その2
……冷たい。
浮かび上がってきた少年の意識がまず感じたのは、頬に当たるヒヤリという感触だった。
「あ、気づきましたか。良かった」
「……あんたは」
ほっと一息を入れた女性の顔を、少年はぼんやりと眺める。
(確か、えっと、バカでかい刀もってた変なヤツで、ええっと……)
改めて近くで見ても、やはり彫刻のようなきれいな顔立ちである。それでいて少し幼さを感じさせる瞳には、春の朝日を思わせる柔らかな光が宿っている。
「痛かったり気持ち悪かったりしますか? 視界が揺れたりは?」
「ええっと……」
薄紅色のくちびるが、ゆっくり淡然と語りかけるのを、少年はぼんやりと眺める。ぱっと見、自分よりは少し年上くらいの女性。なのに雰囲気がもっと年上に感じるのは、上から見下されているからか、もしくは威厳ある銅像みたいにきれいな背筋で静粛としているためか。
横目で周囲を見ると、見たことがある公園。先程の通りのすぐ近くにあるものだ。もっとも、公園といってもビルの合間の余った場所に長椅子をおいただけで、遊具どころか砂場も街路樹もやる気もない、という代物なのだが。
そのため、カラスがかぁかぁと唯一公園の真ん中にある古臭い街灯で黒羽を休めてる以外は、誰もいないのが常となっている。
「いてぇ……」
「ああ、すみません。叩いたせいで。周りの人は放っておけ機械化されてっからって仰ってましたが、本当に大丈夫ですか? 歯がかけたり折れたりしてませんか?」
細い指先が、少年の頬を押さえていて、ひんやりと冷たい。氷も持っていないのに。魔法、なのだろうか? 逆に何故か後頭部は柔らかで暖かい。
少し尻や背中にかゆみを覚えて横を向くと、目の前には着物があり、下は袴だ。
ああ、自分は膝枕をされてたんだなと、
「て、うわ!?」
「どうしました!? きゃん!?」
慌てた少年の手のひらは、またも、またも、またも、サムライ少女の大きな双丘の一つを鷲掴みにする。本当に本当にどういう加減なのか、少年本人もわからないのだが、今度は流石に本能より良識の反射が勝り、
「す、すまねぇ! いてぇ!」
反射的に横へ転がり彼女の膝枕から一気に離れるも、寝かされていたのは地面ではなく長椅子の上だった。当然、そのまま落下し、ゴーンという良い音に頭を貫かれてしまう。
「だ、大丈夫ですか!? すごい勢いで落ちましたけど!?」
「だ、大丈夫だこのくらい! それより何度も何度もその、すまねぇ! つい!」
兎にも角にもと、飛び跳ねるように姿勢を片膝に正した少年が頭を下げると、サムライ少女の方も慌てて膝を折り、
「いえいえ! 私の責任でもありますし! 頭をお下げになることはありません! しかし……」
「しかし?」
「あ、いやその、ええっと! やっぱり好きなんですね、大きな胸!」
「うが!?」
他愛のない内容であるが、自分に起こり始めた性的好奇心を恥と捉えるタイプの思春期の男の子にとっては、首を掻きむしって自害したくなる質問だ。さっき本能的にやってしまったことを考えれば、怒鳴りつけて有耶無耶にするという事もできず、少年はただ顔を引きつらせて息を止めるしかない。
一方の少女も、少年へ精神的な痛撃を与えたことにすぐ気づけば、焦りの早口あわあわと、
「あ、いやその、嫌味とかではなくてですね! 同じくらいの甥っ子もよく視線が胸にいっててそれで思い出してで、だからその、あなたも、あ! そうだ! 名前!」
そう一声、サムライ少女がぱんっと手を叩くやいなや、さっと公園の冷たいコンクリートに改まって正座をした。
「私、姓はサクラメ、名はシラハ。四樹の国から参りました。見ての通りの不調法者ですが、どうぞよろしくお願いいいたします」
そのまま少女は手を八の字について、すっとお辞儀をした。流れるようで、それでいて柔らかな所作は、やはり美しーー
(って、何ジロジロと見てんだ俺は! 女なんかに!)
うっと詰まっていた喉に気づいて少年は猛るが、それでも目は丸くなったまま。
見惚れてんだよ、と理性が告げたのを額を叩いて否定する。しかし、胸の動機が収まらない。少年は最後の抵抗としてなんとか首を背け、そのまま頭をボリボリとかいて告げる。
「デッドだよ、姓とかはねぇ。ただのデッドだ」
これが少年ことデッドと、サムライ少女シラハとの出会い。少し珍しくも、しかしなんてことはない始まりではあるが、二人にとってはどうであるか、それはまだ本人たちにも分からない。