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14章 「別離」
『あたしねぇ、別の星に行くことにしたんだ。』
馴染みの店で安価な酒を一杯引っ掻けながら、その酒場娘の話を聞く。
本当は、弟を助ける力を使えばしばらくはこの人間の姿を取ることすらままならなくなる。
きっと、炎に飲み込まれてしまうだろう。
ダイナーにも辞めることは伝えた。
『どうして?』
あたしね、一族の力に目覚めてしまったの。
それで、ユーシスが一緒に働こうって言ってくれた。
ねえ、その手のリング、イオニア様は結婚していらっしゃるのでしょう?
イオニア様、愛妻家なんじゃないかしらっていつも、思っていたのよ。
心にもない笑顔を浮かべる。
ねえ、奥さまはどんなかた?
『歳上なんだ。1つ上の美人さん。』
そっか、じゃあ、奥さん18歳なんだ。
イオでは成人だね。
あたしは成人する前に星を出たけど。
イオ様は本当におかわいそうよ。
だって、成人してすぐにこちらの星へ嫁いでこられたでしょう?
あれはイオ様の継母、ジュピターが星を追い出したのよ。
イオ様はずっとお一人で頑張っていらっしゃったのに、こんな仕打ちあんまりよ。
『いやに詳しいな。
王室のこと。』
だって、あたしの前職はイオ様の付き人だもの。
ずっと、小さい頃からイオ様の付き人だったから、だから、知っているのよ。
お小さい頃から苦労のし通しで休まる時なんてなかったのよ。
物悲しそうにため息をつく。
ねえ、イオニア様は軍の高官なんでしょう?
せめて、イオ様を大事にするように王様に進言してくれない?
イオ様の御身そば近くにいた者から、お辛い生活をなさったいたのだと伝えてちょうだい。
すべての言葉がすらすらと出てくる。
これは小さい頃から世話を妬いてくれたお母様の乳母の言葉だ。
お母様の命と引き換えに残されたあたしを不憫に思い、育ててくれた祖母のような存在。
『ああ、わかったよ。』
よかった。
あたしがイオだとばれないで済んで。
あたしは一住民としてイオを慕う純朴な少女を演じる。
だけど、もう、ユリアンの姿にはなれない。
たとえ、この姿が人として本当の姿であったとしても。
人を演じることはもうできなくなる。
だけど、助けたい人がいる。
夜中に中庭へ出ては輪環の大きな術式を描く。
1つはジフィにかけられた術式を解く術式。
1つはあたしの持つアリアドネの力を最大限の対価とする術式。
最後の1つは、あたしがアリアドネの力を失い、倒れても眠り続けられる術式。
セルティーファイアの輪環の炎だけでは無傷ではいられまい。
せめて、少しでも長く、あなたといたい。
なんて、別れを決めたのに我が儘かな――――。