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その1

 極島の中心であり最大都市エグザスティで一般的なことの一つは、暴力と呼ばれている。

 著名な観光ガイドでは、表通りであっても一人で行動するなといの一番に書かれ、電子掲示板やSNSでは一日で強盗に合う可能性は150%、などというコピペが冗談半分、本気半分で語られたりする。

 調査軍の失敗以降、中立地帯となったこの島に、まともな行政機関がない故の弊害だ。警察を筆頭とした政府機関は貧弱かつ汚職まみれ。自警団という名の無頼や外から来たヤクザやマフィアが幅を効かせているのが、この島の現状だ。

 だから、珍しいことではない。

「ふざけやがって! このクズジジィが!」

「ぎゃ!」

 こうしてみすぼらしい身なりをした浮浪者の中年が蹴り飛ばされる、などということは。

 ただ、よそ者から見て珍しいこととしては、蹴られた中年が十数歩先まで吹き飛んだこと、そしてその腕が異様に大きな金属腕であることか。

 生物の体に機械を取り入れたり置き換える、いわゆるサイボーグ技術だ。かつてシガンと呼ばれた世界の科学技術による代物である。通行人の中にも、ちょいちょい手や足がキレイな金属光を放っているものがいて、エグザスティの街では珍しい代物ではないことがわかる。

 もっとも、そんな中でも中年男性の腕は特徴的なのだが。なぜなら異様に大きいのもあるが、見るからにボロいからだ。凸凹とへこんで歪み、細かい傷は数え切れないほど無数に浮き、巨大な裂け目はテープで強引に塞いでいる。

「ま、待ってくれ、俺も返そうって思ってるんだ、だから」

「馬鹿野郎! 何度目だと思ってんだ! しかもあんな額をてめぇは!」

 そんな悪目立ちする機械腕をふらふらと掲げた浮浪者を、怒鳴りつけて蹴り倒した方は、一見するとただの少年だ。齢は12,3程度で幼さが残る顔立ちだが、そこかしこに金属光が浮いているから、やはり彼もサイボーグか。格好は、Tシャツにジャージズボンとなんてことのない服だが、煤けが染み付いてしまっている。

「この蛆虫野郎が! てめぇのダセェ言い訳は聞き飽きたんだっての! 親父の金を返せねぇってんならよぉ!」

「ま、待って、た、頼むから……」

 そんな少年が頬を紅潮させて、苦しげに呻く浮浪者の男へと歩を進め取り出したるは、L字型をした鉄の塊、拳銃である。

 普通ならば、それだけで逃げ出すなり見回りを呼ぶなりの大騒動になるはずだ。しかし、馬車数台は通れそうな通りを行く、老若男女、機械の頭に虫の腕、蛇のような足を覗かせる人々、或いはきれいな正方形の肉を串焼きにして売る屋台に様々で不可思議なジャンク品を並べる店も、みんな全員無反応。

「うっせぇな、静かにやれよ」「店の前でやめろよな、掃除がめんどくせぇ」「流れ弾はやめてくれよ」

 そう迷惑そうな顔こそすれ、特段に重大事として気にすることもなく、ただ無関心に営みを続けていた。

 それが、薄汚れたビル群に濁った看板の光が所狭しと飾られて、その下の薄暗いコンクリートで人々があくせく這いずるこの街の日常。誰かが誰かを怒りに任せて殺すなぞよくあること。多少の可愛げがある少女ならまだしも、汚らしい身なりの見るからに浮浪者な中年となれば、撃ち殺されようと斬り殺されようと知ったことではない。興味をもつのはせいぜい、あいつの機械はどれくらいになるかな? などと路地裏からハイエナの皮算用している浮浪者と、死臭を嗅ぎつけた野良犬猫にカラスくらい。

 だから椿事である。

「申し! お待ちなさい!」 

「ああん!?」

 助けが入る、などということは。

 それが美しい細身の女性、それもぶかぶかとした袖の上着に足首まで隠れるロングスカート、小袖と袴という時代錯誤な格好となれば、尚更に珍しい。歴史ゲームかドラマでしか見たことはない代物で、しかもその頭には狐のような三角の獣耳が生えていて、やたら胸が大きく目立つ。

 このネオンと魔法のランプが輝き、使い魔の蝙蝠とドローンが共に飛ぶ魔法電脳都市でも、なかなかに見受けない属性の塊である。

「な、なんだてめぇは!?」

 もっとも、その程度の異様さならば、少年は怯んで問いただしなぞしなかったであろう。サムライの格好なぞバカな金持ちが道楽でやることはあるし、狐耳も巨乳もその手のアイドルが生体改造なり魔法なりで、生やす事例はままあるからだ。

 そもそも混沌災害からこの方、巨大な頭を転がす機械人間だの、蜘蛛の胴体を持つアラクネだの、キノコに手足が生えた人間だのが、普通の人間に交じってその辺りを歩いているのが当たり前である。

「名乗るほどのものではございません! ですがその銃! しばし待たれよ!」

 しかし、それでも気圧されるくらいに異常であった。何がと問われれば、朗々と返した狐サムライガールの手にあったものがだ。

 刀。

 それだけなら常識的だが、その大きさは意味不明である。

 常人の身の丈を優に越える長さ。横に倒せば道を遮り通行人の足を鈍らせるほど。そして、鞘ではなく鎖入りの布を巻き付かせて納めていることを割り引いても、壁かと見紛う身幅と分厚さを併せ持っている。

