! ったく、修理屋のガキが良い子ぶりやがって! などと蜘蛛の子を散らして逃げ出していく。

「ホント、どうしようもねぇバカどもが!」

「まぁそういう街だからな。あ、シラハちゃん? もし売りやるならぜひ教えてくれよ?」

「い、いやそれは……」

「うるせぇっつっただろが! 耳穴がちっこくて聞こえてねぇのか! こいつで穴を増やすぞ!」

 シラハを庇ったデッドから睨みつけられるも、何故かセクハラマグロ店主はそう怒んなってぇ、と魚のくせに楽しげな猫なで声を出してくる。

「舐めんなよ、おい! ガチで眉間に穴ぁ開けてやろうか!」

「まぁまぁ! 乱暴はだめですよ、乱暴は! 私の失態で始まった話ですし!」

 シラハは止めてくるが、こんなやつ調子に乗らせるとろくな事にならねぇってのに。

「ったくぅ、あんま甘ちゃんだと、骨の髄までしゃぶられっぞ。この街はクズしかいねぇからな」

「そうなのですか? でもやさしい立派な方が、既に目の前にいらっしゃいますよ?」

「あ? ん、俺は、別にその」

 ただ単に周りのやつがウザかったからで、やさしいとかそんなことはない、そう続けようとしたのだが、

「ありがとうございます、デッド」

「……お、おう」

 折り目正しく一礼したシラハの一輪の花に似た微笑みに、やはりデッドは曖昧に顔を逸らすことしかできなかった。

「うんうん、青春だな、いいもんだ」

 そして何故かマグロ店主は腕組みしながら、気色悪いニタニタ笑いを更に深くしてて、いつか本当に頭に銃弾を撃ち込んでやる、とデッドは心に決めつつ、

「つーかさ! 体使うってんなら、こっちを使えばいいんだろ!? そのバカでかい刀が飾りじゃねーならよ!」

 妙に甘ったるくなった空気を打ち払うため、デッドは無意味やたらな大声をだし、ぎゅっと力こぶを作った。

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