回転練舞
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
台風の目、こーちゃんはやったことある?
運動会の競技だと、おなじみだよねえ、あれ。僕たちの学校だと、コーンを回った後に並んでいるみんなの足の下をくぐらせるんだ。なかなかしんどいけど、回るところにかんしてもたいがいだよね。
中心部に居る人は、力の限り踏ん張らないといけない。外側を走る人は、より多く走らなければならない。そしてグループごとに足並みを合わせられる人員の選出。この時点ですでにチームワークの大切さを物語っている。
僕たち人間は、この手の回転に関して、昔から関心があるように思う。
体を動かす中でも、回転はより強い力を生むのに役立つ。洗濯機も槽を回転させることで水流を生んで汚れを落とし、脱水をする際も槽の回転が大きな助けになっているんだ。
たとえその規模が小さいものであっても、僕たちは気を払わないといけないんじゃないか。僕がそう感じるようになったきっかけの話、聞いてみないかい?
かつて僕の通っていた学校の体育の時間では、おそらくカリキュラムには載っていないだろう種目を、しばしば行った。
スイカ割りだ。厳密にはスイカを模した、大きなゴムボールを相手にした手合いだ。
体育の授業のはじめか終わりに、10分ほどの時間をとってグループに分かれる。あとはよく知られているように、誰かが目隠しをしてぐるぐるとその場で回った後、周りにいる人の声掛けを頼りに歩いていき、ここだと思うところで棒を振り下ろす。
制限時間は90秒。棒を振ることのできるチャンスは3回。このあたりは正式なルールにのっとっているのだけど、問題は回る回数だ。
スイカ割りの際に、回る回数は5回と3分の2と規定されているらしい。ところが、うちの学校の場合だと、ひとりを10回も20回も回す。
どちらが前か、分からなくするとかのレベルじゃない。人によっちゃ立っているのもしんどいくらいでさ。叩く用の棒を杖のようについて、その場でうずくまりかけることも珍しくなかった。
でも、そんな状態でも取りやめにはならず、決行される。そうしてグループ全員が終わるまで、いくらでも引き延ばされるんだ。
いま考えると、かなり妙だったよ。体育の時間は終わりが遅くなっても、他の科目に迷惑がかからず、かえって自分たちの首を絞めるばかりになる、給食前や一日の最後のコマばかりに配置されていたんだから。
そしてある体育のとき。僕がスイカ割り担当になって、グループメンバーにぐるぐる身体を回されていたときのことだ。
ひと回りするごとに、めまいが自分の中で増していくのを感じるけど、それ以上に触れられているところ以外の肌が、どんどん粘っこくなっていく感覚があったんだ。こう、寝転びながら、敷いてある薄い毛布の端をつかんで、寝返り打っているのに近いかな。かってに毛布に体がくるまれていく感じ。
真絹で包まれる……にしては粘力のある、少し気色悪い覚えがあったよ。
変だな、と思いつつも、やがて回転が止まる。大きく棒を振りかぶった僕に対し、指示だしの声が飛ぶ。
その中でも、今日はグループのひとりの声に、やたら気合が入っている。他の人の声を押しのけてまで、がんがん鼓膜に主張してくる。それに応じ、言葉通りに誘導された僕は、思い切り棒を振り下ろす。
大外れだ。明らかに地面をうがつ手ごたえがして、盛大に飛んだじゃりが、ジャージ越しに僕のすねを打つ。
3回の挑戦が終わるまでは、いかなる非難も茶化しも禁止だ。グループの仲間たちは、引き続き僕に指示を出してくる。僕はいっそうそれらをよく聞き取ろうとするも、やはりあるクラスメートの声が、他を遮ってくるんだ。
元来、彼はここまで声を張りあげはしない。試しにもう一回誘導に乗っかってみたけれど、結果は似たり寄ったり。僕の棒はボールにかすりもしなかった。
ならばと、今度は彼の誘導とは真逆の方向へ。より集中した聴覚は、打ち消されようとする他のみんなの声を、かすかながらも拾い出す。どうやらその声も、彼の誘導とは反対の方を指し示しているようで、正直、首をかしげざるを得なかったよ。
