あんたのプチちゃん、かくれんぼしてるわよ
※本作品にはいじめの描写が含まれます。苦手な方はご遠慮ください。
「ほら、早く探しなさいよ、あんたが鬼なんだからさぁ」
満里奈のあざけるような笑い声が教室にひびく。出口は満里奈の取り巻き女子が固めているので、文代にはかくれんぼを続ける以外に選択肢はない。いや、取り巻きがたとえ出口を見張っていなくても、文代にはもう探す以外の選択肢はないのだ。かくれんぼに無理やり参加させられたのが、ペットのハムスター『プチ』なのだから。泣きながら文代は、あちこちの机の中をあさっていく。
「アハハハハ、早く探さないと、プチちゃん怖くて死んじゃうかもね」
満里奈がさらにからかいの言葉を投げつける。取り巻きの女子たちもくすくす笑っている。しかし、文代は必死だ。そんな声も耳には届かない。
「プチ、どこなの? ねぇ、プチ! プチ!」
「ぷくく、アハハハハッ! どこに行ったのかしらねぇ? 飼い主のくせに、プチちゃんの声聞こえないのかしら? 薄情な飼い主ね」
すべての机を調べ終わったが、もちろんプチは見つからない。文代はとうとう、すがるように満里奈の足元にひざまずいた。
「お願い、満里奈ちゃん、ううん、満里奈さま! プチを、プチを返してよぉ!」
「あんたが悪いんじゃないの。かわいいハムスター飼ってるっていうから、ちょうだいっていったのに、あたしにくれなかったんだから。友達のあたしを裏切った罰よ」
にべもなくいう満里奈に、文代はおえつをもらしながら声を荒げる。そして、満里奈を信じた自分を呪った。くれないなら、せめて抱かせてよといって、学校に持ってくるように頼まれたのだ。いじめっ子の満里奈を警戒こそしていたが、まさかトイレに行っている間にプチを奪われ、隠されるなんて。
「だってそんなこと、できないよぉ! プチはわたしの大事なお友達なのに!」
「あら、じゃああたしは友達じゃないのかしら?」
目いっぱいいじわるな顔をして、文代を見おろす満里奈。はいつくばって見あげる満里奈の顔は、触れられないほどに遠くに見える。文代はくちびるをかみしめながら、絞り出すようにいう。
「友達……友達、ですから……」
「それじゃ、プチちゃんはあたしのものにしてもいいわね?」
目をふせる文代に、満里奈はいらだたしげに続けた。
「いいの、それともいやなの? はっきりしなさいよ!」
「わかったわ、プチを飼ってもいいから、だから、だからプチを返してよ!」
涙を散らしてどなる文代に、満里奈の顔がいびつにゆがむ。ぞっとする文代だったが、その言葉はさらに文代をおびえさせた。
「それじゃあ居場所を教えてあげるわよ。ほら、ゴミ箱あさってみなさいよ」
目を見開く文代を見て、満里奈が突然高笑いした。おかしくて楽しくて、しかたがないのだろう。その高笑いはしばらく続いたが、ぼうぜんとしている文代に、軽く小首をかしげてたずねる。
「……どうしたの? お友達を、プチちゃんを助けたいんじゃなかったの?」
満里奈だけでなく、取り巻きの女子たちからも、ぷくくと笑い声が聞こえてくる。文代はふらふらと立ちあがって、それからよろめきながらゴミ箱の前へ向かう。満里奈たちが用意したのだろうか、ゴミ箱は生ゴミであふれそうだった。悪臭が鼻をつく。しかめ面になる文代を、満里奈たちがにやにやと見ている。
「……なんだ、助けてあげないんだ?」
満里奈のあざけりを聞いて、文代がキッとふりかえった。その鋭い視線に、思わずたじろぐ満里奈だったが、文代は抵抗するわけでもなく、意を決したようにゴミ箱を見すえ、そして素手で生ごみの山をかきわけ出したのだ。アハハハハと狂ったような笑い声をあげて、満里奈が取り巻きの女子たちと目配せする。女子たちもうなずいて、それから忍び足で文代のうしろへ回りこむ。
「ほら、もっと顔まで突っこみなさいよ!」
「えっ、きゃあっ!」
満里奈が文代の頭を押さえつけて、ゴミ箱に思いっきり押しこんだのだ。取り巻きの女子たちも、文代の足をつかんでグゥッとひっくり返す。ゴミ箱にさかさまになって突っこんでしまい、文代のスカートがずり下がって中身があらわになる。それも満里奈たちのあざけりの種になる。しかし、そんなあざけりの言葉も、もはや文代には届かなかった。生ゴミや様々なゴミに顔を汚され、息も絶え絶えになる文代を、満里奈たちはいつまでもいつまでもはやし立ててバカにするのだった……。
「麗華、いったいどこにいるの!」
月日は流れ、大人に、そして母になった満里奈は、一人娘の麗華を探して近所の公園をかけまわっていた。パンプスをはいた足がひどく痛むが、そんなことには構っていられない。自然と満里奈の怒りは、幼稚園の先生へと向けられる。
「だいたい、どうして園で預かってくれないのよ! いくら麗華がカギを持ってるからって、一人で留守番させるなんて!」
ママ友とのランチで話が盛り上がり、そのままエステへ向かったことなど忘れたかのように、満里奈は悪態をついていく。
「もういいわ、やっぱり私立の幼稚園に通わせたほうが良かったのよ! 貧乏くさくて嫌な臭いもするし、あんな田舎の園に任せてられないわ!」
満里奈は思わず鼻をつまんだ。腐ったような、ひどい悪臭が鼻を突いたのだ。顔をしかめてさらに文句をいう。
「なによこのにおい! 誰か道端に生ゴミでも捨ててんじゃないの? ……えっ、あれ、誰?」
満里奈の目がわずかに大きく開かれる。公園のベンチに、小汚い女が座っていたのだ。うす汚れてまるでホームレスのように見える。普段はそんな光景を目にしたら、すぐに目をそらして関わり合いにならないようにする満里奈なのだが、その女の顔から眼を話すことはできなかった。女も同じで、にぃっと満面の笑みを浮かべると、立ち上がって満里奈に近づいてきたのだ。生ゴミのにおいがひどくなる。どうやらこの女が悪臭のもとなのだろう。だが、満里奈は動けなかった。電撃を受けたかのように、その場に立ち尽くす。こっちに来るな、あたしとは関係ない! そう願い祈る満里奈だったが、女は満里奈の目と鼻の先まで顔を近づけ、それから一言つぶやいたのだった。ずっと昔に、満里奈が女につぶやいたように。
「あんたのプチちゃん、かくれんぼしてるわよ」
お読みくださいましてありがとうございます。
ご意見、ご感想などお待ちしております。