 重厚長大という言葉を形にしたような刀、持ち主は大型パワードスーツか巨人族かといった塩梅なのだが、

「あなたのお怒りの理由は分かりませんが! どうかこれでお収めあれ!」

 実際に手にしているのは前述の通り、美しく胸以外は細身な、華奢な印象すら与える少女だ。しかもどういうわけか、その特大大太刀を軽々と少年へ差し出している。

「は?」

 威嚇、ではなく純粋に何がなんだか分からずに少年は顔を傾け、短く刈り取られたまだ柔らかい短髪を揺らせば、サムライガールはまるで劇かなにかのように朗々と、

「天下泰平の往来で、人を蹴るに飽き足らず銃を向けるなぞあってはならぬこと! しかしこれは私の道理であり、この街の道理にあらず! そしてあなたと彼の間に何があったかも分からない! 故に下手な手出しは無用のことでしょう! けれどもやはり、殺し殺されを見て見ぬ振りをするのもまた、私の矜持に反します! 故にこれ!」

 彼女はそう、自分より小さな少年よりも身を低くして、横にした大太刀を両手でずいっと恭しく差し出して、続ける。

「瓦版曰く、外の国では四樹の国の刀は、シガン世界に名高いサムライの得物に似ていることもあり、工芸品として人気とのこと! そしてこちらは、歴戦において折れず曲がらずに着いてきてくれた大太刀! 大業物であることは実地で確かめております! 刀匠こそ音には聞こえませんが、それなりの価値はあるはずです! 大きくてお得でもありましょうし! だからどうぞ!」

「い、いや、だからどうぞって言われてもな」

「ご遠慮なさらず! 私の身勝手でありますれば! どうぞどうぞ!」

「だ、だからよ、そうじゃなくてだな」

 身勝手云々ではなく、大きすぎるのが問題なのだが……、しかし少年は目の前のサムライ少女の気迫と、そしてやはりその巨大さに圧倒されて、恐る恐ると手にとってしまう。

 失策であった。

 何故か? デカいものは、重いからだ。

「うお!?」

 受け取ったのを確認したサムライ少女が手を離した瞬間、少年の腕へ一気に凄まじい重量が襲いかかった。百キロは越えるであろう重量、それを些か呆然自失気味で受ければ、如何なサイボーグ化による尋常ならざる身体能力をもってしても、支えきれるものではない。

 それでも手を放せば落とすだけで済んだであろうが、不幸にも少年は落とすまいと何とかふんばろうとしてしまった。

 結果、体はバランスを失い、

「わあああ!?」

「え!? 危ない!?」

 少年は前へと倒れ込む。

 ドスンという鈍い音と、カランカランという甲高い金属音が響いた。

 そして、少年の顔は柔らかく暖かな感触に包まれる。

 同時に感じるのは、微かに甘い花のような匂い。

(な、なんだこれ!? 倒れてあの女の、っ!?)

「いたたたた……。だ、大丈夫ですか!? 刃が当たったりは!?」

 慌てて顔を起こした先には、あのサムライ女の心配そうに見つめる瞳。そしてすぐ近くには彼女のなかなか大きな胸で、

「す、すまねぇ!? これはわざとじゃなくて!?」

「あ、いや、それは分かってますので、あまり慌てずに、ふひゃあ!?」

 早く体を起こさないとと驚きふためいて動かした少年の手には、柔らかくも張りのあるむっちりとした感触。

 どういう加減か、彼女の胸を鷲掴みにしていた。

「う、うわ!? ち、違うこれはその!?」

「だ、大丈夫です大丈夫! らぶこめマンガというもので良くある展開ですよね! 大丈夫ですから!」

「それを現実でやったらわりぃだろ! とにかくすぐどくから、あ!?」

 焦って動かした手が、本当にどういう加減か、サムライ少女の襟にひっかかれば、本当に本当にどういう加減か、下に着ている襦袢ごとするりとめくれた。

「へ?」

 少女が唖然とすると同時に、汚れ一つない艶やかな肌が、少年の目を刺し貫く。ただ首筋から肩にかけての諸肌が多少あらわになっただけなのに、肺は潰れて息が止まり、まぶたは開きっぱなしになって瞳を動かすことが出来ない。確かに輝くばかりで美しくはあるが単なる肌で、今どき肩口どころか裸すらネットでありふれたもの、南国に近いから周囲を見渡せば薄着の女性だっていっぱいいる。

 なのに、どうして。

「っいた!?」

 少女の悲鳴が遠くに聞こえる。手が勝手に何故か胸をつかむ。柔らかくて暖かくて胸が張り裂けそうで。鼻息が荒くなるというが、実際、下半身と同じ熱を帯びるんだな、などと下世話なことが頭によぎった。

 同時に、少女の顔と肌が、しゅうっとやはり鮮やかに赤くなって、

「きゃ、きゃあああああああ!?」

「はっ!? すま、ぎゃ!?」

 悲鳴。それで少年が自分のあまりな有様に気づいた瞬間、パーンっと言う高らかな音が耳奥に響き、視界が暗転した。

 神速の平手打ち、反射的な謝罪すらも許さずに少年を脳震盪へと追いやる、見事な一撃必殺であった。

「し、しまった!! す、すみません、つい!! 大丈夫ですか!? 大丈夫ですか!?」

 はっと我に返ったサムライ少女の心配する声を浴びながら、再び少年の頭は意識とともに彼女の柔らかな胸へと沈んでいった。

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