そうして彼をのぞくみんなの指示が「そこ!」になり、思い切り振り下ろしかけたところで。
僕は腹から胸にかけて、大きな脚で蹴り飛ばされたかのような、衝撃を受けたんだ。
予想外のことで踏ん張りがきかず、背中からしたたかに地面へ叩きつけられた。はらりと目隠しが取れてしまい、その目に映ったのは、本当にすぐそばまで迫っていたスイカ。そして驚きの表情を浮かべる、グループメンバーの顏があったんだ。
彼らはいずれも、スイカのむこう数メートルのところに控えている。ひときわ大きい声を出していた彼も同様だ。僕にあれだけのツッコミを入れられる、位置関係じゃなかった。
この様子、体育の先生も見ていたらしい。僕はすぐさま保健室へ連れていかれる運びになり、僕自身はというと、ひとり誤った指示を出したグループメンバーを指摘した。すると先生は、その彼にも同行を依頼したんだ。
三人きりの保健室で、状況が整理させられる。僕は目隠しをして回ったあと、彼の声がよく通ったこと。その指し示してきた方向が、他のみんなと違うことを主張。
一方の彼は、みんなと同じ方向に誘導をかけ続けていたこと。にもかかわらず、僕自身があらぬ方向へ向かっていき、棒を振り下ろしたと話したんだ。
僕たちの言い分を聞いていた先生だけど、やがてゆっくり立ち上がるや、備え付けのピンセットを手に取る。そして窓際へ行くや、ポケットからライターを取り出し、その先端をしばらく火であぶると、僕へと近づいてくる。
「腕のスレスレまで、こいつを寄せていく。動くなよ。熱いぞ」
そう告げられて縮こまる僕は、迫ってくる先生のピンセットから、目が離せなくなる。グループメンバーの彼もかたずを呑んで見守る中、僕の右手の甲の上、一センチほどに先生のピンセットが来た時、思いもよらぬことが起こったんだ。
その一センチの空間に、火の粉がちらついたんだ。
ピンセットと手の甲の間には何もないはずなのに、その輝きと一緒に、ウールを思わせる細かい繊維の影が、一瞬だけ見えたんだ。
「どうやら巻かれたようだな」と漏らす先生は、すぐに僕たち二人を校舎の裏庭へ連れ出し、指示を出してくる。
僕と彼が8メートルほどの感覚を開けて横に並び、先生がその中心地点に、いかにも年季の入った木製バットを立てて、倒れないよう柄を抑える。
やがて先生の合図で、僕と彼はスイカ割りを始めるときのように、その場でグルグル回り出した。
僕は時計回り。彼は半時計回り。ともに先生が良いというまで、その場で回転を続けろとのことだった。
今度は目隠しもなしだ。回り始めの数回は目を開けていたけど、すぐに気持ち悪くなって目をつむる。とたん、「やめろ!」「開けろ!」という、あの彼の声が響いてきたんだ。
先ほどよりずっと強く、大きい。鼓膜を貫いて、頭の中へキンキン響く。でも事前に、いかなる妨害の声があっても、先生の合図まで回るのを止めるな、というお達しが出ている。
ざっと100回は回っただろうか。しきりに聞こえていた声が弱まってきたタイミングで、「パチン」とよく通る、先生のかしわでが耳を打った。
目を開けるも、立っていられる道理はない。僕も彼も手と膝をその場について、こみ上げる吐き気を耐えるのに、必死だった。
どうにか顔を上げたとき、先生の持っていたバットに変化があることに気づく。回転を始める前は明るい黄色だった木製のバットが、いまは炭になってしまったかのような、灰色に包まれている。それへ先ほどのように、熱したピンセットを近づけると、やはり完全に触れないうちから火花が散り、あの繊維のような影もうっすらとのぞいたんだ。
先生いわく、これもまた子供のうちに、接触を試みてくる怪異の一種なのだという。
特にこの繊維のようなものは、長い時間をかけて蝕んでいくタイプで、やがて体の動きを鈍らせていき、それでも無理に動こうとすると突然死さえ招く恐れをはらむらしい。過去には、この繊維に瞬時に取り巻かれたのか、街中などの思いもよらぬところで、一夜にして人の銅像ができたこともあったとか。
数こそ減れど、奴らはまだ密かにちょっかいをかけんと活動している。それを探らんとするのが、あのスイカ割りの時間なのだという。僕自身も、あの誘導に従い続けていたら、確実に命を縮めていたと、説明されたよ。